第三話 とりあえず戦闘しました。(改訂版)
端末ちゃんと話しているとスライムが奥の方からのそのそと這い寄ってきた。
スライムの外見は直径が三十センチ強の超大型アメーバだ。
確かに五体満足な成人なら誰でも勝てそうなぐらいゆっくりと動いている。
こいつら目とか耳とか感覚器官がなさそうなのにどうやって周囲の状況を知覚してるんだろう?
熱を知覚する感覚器官と簡単な脳味噌が内蔵されているのだろうか?
「本気で攻撃してください。スライムは結構丈夫ですから、手を抜くとダメージを与えられません」
「解った」
俺の武器は刺突効果のあるイカ型片手鍬だから問題ない。が、メイスなどの純粋な打撃武器だとスライム相手にはダメージが少ないような気もする。
そう思いつつ、端末ちゃんに言われるままに右手のイカ型片手用鍬でスライムを手加減抜きで殴る。
イカ足がスライムの表面を貫通して、スライム内部の液体があふれ出した。
正直、気持ち悪い。
「武器は洗った方がいいよな?」
「帰る直前に洗った方がいいと思います。どうせもう四匹は潰しますから」
ご丁寧なことに潰すスライムの数はすでに決まっているらしい。何とも準備のいい事だ。
「それもそうか」
「頑張ってください。とりあえずコーヒー一杯分は確保しましたが、逆に言えばそれだけです」
「食事はタダじゃないのか?」
そっちの都合で誘拐したんだから食事ぐらいは無料にしろよ。
「全員が真面目に頑張っていただけるなら食事などの生活必需品は無償で提供します。ですが、モチベ向上のために食事、宿泊、入浴は有料です。私達も遊びでやっているわけではありません」
つまり、管理者側の思惑通りに行動していない奴がいるらしい。
当たり前と言えば当たり前の話だ。
いきなり訳の分からない場所に連れてこられて、誘拐犯の言う通りに行動しろと言うのも無理がある。
「誘拐されてすぐに誘拐犯の言う通りに動ける奴ばっかりじゃないと思うがな」
「ほとんどの方が動いてくれてますよ」
「動いてない奴も一週間ぐらいは様子見た方がいいんじゃないか?」
「衣食住が保障されてないとまともに動けない方は本番の迷宮で役に立ちませんから」
端末ちゃんはやたらシビアだ。
そーなると端末ちゃん達の思惑通りに動かない連中はどうなるのだろう?
興味がないわけではない。
だが、そーゆー私達にとって使えない方々はチキンブロスに加工されますとか、聞いたら後悔するような結果しか返ってこない気がするから聞かないでおこう。
「とりあえず、他人の心配より我が身の事を考えましょう。他人の心配するのは我が身の問題が解決してからで十分です」
「そりゃそのとおりだが、なんでそんなにやる気なんだ?」
「担当した冒険者が良い結果を出せば上位の端末に移行できるんです。目標はネコミミ美少女型端末です!」
会ったばかりとは言え、端末ちゃんの目標がネコミミ美少女であれば是非もない。
俺も本気出してスライムを倒そう。
俺はいきなりやる気が出てきたので、手当たり次第げしげしとスライム達を撲殺していく。
生物を殺す事への忌避感を軽減するのがこの地下一階での真の訓練なんだろうな。
俺を恨まずに成仏しろよ、スライム達。南無南無。
「ところで訓練期間ってどのくらいだ?」
まさかとは思うがどこぞの末期戦状態の国家みたいに三日間訓練して実践投入じゃないだろうな?
「予定では半年ぐらいです」
「日本と経過時間の差はないんだろうな?」
浦島太郎みたいに帰ったら数百年経ってたという体験はしたくないからな。
まあ、地球上でそんなことが起きるわけがないけど。
「太陽系内部で時空が歪むような速度は出せませんよ」
「ならいいんだが……。太陽系内部?」
端末ちゃんの言葉には聞き捨てならない単語が含まれている。
太陽系内部ってどーゆー事だよ!
ここは太陽系の第三惑星じゃないのかよ!
「まだ地球の衛星軌道からそれほど移動していません。加速が始まったばかりですからね」
「まだ地球の衛星軌道からって……。端末ちゃんの言っている言葉の意味を、俺の脳は理解することを全力で拒絶しているんだが……」
ファンタジーといえばファンタジーだよな、夢物語という点では。
まあ、いい。目的地がオールトの雲の中にある人口惑星モドキだ。現在位置が地球の衛星軌道上であっても何の不思議はないだろう、多分。
「今日の最低限の目標もクリアしましたし、いろいろお疲れのようです。一度戻ってお休みになりますか?」
「そーだな。腹もすいてきたし。食事は出来るんだろ」
「今日の収入がスライムを八匹倒したので八ポイントです。食事はいつでも朝食セットが三ポイント。入浴が手ぶらセット込みで八ポイント。初日ですから宿泊がネットカフェ風の簡易施設で二十ポイント。準備金が残ってますから当面は大丈夫ですが、明日からはもうちょっと多く倒す必要がありますね」
「そうだな。ところで朝食セットの中身が気になるんだが」
朝食だからイングリッシュなメニューでも問題ない。
むしろ、イングリッシュ・ブレックファーストなら大歓迎だ。
「和風がご飯とお豆腐とワカメのお味噌汁と沢庵と目玉焼きとキャベツとミニトマトのミニサラダで、洋風がロールパン、ポタージュ、目玉焼き、キャベツとミニトマトのミニサラダ、コーヒーか野菜ジュースです。お水とお茶は食事される方は無料です」
予想外にオーソドックスなメニューだ。
丼一杯の薄い塩味のオートミールとか、嫌がらせとしか思えない食事のようなものが出てくるわけではないらしい。
これだけでもやる気がわいてくる。
「ところでここのメニューにラーメンとかカレーライスはないのか?」
「申し訳ありませんが、今のところ両方ともありません」
全く申し訳なさそうに端末ちゃんが答える。
申し訳ないと思うならもう少し申し訳なさそうにしろと思う。もしかして、俺はこのまま一生カレーやラーメンが食えなくなるのだろうか?
目的地は一階層が一万キロかける一万キロで、千階層ある迷宮だ。面積にすれば一千億平方キロメートルある迷宮である。一階層の半分、いや、三分の二が海だとしても残りの三分の一、約三百三十三億平方キロメートルの陸地があるんだから米や小麦を作ってないはずがない、と思う。米と小麦があって日本人がいれば、絶対にカレーとラーメンはあるはずだ。ターメリックなどのカレーに必要な香辛料がないとか、創造者の意地悪がありませんように。
「ここにはなくても目的地の迷宮にはあるんだよな?」
「はい。最初の階層にもお手ごろな値段でカレーやラーメンを提供する飲食店の存在は確認されています。オーナー・シェフも日本人ですから、極端に外れたモノが提供される可能性は低いと思います」
お手ごろな値段でカレーやラーメンが食えるのか。
これは正直、超嬉しい。
「ですが、あまり食事に期待されないほうがいいかと思います」
現代日本のような食生活は無理ということか。
仕方がない。
風呂入って、飯食って、寝るか。あれ……、何か足りない気がするぞ?
お疲れさまでした。