外伝―戦士たちの出会い(1)
本編が行き詰っている間にこういったものを書いていたり。
前世編。出会いのお話。
「闘技大会?」
初めて聞いたその言葉を繰り返すリムに、レグナムは頷きを返す。
「ああ。その大会の成績優秀者から旅の同行者を選ぶらしい」
勇者発見の報が広まる以前から新たな騎士を雇い入れるために開催する催しの予定があったらしい。
それが闘技大会。武力に自信のある人々が集まり、競い合うものだと聞いた。
その闘技大会の開催時期に重なるようにして勇者が発見されたため、急遽、勇者の旅に同行するための人物も探す目的が追加されていた。
1位、2位の者は騎士団への入団が許可され、3位、4位の者に勇者の旅への同行が認められる。
「普通、逆なんじゃない?世界の命運がかかってるのに順位が低い人だなんて…」
「そりゃそうだけどねー。騎士団の人間集めのために開催してんのに、大事な人材を持ってかれたらたまんないでしょ」
「それは…でも…」
正直、一番強い人に来てほしい。レグナムがより安全になるのだから。
「だから、質を補うために二人も選び出されるんでしょうよ」
二人もついてきてくれるわけだから、大丈夫…なのかもしれないけれど。
それでもやっぱり、心配。不安。
家族のように一緒に過ごしてきた人間がいきなり旅に出ることになるんだから。
道に迷わないだろうか。ちゃんと食事を食べられるだろうか。身体を壊さないだろうか。仲間になってくれる人たちとうまくやっていけるだろうか。
あとやっぱり道に迷わないか、すっごく心配。大事なことだから2回言いました。
闘技大会当日。
場所は王都城下町のど真ん中。
普段は人がひっきりなしに往来するというこの場所も、中央にぽっかりと口を開けた状態で人々が取り囲むようにして集っていた。
見上げてみればあちらこちらの建物の上から眺める人影も見える。
リムたちは勇者の連れということで特別な席ではないにしろ比較的見やすい位置にいた。勇者であるレグナム本人だけは特別な席が用意されていたのだが、リムたちが一緒でないならばと断っている。
そのため彼女たちとともに一般の席にいるのだが、もし勇者が会場にいると知られれば騒ぎになり、大会どころではなくなる可能性がある。故に、レグナムが勇者であるということは伏せられている。
周囲の人々は大会の開始を今か今かと待っている。
レグナムも同じようなもので、初めて見る大会と人々の剣技を心待ちにしている気配がこちらにまで届いている。
そんなレグナムを横目で見ながら、リムはため息をついた。
彼は本当にこの先のことを考えているのだろうか?のんきに大会を楽しんでいる場合ではないと思うのだが…。
慣れない王都や人ごみによる緊張もあるのかもしれない。
リムの心には不安ばかりが渦巻いている。
「あたしからしてみれば、心配するだけ無駄だって思うけどね」
リムは思う。アリアは冷静すぎる。
冷淡、とまでは言わないけれど、放任主義なのかもしれない。
人は人、自分は自分。良くも悪くもその人次第。
そんな自由なところは少し、憧れている。
「それにさ…迷ってるけど、実はもう決まってるんじゃないの?」
「何のこと?」
アリアはこちらを見ることもなく、どこか遠いところを眺めたままだ。
「あんたはあいつがほっとけない。あんたにはあいつについていくだけの力も意志もある。だったらあとは選ぶだけ」
「……」
視線はこちらに向いていない、そしてそんな言葉も出ていないはずなのに、アリアの言葉は「で、あんたの答えは?」とでも言いたげだった。
聞こえないはずの質問に、リムは戸惑いを見せた。
*
「おう、ちょっといいか兄ちゃん」
レグナムが声をかけられたらしい。それに気付いた三人は声の主へと振り返る。
そこには鎧姿で帯剣している男がいた。鎧には大小さまざまな傷が入っており、あまり綺麗とは言えない。騎士団の人間ではないだろう。闘技大会に出る人間だろうか。
「俺か?」
「そうだ。あんたは大会に出ないのかい?」
目当てはやはりレグナムのようで、大会の参加者かどうかの確認だったようだ。レグナムも帯剣していたから、それで気になったのだろうか。
けれど――この人ごみの中で?わざわざ声をかける理由もわからない。
レグナムも同じように思ったのだろう、不思議そうに、しかし律儀に首を振った。
「何だよ、出ないのか。かなり出来るみたいだから、やりあってみたかったんだがなあ」
悪かったな、と言うと、彼は去ってしまった。向かう方向は予想通り、大会の選手受付口。
「何だったんだろうね?今の」
「よくわからない。ただ、相当出来るみたいだった」
「そなの?」
リムとアリアは首をかしげた。剣の使い手同士、彼らの間にはなにか通じるものがあるのだろうか。
「…ん?なんかあっちのほう、騒がしくない?」
アリアが指さした方角が、確かに騒がしい。
明確な声が聞こえるわけではないが、戸惑うような、驚くような声ばかりだ。
誰かが通ってくるらしく、人々は少しずつ道を譲る形になっていた。
やがてその人物はリムたちの前を通る。
先ほどの男と同じように、鎧姿で、帯剣している。違いと言えば軽そうな鎧であること、剣が大剣でないこと、そして女性であることだろう。
彼女も先ほどの男と同じルートを通っている。やはり大会の参加者なのだろう。女性も参加しているのか、というざわめきだったようだ。
「…………」
女性は一度、立ち止まった。
その視線はレグナムを射抜く。
視線はぶつかり合うものの、彼女は軽く会釈すると黙ったまま再び歩き始めた。
リムはその後ろ姿を見送る。彼女の長く美しい髪が結ばれて一房となっており、それが左右に揺れるのが印象に残った。
「知り合い…じゃないわよね?」
「当然だろう。だが彼女も…」
「相当出来る?」
「出来る人ばっかじゃん…」
「……」
幼なじみ二人に馬鹿にされた勇者はちょっぴり拗ねた。
ふたを開けてみれば実際、レグナムの言った通りだった。
大剣使いの男・オルトと、唯一の女性参加者・セルファの二人が鮮やかな戦いをそれぞれ繰り広げていく。
その大半がほんのひと時で決着がついてしまうことが欠点だったが、その一瞬には大剣の豪快さであったり、洗練された動きが戦いを彩り、観客の目を楽しませる。
しかしそれもここまで。
決勝戦を前にした準決勝の場で二人は当たってしまう。
誰もが決勝戦であればと望むも、こればかりはどうしようもない。
せめてこの時を楽しもうと、観客はもとより当事者の二人もそう思っていた。
「レグナムは、どっちが勝つと思う?」
観客の熱気や疲れなどからぼんやりし始めたリムは、両者の試合が始まるまでの時間をつぶそうとなんとなくレグナムに質問してみた。
けれど返ってきたのは回答ではなく、質問だった。
「…リムはどう思うんだ?」
「私?私にはわからないよ。素人だしね。ただ…」
ただ、ひとつだけ気になっていることがあった。
「普段、魔法を織り交ぜて戦ってる人がそれを使えないのって、やっぱり戦いにくいよね」
両者が場に揃う。試合が始まるようだ。