生か…死か…
死神の仕事の一つ、回収した魂と今までの魂の受け皿となっていた肉体との関係を断ち切る仕事をここ人間界で私の故郷である東京で行っていた。ここに降り立った私とルシファーさんの二人はこれまでにこの世界で仕事をして今はその仕事の最後に残ったものを処理をするためにある場所に向かっていた。
その場所とは…
「ここ…私の家…?」
「ここが、今日の最後を締めくくる場所だよ。」
「私以外に誰か死んだんですか?もしかして、両親とか…」
「いいや、ここでは君以外はまだ誰も死んでいない。むしろ、用があるのは君の身体だよ。」
「えっ?」
「ちなみに、君の身体自身は今もなお生き続けている。だが、戻ったところで君の魂はまたその身体から離れる。つまり、死んでいるも同然なのさ。」
「…植物状態?」
「こっちでは、そういうんだな。脳そのものが死んでいるから死人も同然。だが、それだけでは魂が離れることはない。おそらく、脳が死んだと時のショックで魂だけが肉体から離れてしまったんだろうな。…それはともかくとして、これから行うことは前もって説明したとおり『浄化』を行う。君の両親には、悪いがこちらの世界にもこういった事例は後々に様々な所に影響が出てしまう。一番早く分かる事と言えば、君だ。」
深刻そうな顔をした彼は、まっすぐ私の方を向って話した。
「私に何か?」
「君は今死神だ。だけど、身体能力は人間の時とほぼ変わらない。何故だと思う?」
「私の練習不足で人間の時のステータス以上の能力が出せない…からですか?」
「半分正解だ。確かに練習不足というのも理由の一つなのだが、もう一つ理由がある。それは、肉体の制限だ。いくら、努力しても人間以上の能力が出せないのは未だ魂が繋がれている肉体の制限がかかっているからなんだよ。」
「だから、私の身体がまだ生きていると…そういうことですね。」
「そういうこと。そして、ここが君に与えられた選択肢だ。」
「今すぐ、肉体と魂の関係を断って死神になるか…肉体に戻って寿命が尽きるまで生き続けるか…ですよね?」
「その通り、だが君が肉体に戻って寿命が尽きるまで生きそして死んだあとも死神になることができる。君は、既に適性試験でOKを貰ってるからね。それで、どちらを選ぶ?」
普通の人ならここでしばらく考えて、考えた挙句私が推測で挙げた二つの選択肢の後者を選ぶだろう。だけど、私は…
「私はこのまま死神になって、みなさんの役に立ちたいです。」
「ここで過ごしたという記憶を真希ちゃん以外の人間が忘れたとしても?」
「その方が、私を殺した人間にとっても育ててくれた両親としても楽になれると思います。」
正直、この時涙を流しながら言う言葉で実際に泣きたかったがここはこらえた。でも、彼は言葉こそ出さなかったが私を見る目は『大丈夫?』と言っているようにも見えた。
「分かった。なら、君の考えが変わる前に『九条真希』という人間がこの世界に生きていたという事をそれこそ『世界』から末梢する。」
私は、彼に誘われ自身の術の一つ『空間転移』で短距離ながら私たちは家の外から中に向かった。
私たちは家の中に入った。そこには、かつて私が住んでいたころの静かさはなくそこの空間は私にとってとても落ち着かない所になっていた。私たちは、家の中を歩き回って探していた。ここにいるであろう両親と私の身体を…。居間・台所・和室・洗面所・浴室などの一階にある部屋や二階の両親の部屋を探し、やっと自身の部屋に眠っている自分を見つけその傍らに突っ伏して眠る両親を見つけた。
両親の目から涙が流れた痕ができていて、父親も母親も同じ格好でそこにいた。当事者である私はというと、自分のベッドに横たわり口からも腕からもチューブが姿を見せていた。私を生かすのに必要なものなのだろう。
「君の両親は、真希ちゃんを生かすのに必死なようだね。」
「そうですね。でも、私は…」
「それでも、君は死神として生きる方を選ぶんだね。」
その言葉に私は頷いた。
「じゃあ、その覚悟を僕に見せてほしい。僕たちが与えた力で君自身を撃つんだ。自分で自分自身を否定すれば君という『九条真希』という存在はなかったものとなる。両親などの肉親からも友人からも君に関わった記憶がなくなり、写真などの記録も全てなくなる。」
私は、寝ている私に近づき彼女の胸に手を当てる。そこからは、まだ生きている証である鼓動が手を伝わってきた。そして、両親にも触れる。こちらには、触っている感覚はあるが両親にはそれを感じることはできない。しかし…
「真希…可愛いよ…。」
「ありがとう、お母さん。でも、私そろそろいくね」
という短い言葉を言い、自心からエムとレイを取り出しその二つの銃口を私を生かしている心臓があるべき場所に向け、引き金を引いた。放たれた弾丸は、まっすぐのびていき身体を貫くとそこからは光り輝く球体が現れた。その現れた物体に向け、さらに引き金を引く。その弾丸は、それに当たり物体は霧散する。そして、そこにあったはずの肉体も霧散した物体と同じようにあたかもここになかったかのように跡形もなく消えた。そして、私の意識さえも…
