外伝―戦士たちの出会い(3)
この話で完結。
いざ戦いが始まろうかとする時、何やら参加者と開催側がもめているような気配があった。
人々のざわめきで音が聞こえにくかったが、三人それぞれが聞こえた情報を統合してみると、オルトが「魔法の使用をこの試合だけ認められないか」と掛け合っていたらしい。
この話を聞いたリムは首をひねる。
彼が魔法を使う気配は一切なかった、逆にセルファのほうが魔法を使う戦い方をするはずだ、と。
「彼は、全力で戦いたいんだと思う」
レグナムの言葉は推測でしかなかったが、掛け合うオルトの表情は本気のそれだった。
やがて試合の開始が告げられる。
どのような話し合いとなったのかは不明だが、主催者側から変更の旨は知らされない。
おそらく元々の取決めのまま続行されるのだろう。
二人の試合は手に汗握るものだった。
二振りの剣が宙を舞い、二人の戦士も華麗に踊る。
決められた演目を演じているかのようでもあった。
彼と彼女はまるで正反対だった。豪快さとしなやかさ。剛と柔の競演。
しかしそれも、終わりが訪れる。
踊るように回避を続けていた女戦士セルファの息が切れてきたのが観客の目にもわかるようになった。
終幕を飾るように、男戦士オルトの大剣がセルファの剣を空高く跳ね上げる。
彼女が膝をついたのと剣が地に突き刺さったのは同時。それから一拍を置いたのち、歓声が響き渡った。
オルトは歓声に応えるよりも先にセルファへと手を差し伸べる。
彼女は困惑した表情を見せたが、わずかに微笑むとその手をとった。
*
先の試合の興奮も冷めやらぬ中、次の試合の準備が開始される。
だが、人々の多くは大した関心も持っていないだろう。
現に人々は先の試合について熱く語っており、試合開始を待つ出場者たちの不機嫌そうな表情になど気付いていない。
「大体決まった感じね」
もう一方の準決勝戦を終えて、アリアはそうつぶやく。
その言葉が聞こえたリムは周囲に聞こえていないか慌てるが、幸い小さな声だったため彼女たちにしか聞こえなかったようだ。胸をなでおろすリム。アリアは幼なじみの苦労を知ってか知らずか、さらなる爆弾を投下する。
「でもま…もっとどうでもよくなりそうだわ」
リムにはアリアの言葉の意味がわからない。わかったのは、開始を待つオルトが誰かに声をかけられていることだけ。
「どうせくだらない交渉、でしょ。あいつも所詮そんなのに踊らされるクチなのかしら」
アリアの言葉の意味を考える。交渉とは、一体何のことだろうか。
「……世の中には、何もかも金で解決できると思ってる奴がいくらでもいるってことよ」
アリアは憂鬱そうな表情を隠さない。そんな表情をする時のアリアは、少し悲しげな声だ。きっと本人は、気付いていないけれど。
怪しげな男と話すオルトは、よこしまな笑みを浮かべて頷いたように見えた。
決勝戦はすぐに決着がついた。
戦士オルトが対戦相手の攻撃を数度いなすと、次の瞬間には大剣を突き付けて勝利を収めていたからだ。
もちろん誰もがわかりきっていた結果であるものの、対戦相手は怒りをあらわにしていた。
戦士オルトはその視線を受けながら剣を収める。
――なんとも、つまらない。
そう顔に書いてあるようだった。
闘技大会、閉幕。
これまでの戦績に応じての恩賞が言い渡される。
獅子奮迅の働きをした戦士オルトは1位。
彼には騎士団入団の許可が下った。同様に2位であった男にも。
3位となった女戦士セルファと4位の男には、勇者の旅に同行する栄誉が与えられる。
誰もが新たな騎士の誕生に心を躍らせらせた。
特に1位で通過したオルトには誰もが期待を寄せていることは目に見えて明らかだ。
惜しむらくは3位となったセルファの存在だろう。戦いの組み合わせは運そのもの、試合でオルトに敗北したのも仕方のないことではあるが、彼女が入団していれば心強い存在であったはずだ。
だがここでオルトは誰もが予想だにしなかった行動に出た。
彼は大勢の前で騎士団入団を辞去したのである。
「俺は勇者の旅とかいうのに同行する」
理解できずに固まっている人々を尻目に、オルトは軽い足取りで駈け出した。
「俺、規則だの命令だのに従うなんてご免だからな。じゃ、そういうことで!」
事態に気付いた騎士団員が声をあげるも、彼は立ち止まらない。
