第六話 端末ちゃんに名前をつけました。(改訂版)
午前中にスライムを四匹倒したので、ひとまず地上に戻る。
食事コーナーで早めの昼食を取る。
今日はランチの時間に間に合ったので日替わり定食にする。
今日の日替わりランチはご飯、豆腐とわかめのお味噌汁、ハンバーグとキャベツとミニトマト、ポテトサラダ、白菜のお漬物である。
朝飯抜きだったので腹がすいているから何を食っても美味い。
誤解のないように言っておくが、日替わりランチは腹が減ってなくても十分美味いからな。
明日の日替わり定食はご飯、豆腐と大根のお味噌汁、野菜炒め、ポテトサラダ、お漬物である。
これで目的地の巨大迷宮での食事が薄い塩味だけのオート麦のお粥とか、黒くて硬いパンとか中世欧州風の貧相な食事だったら耐えられる気がしない。
食事前にスライムを四匹倒しているので四ポイントを確保している。
昼食で三ポイント使い、残りは一ポイント。
今日の午後にスライムを四匹倒せば五ポイントで、風呂は我慢して替えのパンツを買おう。
端末ちゃんに初期の準備金がどれだけ残っているのか訊いてみたのだが、危機感があるぐらいがちょうどいいんですよ、と言って教えてくれなかった。
「そろそろ着替えが欲しいな。少なくとも下着の替えは欲しい」
「まだ二日目じゃないですか。睦月さんはダンジョンに潜ったら毎日下着を変える派ですか?」
「できれば毎日変えたい派だ」
当たり前だろ、俺は現代日本人だぞ。
「下着より装備です! 下着を変えなくてもおそらく死にはしませんが、装備がないと死にますよ!」
言われてみればその通りだ、多分。
メイン武器とサブ武器に防具に予備の衣服やらポイントがいくらあっても足りそうにない。
刃物は素人が振り回すと自分か周囲の人間を怪我させるから当面はいらない。
できれば長物が欲しいが振り回す体力が心もとないし、使う技量も今のところない。
これが本当の無用の長物だ。
「まず何がいると思う?」
「まずは安全靴です。安全靴があれば蟻さんを蹴飛ばせますし、保護材が入った部分なら大概の生物に噛みつかれても大丈夫です」
「なるほど」
安全靴はつま先に鉄板や樹脂製の保護材が入った作業用の靴である。
形状はいろいろあるが半長靴、膝と踝の中間ぐらいまでのブーツが多いようだ。
できれば防水だと嬉しいが、お値段も高くなりそうなので当面は我慢するしかない。あれ?
「大概の生物という事は安全靴の保護材を噛み砕く例外もいる事だよな?」
「たまーにトカゲっぽいトンデモ生物が密航してたりするんですよ。人工知性体が対応しますから安心して下さい」
端末ちゃんは気安くトカゲっぽいトンデモ生物とか言ってるがアレの事だよな。
やっぱり、標準型メイドさんがパワードスーツにスマート・レールガンなどの戦闘用の装備で狩るんだろうか?
