奮闘
「え˝~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…はぅ…。」
叫び声を上げていると、不意に隣から殴られた…いや殴られたというようなものではなく小突かれた…そんな痛みだった。それも、頭に…。
「いつまで、叫び声あげてんだよ…はぅ…。」
私の隣にいて、そして頭に小突きを食らわせた張本人はため息交じりの声を発していた。そして、また私ではない誰かに小突かれていた。
「レイ、マスターの頭にチョップ食らわせちゃダメだよ。」
レイに小突きを食らわせたのはもう一人の相方であるエムだった。
「これ以上、マスターが馬鹿になっても困るから…。」
そして、最後にこう続けた…。
「いや、ねぇちょっと待って…。エムさんは、私の事を庇ってくれたんだよね?」
「そうだよ。」
「だったら、『これ以上馬鹿になるから』とか言わないでくれるかな…。」
「だって、まだこの世界に馴染んでなさそうだし…。だから、馬鹿なのかな…って。」
「でもでも、生きてる間にこんな世界があるなんて思わないし誰も教えてくれなかったし…。」
「そりゃそうじゃない…。一度死んだ人間が生き返って存在するなんてことないに等しいんだから。」
「…それもそうね。ゴメン、少し取り乱しちゃった。」
私は、舌をペロッとだし笑って見せた。エムの言いたいことはわかる。つまりは、順応性を高めてこの世界に慣れていくしかない。私は既に死んでいて、ゼロさんと出会いここまで来て死神になった。
「なんだ、分かってるじゃん。ここに来たからには、この世界で生きなくちゃいけない。その為には…。」
「『私たちを使いこなしてみなくちゃね』」
最初にレイが私の心の中を読んだように…、いや実際には読んだわけだがその次にレイとエムとの二人が声を揃えて言った。その言葉を聞いて、私は心を決めた。
「今までは…と言ってもこっちに来てから少しの時間しか経っていないけど、できる限り頑張ってみようと思う。」
「うん。」
エムやレイの二人は、元々私の心の一部であり私だ。だから、この三人の私たちでこの世界を生き抜いて行こう…、そう思った。
「そろそろいいかな?」
今までずっと横で聞いていたルシファーが声を掛けてきた。
「すいません、また身内で話し合ってしまって…。」
「いいよいいよ。これから頑張っていけばいいさ。…ところで。」
「分かってます。実戦訓練…ですよね。」
「そう。やってみるか?」
「もちろんです。撃ち方だけでこの世界に順応していくのは難しいでしょうし、早めに慣れるにはこちらの世界の…死神の戦い方を学んでいこうと思いまして。」
「『郷に入っては郷に従え』ね。」
「その通りです。」
そう言って私は自分の銃『リム』の二つ…ベレッタM92「エム」とトーラス・レイジングブル「レイ」をそれぞれ左手と右手に持ち直しルシファーに向き直った。そして、彼もまたデザート・イーグル「シルブレット」を右手に持ちこちらを見た。
「変なこと聞いてもいい?」
「何かな?」
「その『シルブレット』って名前はどうやって考えたんですか?どう考えてもその銃の中に思い当たる節が無いと思うんですけど…。」
「…何故か…。それは、この実戦訓練で僕に勝てたら…教えてあげるよ。」
「それは…」
「無理…だと思ったら、何も始まらないよ。」
「そうですね。なら…」
「僕を倒すために奮闘してみるのも…」
「良い経験になりそうですね。」
「先行は、おまかせするよ。どこからでもかかってきていいよ。」
「ありがとうございます。」
このようにして、お互いに言葉を交わした。
しばらく、お互いを見つめ私は彼の隙が無いかどうか見て回るがそんなものはどこにもない。右手に銃を持ち左手を左の腰に当て右足に体重を乗せた彼は、一見すると隙だらけに見えたがこうして対峙してみると踏み込める気がしない。おそらく私がこういうことに慣れていないだけなのかもしれない。とりあえず、様子見として左手のエムを彼の身体の中央に向け引き金を引いてみた。
エムから発射された弾丸は、彼に向かっていく。常人であれば、ここで弾丸が当たり地面に倒れるだろうが、この時は違った。彼は、身体を横にずらし避けて見せた。
「うん、いいところを狙ってきたね。銃の初心者はまず、対象の中央に狙いを定めておけばどこかしらに当たるからね。」
彼は、私が弾丸を浴びせる間もこうやって言葉を続けるほどの余裕があるという事だ。そんな様子を見ていると、昔やっていたゲームのように問は行かないが妙にイラつく…。なので、彼が逃げそうな位置に向かって次々に連射していく。
「逃げる位置を計算して撃つのもまた策だね。…でも、そんなのバレバレだよ。」
彼は、自身の銃をこちら側に向けて撃ってきた。しかし、その弾は私に当たるどころか途中で弾けたように私には見えた。でも、その答えはすぐに目に見えて分かった。それは、先程自分が撃ったそれぞれの弾がマグナムと一つになりそこに転がっていた。
