第四話 食事を取りました。(改訂版)
俺と端末ちゃんは最寄りの迷宮の地下一階から地上に戻る。
「晩飯食うか」
「食堂はコンビニの反対側です」
端末ちゃんが気をきかせてくれたので、すんなりと食堂が見つかる。
店内にはカウンター席が十五席あり、横長の長方形テーブルが三つ、椅子がテーブルごと六つある。
カウンターの奥にあるオープンキッチンでは真っ白い厨房服を着たコックさん達、顔と髪型は冒険者ギルドやコンビニのメイドさんと同じ、が忙しそうに調理している。
俺はカウンターの空いている場所に座り、端末ちゃんにメニューを表示してもらう。
「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになりましたら端末を使って注文して下さい」
冒険者ギルドのメイドさんと同じ、黒いワンピースに白いエプロン、黒髪お団子ヘアの標準型メイドさんがお冷を持ってきてくれる。
なかなかサービスがいいな、このお店。
ただ非常に残念なことにメニューの品目が少ない。
いつでも注文できる和風と洋風の朝食セットとお昼限定の日替わり定食とトースト、コーヒー、野菜ジュースしかない。お値段はいつでも朝食セットと日替わり定食が三ポイントで、トースト、コーヒー、野菜ジュースが三つとも一ポイントだ。
ちなみに明日の日替わり定食はご飯、豆腐とわかめのお味噌汁、ハンバーグとキャベツとミニトマト、ポテトサラダ、日替わりのお漬物である。
朝食セットと日替わり定食が同額なのは管理者の都合、冒険者が昼休みしている間に迷宮の簡易メンテをするんだろう。
端末ちゃんの画面に表示された食堂のメニューから和風朝食セットをクリックして注文する。
五分ほどで標準型メイドさんが和風朝食セットを持ってきてくれる。
俺は手を合わせてから和風朝食セットを食べ始める。
和風朝食セットの味は悪くないと言うよりも美味い。
料理は大量に作れば美味くなるそうだから、メニューが極端に少ないのは大量調理で味を良くするためなのだろうか。
「お隣良いですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
そう言ってカウンターの隣の席に女の子がちょこんと座る。
どこかで見たことがある子だと思ったら、パーティを編成しろと言われたときにお願いして断られた女の子だった。
ここで食事を食べているということは彼女も迷宮で頑張ったのだろう。
他にすることもないので、隣の女の子と他愛もない会話をしながら朝食セットをゆっくり食べる。
食べ終えてから食堂の裏にある浴場に移動する。
浴場の脱衣場は縦三メートル横六メートルぐらいでそれほど広くはない。入口の脇に置いてある自動販売機で男性用手ぶらセット、タオルと髭剃り、シェービング・ジェル、歯磨きを買う。
浴場も縦四メートル横六メートルぐらいで、お湯の主浴槽と水風呂がある。
ちなみに端末ちゃんはロッカーの中でお留守番だ。生活防水程度の防水機能はあるらしいが、さすがに風呂の中まで持ち込もうとは思わない。この手の多機能なアイテムを風呂に持ち込むのはトラブルの元だからな。
お風呂をゆっくり堪能してさっぱりする。
寝るにはまだ早いのでコンビニをのぞいてみる。衣服、靴、武器などさまざまなアイテムが無造作に展示されている。白い下着がTシャツ、トランクスともに五ポイントである。替えの下着は出来るだけ早めに買っておこう。
後、下着ではないがサバイバルシート五枚パックと簡易寝袋が五ポイントで売っている。これを買って迷宮の入り口あたりで寝るのもいかもしれない。野宿と違って雨風を凌げる天井もあるし、いずれはダンジョン内部で寝泊りすることになるだろう。
「サバイバルシート使って迷宮の入口で寝るって本気ですか? お勧めはしませんよ。保安上の問題もありますし」
端末ちゃんに相談してみたら、野宿にあんまり乗り気ではない。
自分が担当している冒険者に何かあれば責任問題になるんだろう。したがって、冒険者が寝ている間も周囲の警戒をする必要がある。人工知性体だから寝なくてもおそらく大丈夫だろうが、冒険者ギルドや食堂の標準型メイドさんは日没ぐらいで仕事が終わりらしい。
冒険者担当の人工知性体は休む暇のないブラックな職場だ。
「端末ちゃんの上司の人工知性体も監視してるんだろ。そうそう馬鹿な事をする奴はいないって。大体、俺が馬鹿な事をしようとしたら端末ちゃんはどうする?」
「もちろん止めます」
「他の端末だって自分の評価が下がるような事はさせないさ」
どうせ本番の迷宮に行けば野宿が当たり前の生活になるだろう。訓練用迷宮にいる間に野宿に慣れる努力をするべきだ。
「で、どうせ野宿になれる必要があるんだから、サバイバルシートを買って野宿の練習をしよう」
「簡易寝袋の方が安いですよ」
「簡易寝袋だと下にしくサバイバルシートがいるだろ」」
「しかたないですね」
「ところで武器はいくらぐらいするんだ?」
「安いものなら五ポイントぐらいです。二十五ポイントのツルハシがおすすめですね」
二十五ポイントか。一日一ポイント貯めて二十五日かかる。
しかし、一か月の体力向上期間の間なら問題ない気がしないでもない。
「もーちょっと稼げないか?」
「蟻さんに噛まれる覚悟が必要になりますが、地下二階に下りればもっと稼げます。地下二階の巨大蟻が一匹二ポイントです」
確かに今日と同じ数の蟻さんを倒せば八×二で十六ポイントだ。
これだけあれば三食で九ポイント、手ぶらセット抜きの入浴で五ポイントで、合計十四ポイントで残り二ポイントを貯蓄に回す事ができる。
「端末ちゃんはどう思う? 明日は地下二階まで降りて蟻さんと戦った方がいいかな?」
「そうは思いません。地下二階で蟻さんと戦いたいのならば三人以上のパーティを編成するべきです」
俺も端末ちゃんと同じく急いで戦わない方がいいと思っている。リスクに応じたリターンはあるようだが、それほど焦る必要もまだないだろう。
「ポイントが足りないアイテムは持ち出しできないのか?」
「そんな面倒な事はやってないと思いますけど」
「じゃ、持って行って払えない奴はどうなる?」
「マイナスが解消されるまで食事が取れません」
なるほど。実に単純で簡単な解決方法だ。俺も無駄遣いしない様に気をつけておこう。
「それと本番の迷宮に行くときにも準備金をお渡ししますが、未払いポイントはそこで清算します。無一文で放り出すような事はしたくありませんので、無駄遣いは慎んで下さい」
「解った。気をつける」
したくないということは逆に言えばその必要が出来れば必ずやる、つー事だからな。未払いポイントが出来るような事は出来るだけしないでおこう。ここの管理者も冒険者が身を持ち崩さないように酒も博打も提供していないんだろうし。
とりあえず、コンビニに行って五枚パックのサバイバルシートを買う。
問題は迷宮の入り口で、俺が行った時にはすでに野宿する人間で満員だった。仕方がないので迷宮の入口がある建物の陰で野宿する。
時間経過で天井にある照明が暗くなって、夜になるらしい。
サバイバルシートを地面に敷いて横になる。
この状況ではあれこれ考えるより、寝て体力を回復すべきだろう。
そんなわけで、俺は端末ちゃんに周囲の警戒をお願いして寝ることにした。
お疲れさまでした。