意識が途切れる前、最後に見たものは私が生まれ死ぬその日まで過ごしていたその部屋から私に関するもの全てが消えて何もなくなった空っぽの部屋だった。そこからの記憶はハッキリとは覚えていないが、多分ルシファーさんが私が生まれなおした…死神になった世界に連れ戻してきたのだろう。私が私を消した世界で消えた私の部屋にあった物は、全てとは言わないが新たな自室に揃っているようだった。そして、私にも少しばかり影響があったようだ。私がいつ生まれていつ死んだか誰が自分の両親だったのかさえも忘れていたのだ。まぁ、これは当然の結果なのだろう。私が私の存在というものを消したのだ、人間だった記憶の中でこちらの世界でいらないものは私が知らないだけでいろいろと消え去っているのだろう。
あの後、本当に世界から『九条真希』という存在が消えているかどうか確認を取ってみた。というより、ルシファーさんに頼んで現世に降り立っていた。その時、生前仲良くしていた友人や両親のもとに向かったが、誰一人として私を覚えているという事はなかった。
そして、現世から魂を縛る肉体が消えたことで身体能力にも制限がなくなっていた。だからあの時…
それは、私が現世で存在が消えているかどうか確認した後だった。
「真希ちゃん、改めておめでとう。」
「えっ、何がです?」
「もちろん、君が晴れて死神になれたことだよ。これも通過儀礼のようなものだから…」
「通過儀礼?」
「死神になる条件は、肉体は生きているのに魂が何かの拍子に剥がれてしまった人間のみ…というものがある。他にもいろいろあるけどこれが一番の理由だ。」
「そうですか…」
「おや、怒らないのかい?」
「何故です?分かったところで…知ったところで既に後に引けないのだから私は私の行く道を行くだけです。」
私は、これ以上ない笑顔で彼を見据えた。
「そんな笑顔で返されるのは君が初めてだよ。」
彼もまた笑顔で返してきた。
「でも、何故こんなことを通過儀礼に?」
「死神も一応『神』だからかな。一度、人間であった自分を否定しなければいけない。君も体験したと思うけど、それは自分自身を殺し自分という存在を世界から消さなければいけない。これが、死神になる代償だ。自分を殺せる勇気がなければ…決断力がなければ成せない事だよ。『神』とは、そういうことなんだよ。」
「自分を殺す覚悟…ですか…。」
確かに…と思った。死神の仕事は、時にその人自身を否定しなければいけなくなる。人間から見た『神』という存在はみんなに平等でなければいけない。ならば、誰一人の例外なく私たち死神は、死を迎えた人間などの生あったものを裁かなければいけない。でも、そうしたら…
「おそらく疑問を持っただろうが、死神が使う武器は元々自分たち心から来ている。そして、君がここに来た時『核』を埋め込まれただろう。その核こそが神になれる許可証だ。…つまりだ、死神って言うのは誰にでもなれる一番近い存在なんだよ。」
「じゃあ、生を持つ生命が生きる現世って…」
「いやいや、なにも神を見極める場所ではないよ。現世は現世だ、それは昔から変わらない。生物は僕たちとは違い、生きることを選んだからこそそこにいる。」
「生きたいからそこにいる…」
「君は、自分自身を現世で殺したため君が死神として死ねば今度はその存在そのものが消滅する。輪廻転生は叶わない。」
既に自分自身を殺した結果、現世との関わりが消えたことにより現世に戻り生を受けることができなくなった…。つまりはこういうことらしい。今の私は、彼らと同じ神となり現世に生きていた生物を天国か地獄かのどちらかに裁くことを仕事とし、もしこちらの世界で死神として死ぬようなことがあればどこにも関係を持たないその魂はどの世界にも転生もできず文字通り『消滅』する。
「(これは、思ったより大変そう…)」
彼は、私に向けて薄く笑みを浮かべた後もう一度口を開いた。
「改めて、こちらの世界にようこそ。そして、おめでとう。これで、本当の意味で死神になれたことを…。でも、忘れないでくれ。君は、一人で戦うわけではない。君の場合は、三人で一人だ、他の二人とも仲良くしていかないとこの世界…苦労することになるからな。」
「分かりました。精々、頑張らせていただきます。」
私の分身体にして武器でもあるエムとレイを取り出し、それぞれの手に乗せて彼女らに…彼に向けて言った。
と…まぁ、こんなことがあった。これで、私は彼が言った通り肉体制限が一切なく寿命もなくなったものになったのだ。既に人で人にあらず、彼が言った通り神と呼ばれるべき存在となった。神は神でも生物を平等に裁くことができる死神へとなった。その代償は、とてもとても大きいものだった。それは、現世で生きていた私自身の存在の末梢と現世との関わりの二つだ。そして、私は目を閉じた。
『迷ってるのか?』
いいや、迷ってなどいない
『じゃあ、怖い?」
怖くない…って言ったら、嘘になる。
『怖さは全て俺らに預けろ。向かってくる敵は俺たちが迎え撃つからよ。』
『そう、私たちに任せるといい。だから…』
だから、私は君たちを最大限使えるようにうまく立ち回る。それで…
『うん、それでいい。私たちは、三人で一人の死神。』
「読めてるじゃない、私の心」
『当然だよ。私たちリムは、真希ちゃんの心からできたんだもの。』
「じゃあ、分かってると思うけど…これからもよろしくね。」
『ああ。』
『もちろんです。』
私は、いつの間にか外に出ていた二人の銃…エムとレイに向かって何度目になるか分からなくなるほど言い続けた言葉を与えた。
言葉をかけられた二人は、その言葉に答えるように頷きそして笑みを浮かべた。