「分かってはいましたが、弾に弾を当てるなんて芸当…よくできますね。」
「君のような初心者が撃つ弾だからできた技だよ。実戦でこれをやろうものならかすり傷だけじゃ済まないだろうね…。」
彼は、目に見て分かるように肩をすくめて話していた。そして、すぐに向き直り銃口を向けた。
「でも、それはこれから頑張っていけばいい。」
「そうですね。」
私もまた彼に二つの銃口を向ける。
しばらく、そのまま銃口を向け合うとしばらくそのまま対峙したまま見つめ合う。
「(このまま見つめ合っていてもただ時間が経過するだけで何も解決しない…、でもいつか誰か動かないと何も始まらないというのもまた事実。)」
考えているうちにも刻々と時間だけが過ぎていく、でもこの人をどうやって攻めるかを考えなければ…。これは、実戦ではないけどなんとなく負けたくない。それは、私だけではなくエムやレイもそう思っているようで先程から銃そのものに熱を帯びている…気がする。どうやら、彼女たちも私と同じことを思っているようだ。それを裏付けるように私の中から私にしか聞こえない声が銃を伝わって流れてくる。実際には、エムやレイと心の中で今の状況について議論している…そんな感じだ。
『この人には負けたくないですね。』
『いっちょ、ぶっぱなしますか。』
『レイ、その言葉は女の子が言う事じゃないと思う。』
「(うん、私もそう思う。)」
『しかしよぉ、このままっていうのも駄目じゃないのか?』
『レイの言う事にも一理ある。』
「(でも、私とルシファーさんとの間には『経験』っていう実力差があるのにどうやって勝てって?)」
『そんなの…』
『俺たちを引き出せば簡単だと思うぜ。』
「(それって、つまり…)」
『願えよ、マスター。こいつに勝ちたいって…。』
『願って、マスター。この人に勝ってみたいって…。』
「(うん、願うよ。私、ルシファーさんに勝ってみたい。)」
その言葉を…願いを彼女らに告げた直後の事だった。突然、部屋の中が白い光で満たされた。それは、この部屋に光が注がれたからでもなくこの部屋に異常をきたしたわけでもなく。何の原因もなく光り輝いたのだ。…いや、原因なら私の手の中にある。両手に持っている二つの銃から発光しているのだから。
「えっ、何…これ…?」
その光は、次第にどんどん大きくなりこの部屋中全てを白く満たしていく。既に辺り一面真っ白で何も見えなくなるまでに…。
私は、それのせいで目を瞑ってしまった。すると、目の前に人が立ったような気がした。おそらく、ルシファーさんが異常に気付いてやってきたのだと…そう思っていた。
「ほら、マスター。そんなところでいつまでも俯いてないで行きますよ。」
しかし、違っていた。その声は、エムのものだった。でも、私の左手にはきっちりとエムの本体であるベレッタが握られていた。これはどういうことだ…、そんな疑問を言う前にもう一つ声が上がった。
「そうだぜ、さっさとあいつを片付けようぜ!」
レイだった。彼女もまた右手にトーラスが握られていた。どういうことだろうか。これまで彼女たちが実体化するときには必ずその銃そのものが消えその代わりに現れていたのだ。でも、この状況はどうだろう…?銃そのものは実態しているのに、彼女たちもまたここに実体化している。
「…そんなこと、今はどうでもいいか…。じゃあ、エムにレイ。あの人を倒しちゃいましょうか。」
『了解』
私の両手にはそれぞれ銃が握られ、私の左側にはエムが右側にはレイがそれぞれ自分を持って彼と対峙する。彼もまた先程の私のように少し驚いたような顔を見せたがそんな表情はすぐに消えた。
「面白い、かかっておいで三人とも…。」
「分かりました。」
その言って、私たちは彼のもとに走り出しそれぞれ銃を撃ち彼の逃げ場をなくしていくように弾幕を張った。しかし、そんな攻撃に驚きもせずに言った。
「僕クラスの経験者じゃなかったらゲームセットって感じかな。でも…」
そういうと、彼に向かって飛び出していった弾丸の全てがまるで見えない壁に当たったようにそこに止まった。それらは彼の目の前に飛び出したものだけではなく前後左右様々な方向から打ち出されたすべてが止まっていた。
「全方位防御術式『神楽』、その耐久力は紙程の薄さだが普通の弾丸を止めるほどの膨膂力はある。」
「それは、私が未熟だからですか?」
「いやいや、普通の弾丸であればどこの誰が撃ったものでも変わらないさ。しかし、君が知らない術を出してしまったんだ。今回の実技訓練はここまでにしておこう。おっと…僕を負かしたいのはわかるけど、また今度ね。」
私が反論するのを制止し、自らの時計を見せてくれた。既に、夜の時間となっていた。訓練を始めたのは午前中だったはずなのに、既に夜になっていた。
「あれ?もうこんなに時間が経ってる。」
「だから、今日はもう終わり。そこのお二人もいいよね?」
