好きなものはキミだよ♡なーんて甘いんじゃボケ!
冬コミに来てます。寒いです。
「ヒロ、こっちこっち」
美女が僕を手招きしている。
栗色の長く艶やかな髪をはためかせ、くっきりとした目元が印象的な顔を美しく微笑ませている。
端的に感想を述べよう----美しいの一言に尽きる。
股にぶら下がっているはずのものが存在していなければ。
彼は名古木憂。
これでも立派な男性だ。そして僕こと籠馬ヒロの《オタメシカレシ》である。
説明すればどうにも不明瞭な経緯なので省略するが、僕たちはいま、デートという名目で海老名まで来ている。
年が明けて間もないせいもあり、この有名な大型ショッピングモールが割と空いているのが嬉しい。
憂に手を引かれて、ブティックに入ったりロフトで文房具を見たり、途中の休憩でサーティーワンのアイスクリームを食べたりと、普通のデートとして過ごしている。
そのあいだも憂はいつも通りとりとめのないおしゃべりをしている。
だが、そのなかに憂の正体を知る情報は含まれない。
憂は僕から誕生日だの血液型だの家族構成だの、身長体重好きな食べ物、ありとあらゆる情報を聞き出して網羅している。籠馬ヒロ図鑑でも作る気なのだろうか。
一方で僕が知る憂の情報は、名前と推定身長と性別、LINEのIDくらいだ。
だから今日は、憂のことを少しでも聞き出そうと決めた。
……べ、別にこいつのことが好きなわけじゃないんだからねっばかっ!
しかし。
どうやって引き出せば出てくるんだ?
自慢じゃないが、僕は口ベタで通っている。
友人は少なく、携帯の連絡帳には両親と妹、バイト先以外はまじで入ってない。
バイト先の同僚さえ、男女問わず知らない。
----というか男性は店長以外に僕しかいないが、それは置いておこう。
とにかく。
僕の話術スキルは、そもそもスキルスロットに入っていないんじゃないかと思われる。
こんなザマでいったいどうやってコイツの口を割らせるの……。上の口がだめなら下の口?冗談よせよ。
「ヒロ」
僕がアホな脳内会議を繰り広げていたら、いつの間にか憂の顔がすぐそばにあった。
「……っ!」
お互いの吐息がかかり、睫毛の一本一本さえよく見える距離。
憂は心なしか、頬を上気させて瞳を潤ませている。
え、え、この雰囲気は……この雰囲気は……まさか?
僕の動揺なんてお構いなしで、憂はそっとまぶたを閉じる。
「え、えと……う……」
ごくりと、唾を飲み込んだ。
だってファーストキスだよ?
それが美人とはいえ、男だよ?絶対に黒歴史じゃん。
僕が慌てふためいているあいだに、ふっと憂の顔が離れた。
「……帰ろっか」
そう言う憂の微笑みは、僕にはなんだか悲しそうに見えた。
翌日のシフトは珍しく昼からだったから、事務所でパートの石黒さん(噂好き)と鉢合わせた。
「籠馬くん、やりおるのぅ!」
なんて突然言い出すから、僕は頭に疑問符をたくさん並べた。
「なんの話ですか?」
「ららぽーとで美女とデートしてたでしょ?」
その途端、僕はロッカーにしまおうとしていたデイバッグを足の甲に落として、痛みに呻く羽目になった。
サーティーワンアイスクリームが大好きです。ららぽーとも大好きです。