「そうか。頼んだぞ」
「安全靴の次は耐切創手袋とか、防火作業服ですかね」
端末ちゃんはこれから入手すべきものとして非常に常識的なアイテムを提案してくる。
これが現代日本でダンジョンにもぐる話なら何の不思議もないのだが、もうちょっと何とかならないのだろうか。
戦闘用パワードスーツとかビームが出てくる武器を出せとは言わないから。
「もうちょっとSFなアイテムはないのか?」
オールトの雲の太陽系側の端まで半年ほどで移動できる宇宙船に乗っているのに、出てくるアイテムが現代日本とそう変わらないのはおかしいだろう。
「こんな優秀な人工知性体を搭載した携帯情報端末があるじゃないですか。第一、刃物と飛び道具は素人さんに扱わせるわけにはいきません」
端末ちゃんの言う通りだ。
大事な事なので重ねて言うが、何の訓練も受けてない素人が刃物を振り回せば、自分か周囲の人間が怪我をする。
銃器も、銃口を他人に向けるな、とか、引き金に指をかけて持ち歩くな、とか基本的なルールを知らない人間が持つと誤射をする。
二十二口径の拳銃弾で威力の低い弾なら、当たり所によっては誤射した奴に殴られるだけで済むかもしれない。だが、大概の場合はかなり面倒な事になるだろう。
「自分で優秀とか言うなよ、出来がいいのは認めるけど。武器は無理でも光学迷彩とかあるだろ」
「光学迷彩ってアレほど役に立たないものも珍しいですよ。野生動物やオークさん達は嗅覚で索敵しますし、アンデッドどもは生物感知の特殊能力持ってますから。一番効いて欲しい相手に効果がありません」
ひどい言われようだが、肝心な相手に効果がないのでは仕方ないよな。
「じゃ、何か適当なものはないのか?」
「購入可能なものは耐切創手袋とか防火作業服とかになりますね」
考えてみればSFなアイテムはあっても買う予算がないんだった。貧乏は辛い。
「スライム以外と戦う必要があるよな」
「スライム以外と戦うのならパーティを組んで下さい。地下二階の蟻さんはそれほど強くはないですけど、一人で降りたら死ぬ可能性がありますよ」
つまり、地下二階からはまともな戦闘がおきるわけか?
しかし、俺はパーティ組めるんだろうか?
まあ、ほとんどの人間がまだ様子見してるみたいだから大丈夫だと思うけど。お試しの仮パーティ的なものはいくつか出来てるみたいだけどな。
「地下二階からいきなり敵が強くなるのか?」
「蟻だけにそーゆーわけではありませんが、地下二階からは複数で攻撃してきます。一人で地下二回に降りて巨大蟻五、六匹で集られると最悪死ぬこともありえます。まあ、よっぽど運が悪くないとそーゆー事にはならない様になってはいますが、可能性がないわけではないです」
スライムは同類でも食っちまうから単独行動してたが、蟻さんは集団行動か。
ちょっと面倒そうだな。
「蟻さんの個体としての戦闘力は人よりも低いですから。パーティさえ組めればあまり心配しなくても大丈夫ですよ」
端末ちゃんはお気楽に言うけど本当に大丈夫か?
それに人間同士のトラブルも心配だ。
今のところ、PKとかはないみたいだけど、これからも何のトラブルも起きないと思うのは楽観的過ぎるだろう。
「ところで睦月さん」
「なんだ?」
「いつまでも端末ちゃんじゃなくて、そろそろちゃんとした名前をつけて下さい」
そろそろと言ってもまだ二日目だぞ。
端末ちゃんに名前を付けるならもうちょっとコミュニケーションしてからの方が良いような気がする。
「必要なのか?」
俺は端末ちゃんに名前がなくても特に不便は感じないのだが、端末ちゃんはそうは思ってないらしい。
「そのうちにパーティを組みますよね」
「そうだな」
とは言うものの本当にパーティが組めるのかどうか自信はない。
いやいやここで弱気になってどうする。
地下一階から下に降りないのならともかく、地下二階で複数の蟻さんと戦うには仲間が必要だろう。
「他の人と一緒に行動する事になります」
「当然な」
「他の人と一緒に行動するということは他の人の端末と一緒に行動することになります。その時にですよ。私だけ端末ちゃんじゃ恥ずかしいじゃないですか!」
確かに自分だけ固有名詞がなくて「端末ちゃん」ではちょっと恥ずかしいか。
俺も男性Aとかモブその一とか一山いくらな呼び方はイヤだからな。
「というわけで、早くとちゃんとした名前をつけて下さい!」
「じゃ、如月で」
こーゆー時のために名前を睦月にしておいたのだが早速役に立った。
人名として使えないものもあるが、月の名前だと睦月以外に十一個あるから考える必要がない。
ほとんど女性の名前じゃねーか、というのは邪推だからな。
お疲れさまでした。