「仕方ありませんね。私たちは四六時中動いていられますけど、真希が心配ですし…。」
「まったくどうしてこんなに人間というのは不便なんだろうな…。」
「既に人間にして人間にあらず…今の僕たちは死神っていう分類だから慣れて行けば人間だったころよりも不便がなくなると思うよ。」
「それはそれで、悲しい気分になりますね。…でも、ここに来て一週間近く経ちますけど全然変化ありませんよ。」
「正確には、四日くらいかな。まだ君は、完全な死を迎えていないからね。」
「どういうことですか?」
私には、きちんと死んだときの記憶があり幽霊になった自覚もあるしなによりゼロさんのような死神に出会い、私も彼と同じ存在になり今となっては銃まで扱えるようになっている。なのに、まだ死んでいないとはどういうことなのだろうか…。質問を返す前に彼は口を開いた。
「もっと言えば、君の身体はまだ現世に形を残している。つまり、君の魂は君の元の身体に戻ることができる…ということなんだ。」
「(え…?私の身体が残ってる?だって、あれから四日も経っているんだよ…。でも、よく考えるとうちの両親の事だからいろんな人に無理言って残してそう…。私は、生前いろんなことやらされてたからあり得る…。)」
などと考えていると、隣からかわいそうな人を見る目でエムとレイが私を見つめていた。…そういえば、私の思考が読めるんだっけね。こう思った後も、二人は「うんうん」と頷いていた。
「とりあえず、こういう時ってどうしたらいいんでしょうかね…?」
「気長に待ってるしか他ないんじゃないかな。僕たちが現世に行ってできることも少ないだろうしな。」
「そ…そうですよね。」
「でもまぁ、僕たちの間でも現世にもいつまでも供養しないと罰せられるような法律もあるから何十年も心配するような事ではないと思うから安心するといいよ。」
「それを聞いて安心しました。」
「それまでは、基礎的な事を少しずつ学んでいけばいいと思う。君の身体がちゃんと供養されればこちらのほうで確認できるからその時になったら伝えさせてもらうよ。」
彼に会ったとき一番最初に見た私の人生が書かれている本をかざして言った。
「よろしくお願いします」
「さて、今日も終わりにしますか。」
「そうですね。では、私はこれで…。」
立ち去ろうとした時、彼が私を呼び止めた。
「あっ、ちょっと待った。これから、部屋に帰って寝るだけならちょっと付き合ってくれないか?」
「えっ…あ、はい。それは構いませんが…どこに行くんです?」
「僕がお勧めする店だよ。僕に術式を使わせた君へのご褒美と思ってくれていいよ。」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」
その後、私たちはだだっ広い演習室から出てこれまでは来なかったこの世界の中で一番高いビルの上…ではなく最下層つまり地下エリアにやってきていた。ここには、いろんなものが揃っている。上の階には、現世では手に入れることができないものやいつの年になっても人気の商品が売切れることなくそこにあったりとなんでもありの世界が広がっているという。かくいう、地下エリアにも様々なものが売られていた。しかし、彼はどのお店にも入らず地下最下層の一番奥にあるとても錆びれたお店に私を誘った。
「ここは?」
「びっくりした?」
「そりゃ、しますよ。」
「ゴメンゴメン。でもね、ここは隊長も御用達のお店の一つなんだよ。」
「ゼロさんの…?」
「そう。ここは、定食とかそういうものも美味しいんだけど一番は…。」
と話していると注文もしていないのに店の人がお盆に二つ容器を乗せてこちらにやってきて私と彼に一つずつ置き下がっていった。
「あの…これ…?」
「うん、現世でも見たことあると思うけどこれは『パフェ』っていうものだよ。」
「そうみたいですね、注文も受けないで作ってくれるなんてそこまで常連なんですか?」
「もう何十年も通い続けている店だし、なにより隊長と一緒に来ていたからそこらへんは顔パスのようなものだよ。」
「ふ~ん…」
それに納得しながら目の前に置かれたパフェにスプーンをいれ口へと運んだ。
「なにこれ、美味しい…。」
「でしょ。どこの世界でも疲れた後は甘いものを食べるといいなんて言うけどほんとに疲れが取れるから気が向いたらここに来るといいよ。」
「分かりました。ありがとうございます。…ところで」
と言いかけた所で彼が口の前で人差し指をあて静かにするように仕草で示した。
「今日の訓練中に起きたこと事に疑問があるようだけど今日のところは休んでくれ。説明は明日にでもするからさ。」
「分かりました。」
その日は、そのお店…あとで彼に教えてもらったのだがお店の名前は「アレストヘイム」というらしい。そのお店でパフェを食べたおかげ昨日まで奮闘していた疲れもとれたらしくぐっすり眠ることができた。