リムたちの近くを通り過ぎる時、レグナムの顔を見てにかっと笑う。
もしかすると彼はレグナムが勇者であることに気付いたのかもしれない。
オルトが抜け出したことで場は騒然とした。
主催側はしばらく話し合っていたが、どうやら繰り上げで3位のセルファを騎士団入団とすることが決まったらしい。
2位の男が騎士団入団の旨を受ける中、セルファは俯いて押し黙っていた。
やがて彼女の番が来て声をかけられると、面を上げた彼女の目には強い光が宿っていた。
「私は…私も、騎士団入団を辞退いたします。
勇者の旅への同行を願います」
場の騒ぎは最高潮に達した。
幾人かが彼女に声をかけるも、彼女もオルト同様にその場を後にする。
騒然とする会場を出て二人を追いかけようとするレグナムが迷子にならないようにきちんと先導しながら歩くリムの背後からは4位だった男を繰り上げで騎士団に入団させる旨を必死に説明する司会者の声が聞こえた。
城門のすぐ外に彼らはいた。
セルファがオルトにつっかかっている様子だった。
「何故このようなことをしたのです」
「言ってる意味がわからねぇ。俺には騎士とか向いてないしなー…お?」
オルトはやって来たレグナムに気付くと親しげに声をかけてきた。十年来の友人に声をかけるかのようだった。
「よう、俺お前の旅についていくことに決めたから。よろしく頼むな!」
「俺としては心強いが…何故俺が勇者だと?」
レグナムの疑問はもっともだった。
勇者が現れたことは周知の事実だが、それが誰であるかなど広まっていない。
それをあの群衆から見つけ出したのは一体どういう手段だったのか。
「勇者ってことは、剣ができる奴ってことだろ?
強そうだってのに大会に出てねえみたいだったから、たぶんお前だってあたりをつけただけだぜ」
半分近くはカマかけただけだ、と彼は言った。
オルトのめちゃくちゃな言い分に苦笑する一行だが、一人真剣な剣幕で詰め寄る存在がいた。セルファである。
「そんなことはどうでもいいんです。何故騎士を辞退したのですか!」
「そりゃ俺の台詞だ。今からでも間に合う、戻れ」
「もう遅いです!……貴方が騎士になるのならば、諦めもついたのに…」
俯き拳を握るセルファに、オルトは申し訳なさそうにつぶやいた。
「実際、俺は騎士には向いてねえよ。駆け引きなんざできねえ」
「え?」
理解できないのはセルファだけでなくリムやレグナムも同様だった。そんな中、アリアだけが苦々しい表情で語った。
「あんたの対戦相手、試合前に『次の試合でわざと負けろ』って言ってきたんでしょ?」
「おい…あの距離で声聞こえてたのかよ…」
「いいえ。ただ、あんたたちの表情と間で大体わかるわよ」
自分も同様にカマをかけられたのだとわかってオルトは「あちゃあ」と漏らして頭をかいた。
「1位でも2位でも騎士にはなれるんだから変わらないだろう?…とか、そんなとこかしら」
「かー…、何でそこまでわかるのかねぇ…」
「あちらは…そのようなことを…」
セルファには理解できなかったのだろう。彼女の目指す騎士とは、そのようなものではないのだから。
まっすぐすぎる彼女に、腐敗した現状を見せるのも痛々しかった。
「ま、奴らの怒りは俺にだけ向いてるだろうから、お前が戻っても別に問題は――」
「大有りです」
セルファは退かない。彼女の目は困惑ではなく決意で彩られていた。
「私の目標は、貴方です。貴方が旅に出るというのなら、私もともに向かいます」
そこで彼女はレグナムを見ると、
「それに、彼の剣の腕も――正直に言って気になります」
「それには同意するけどよ」
「……二人とも、本当にそれでいいのか?」
最終確認をするが、二人は――対極的ではあるものの、それぞれ頷いた。
「おう」
「ぜひ」
かくして、男戦士オルト、女戦士セルファが勇者レグナムの旅へと加わることとなった。
戦士たちのお互いへの感情が剣の腕を磨くだけの対象でなくなるのは、もう少し先のお話…。
戦士二人は本編で名前出しそびれそうだなーと思ったので書いてみました。
オルトは実力はあるものの、実際騎士団には向いてないと思います。友好的な彼ですが、気に食わない奴はぶん殴る奴なので。
セルファも堅苦しい性格をしているのでどうだろうなあ、といったところ。
8/17 誤字修正。