第十一話 地下二階に降りました。
一週間後。
俺達はツルハシや三本鍬、安全靴などの新装備を調達し、地下二階に降りた。
「もうちょっとカッコいい武器はないの?」
吉田さんは新しい武器が格好悪いとご機嫌斜めである。弥生さんも機嫌が良いようには見えない。
「素人が刃物使えば最悪使い捨てだからな。打撃武器の方がコスパがいい」
「最初は睦月さんの言う通りにした方がいいよ。大型の刃物は経験がない人間が振り回していいもんじゃないからね」
ここで弥生さんと吉田さんに返り血塗れになりたくないだろう、と言わずにすむのが管理者の配慮という奴なのだろう。
俺だって序盤から返り血塗れなら引きこもる。
「そうだ。米国に新婚旅行に行って、弾が入ってないと思っていた銃で旦那を射殺したという都市伝説の女性みたいになりたくないだろう?」
「うう。山田君と睦月さんが優しくない」
吉田さんはそう言って弥生さんの後ろに隠れる。
「僕らは女性には優しくしようと努力してるが例外もある。刃物の取り扱いはその最たるものだ」
素人がいきなり刃物振り回すと周囲に被害が及ぶからな。こればかりは我慢してもらうしかない。
「はい」
「しばらくは我慢しましょ」
弥生さんが吉田さんをなだめてくれるが、俺達はラノベに出てくるようなクラシックな冒険者にはならないだろう。
まず第一に防具が違う。ラメラー・アーマーやチェインメイルなどの鎧は使わない。
コンビニに在庫がないので倉庫からの取り寄せになるがスポーツ用ヘルメットに防刃のネックガード、手袋で、バイク用のプロテクタをつける。
さらに腕と足のプロテクタをつけた現代のバイク乗り風な防具になる。
ビキニ・アーマーには男の夢が詰まってるけど、残念ながら凹凸に乏しい弥生さんと吉田さんの体型には向いてない。
武器も最終的にはメインはP90みたいなPDWで、サブはタクティカル・トマホークあたりになるんじゃないかと思う。
今はまだ麻布の旅人の服に安全靴にツルハシか三本鍬だけどな。
「何か失礼な事を考えてるでしょ」
なぜバレたし?
「考えてない。それより蟻さんが出て来たら殺せるのか?」
「大丈夫よ、多分」
吉田さんからはいささか心もとない返事が返ってきた。
「じゃ、ゴーグルとマスクつけて」
全員がコンビニで買ってきたサバゲ用のゴーグルと白いマスクをつける。
「何でこんなにつけるの?」
「すぐに解る」
出来れば一生解りたくなかったがな。
タイミング良く全長六十センチ弱の巨大蟻が一匹寄ってきた。
食料になる何かを探して歩いているのだろう。
「じゃ、まず俺からいってみる」
弊害がないわけではないが、指揮官先頭は日本の伝統である。
「往生せいやあ」
寄ってきた蟻さんの頭部をツルハシの尖ってない方で殴ると体液が飛び散って蟻さんは動かなくなった。用心のためにもう一発頭部に入れておく。
「死んだみたいですね」
山田君が確認してくれる。
「これでまだ生きてるとすっごく嫌だな」
頭部にツルハシの尖ってない方で二発いれてるんだ。
これで死んでなきゃ巨大蟻てのはどんな化け物だよって事になる。
「蟻さんの体液が飛び散るからゴーグルとマスクがいるのは解ったけど、もうちょっと何とかならないの?」
「そう言われてもなあ……。貫徹力のない木槌あたりで攻撃してみるか」
「木槌じゃ打撃力が低そうですよ」
山田君の言う通りだよな。
巨大蟻に齧りつかれるよりは体液が飛び散るのを我慢してもらう方がいいだろう。
ま、足先なら安全靴があるから問題ないけど。
「あ、また来ました」
新手の巨大蟻が俺達の方に向かってくる。
「次は僕がいきます」
山田君がツルハシを構える。
「大往生っと」
山田君のツルハシが巨大蟻の頭部に直撃して蟻さんは動かなくなる。
「吉田さん、試しに攻撃してみて」
「えーーー。もう死んでるでしょ」
「だから攻撃するの。生きてる奴を攻撃したい? 弥生さんはもうちょっと待っててね」
「死んだので良いです」
「解りました」
吉田さんが新装備の三本鍬で攻撃する。
腰が引けてるし、攻撃時に目を瞑るのは良くないと思うが、こればかりは場数を踏まないと改善するのは無理だろう。
「腰が引けてるのを治して、ちゃんと狙って、目を開けて振り下ろして」
山田君が吉田さんのフォームを手取り足取り矯正している。
吉田さんも山田君のいう事には比較的素直に従っているわけで、これなら問題ないだろう。
「じゃ、いこうか」
実は二匹目の蟻さんを倒してから何組かのパーティやソロの冒険者が先行している。
俺達もいつまでものんびりしているわけにはいかない。
「次は私ですね。頑張ります」
弥生さんは妙にやる気なわけでちょっと心配になる。
運動が得意そうな吉田さんでも最初はへっぴり腰でまともに攻撃出来てなかったからな。
「ああ。あんまり大振りにならないように注意してな」
「はい」
しばらくツルハシで床を叩きながら前進する。
何やってんの、あの人という目で見るパーティもいれば、反対側のルートは自分たちが調べます、と言ってくれるパーティもいる。
地下二階の落とし穴捜索は意外と早めに終わりそうだ。良いことである。
しばらくすると巨大蟻が現れた。
「往生しなさい」
弥生さんが走っていって三本鍬を縦にフルスイングさせて巨大蟻を攻撃する。
弥生さんの攻撃は無事に蟻の有翅体節、頭部の次の部分に命中したが、止めを刺すまでの威力はなかったらしい。
「ぎゃあああ」
巨大蟻に足を齧られたのか、弥生さんは可愛らしいイメージのにそぐわぬ悲鳴を上げたので救けに行くことにした。
俺はツルハシで巨大蟻の頭部を殴って止めを刺す。俺を恨まずに成仏しろよ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
弥生さんはそう言って抱き着いてくるのだが幸いなことに外傷はない。
安全靴が早速役に立ったようだ。
「怪我はない?」
「怪我はないようですけどすごく怖かったです」
「もう大丈夫だから。怖がらなくてもいい」
「ありがとうございます」
山田君の生暖かい視線はともかく、吉田さんの視線がちょっと痛い。
「ジャイアント・アントさえまともに倒せない嫁は睦月さんに必要ありません。さっさと出ていきなさい!」
如月ちゃんが姑モード全開でわけの分からない事を叫びだした。
「そんな、お母様。私のお腹にはもう……」
しかも弥生さんまで悪乗りし始める。
「ちょっと待って」
さすがに山田君と吉田さんもぎょっとした顔で弥生さんを見ているわけで、さっさと誤解を解かないととんでもないことになる。
「睦月さん!」
「なんだ?」
「あの女のお腹にはもうって、どーゆーことですか!」
如月ちゃんの姑モードは弥生さんの爆弾発言で強制終了されたらしい。
「それより、いつから如月ちゃんは僕の母親になったんだ?」
「何を言ってるんですか。担当端末と言えば親も同然ですよ。未成年者に対する親権者みたいなもんです」
こーゆーハッタリがしれっと出てくるあたりが如月ちゃんと卯月ちゃんの個性の違いだよなあ。
「というわけで、私には姑としてあの娘を指導する義務があるのです」
「そんな義務はないから」
如月ちゃんと弥生さんを仲良くさせる方法はないものだろうか?
お疲れさまでした。