囚われの鳥
ただ、エレナはあの日、結婚に同意したことを後悔していなかった。
会ったばかりの人に、と自分でも不思議に思うのだが、それでもこれで良かったと思えるのだ。
エレナはまた退屈な毎日に逆戻りしていた。
フィルディアはエレナが寝た頃に帰り、起きる前に出て行く。
外出を禁じられたエレナは、本を読んだり、刺繍をすることしかできなかった。
数少ない友人も、エレナがここにいることを知らされていなかった。
エレナは糸をパチンと切った。
「フィルディア様、喜んでくださるかしら?」
エレナはハンカチに刺繍を施していた。
あまりにも暇だったエレナの時間が全てつぎ込まれたそれは、とても良い出来だった。
白いハンカチに、フィルディアを思わせるような蒼い色の鳥が羽ばたいていた。
エレナはそれをみて、フィルディアのことを思い出していた。
その時、部屋の外からメイドの声がした。
「エレナ様。ご主人様がお帰りになられました。」
「すぐ行くわ。」
エレナがフィルディアとちゃんと顔を合わせるのは、この屋敷に移動して以来だった。
エレナはドレスがしわになっていないか確認し、部屋を出た。
雨に降られたのか、フィルディアは少し濡れていた。
「あの、こちらをーー」
エレナは先ほど刺繍したハンカチをフィルディアに手渡した。
フィルディアはそれを使わず、無言で風呂場へ歩いて行ってしまった。
エレナは変わらぬ関係にがっかりと肩を落とした。
「どうして私と結婚してくださったのかしら....」
エレナの呟きは、フィルディアの荷物を持った使用人の耳に入っていた。
風呂上がりのフィルディアを待っていたのは、エレナだった。
「先に食べておけと伝わってなかったか?」
エレナは挨拶をすると、料理に手をつけた。
「フィルディア様と一緒に食べたかったので。」
エレナはにこにこと料理を口に運んだ。
その笑顔は、ぎこちないものになってしまっていた。
フィルディアは食事の間中、ずっと無言のままだった。
エレナはそれでもよかった。
いくら新婚とはいえ、エレナはフィルディアに拾われた身。
行き場のないエレナを置いてもらえているだけで、幸せだと思うようにしていた。
ーーーー少しの寂しさを胸の奥に隠して。