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Rotary

父のすべらない話 回転系ショート2

作者: 羽生河四ノ

パチンコと回転になんの因果関係があると思ってますか?

 私の父もまた晩酌の際にアルコールが体内に入り込むことで口角が滑らかに回るようになり、その付加価値として様々な種類の情報が夕飯時には食卓に躍り出てくることになっていた。実家から独り立ちした今の私にして思えばあの時の父の言葉の数々は誰に向けられた話でもなかったのではないかと思える。

 父は摂取するアルコールに任せて、ただ口を動かして、音を発していたに過ぎないし、私以外の一族はそれを適当に受け流していた。まあ母や兄が実際内心でどう考えていたのかは分からない。しかし所詮は酒飲みの言うことである。最初から真面目に聞くだけ無駄で、もちろんそれは誰しも分かっていたことであったはずだ。

 それでも私はそんな父がたまらなく好きであった。

 普段の父があまりにも寡黙でちょっと近寄りがたい印象の人であったために、幼い私はそういう風に感じたのかもしれない。

 父の話の多くは汚らしい罵声ではあった。しかし私はずっとそれを聞いて育ったために物心付いたころにはすでにそのことに違和感はなかったし、父の話のほとんどはテレビやそこにはいない人に向けての罵声であり、そこにいた一族の誰を傷つけるものでもなかったから、私はそのことに安心していたのかもしれない。子供というのはとても敏感だ。自らが住まう家の空気というものには特に。

 あるいは幼い頃から私は気がついていたのかもしれない。

 「この人はこうしか生きられない」と。

 私が大学を受験する目的で実家を離れるおよそ二十年、父は家で晩酌がある日は目に映る人間のことを嫌い、馬鹿にし続けた。

 私が知る限りの二十年だけでもあれほど数多くの人間を嫌い続けた。そのエネルギーはどれほどの量だろう。何かに換算できたらよかったけど、それも今や過去の話である。

 そして時たまであるがそんな父の繰り出す晩酌時の話の中におよそ何点か、罵声ではないものがあった。

 ひとつはハイジの話、あとサントリーの特級酒の話、あと・・・、ジプシーキングの話、パコデルシアの話、そしてパチンコの話。

 もう少しあったかも知れないけど、とにかく思い出せるのはこれだけだ。これで全部だったかもしれない。

 父はそれらの話だけは何度となく繰り返した。

 その話はいわゆる鉄板といわれる話だったのか?それともただの偶然だったのか?私にはわからない。しかし特にパチンコの話は今も良く思い出す。

 「若い時分はパチンコもしたけど、今はしないのはどうしてだかお前は分かるか?若い時分俺はあれにずいぶんやられたんだ、あるとき俺は帰りの電車賃までも全部パチンコにつかっちまった。あれには参った。今だったら信じられないな。夜を無い状態でその町で過ごした、もちろん解決策なんて何一つ無い。どうしようか?どうしようか?それだけだ。それにまだ俺は若かったから自尊心も邪魔していた。お前も分かってるとは思うけど、俺はいまだに時分のその部分は変わってないと思う。子供の懐きにくい人間だ。で、朝になって駅の改札から偶然友人が出てきた、俺はそいつに金を借りて電車に乗った。あれが無かったら俺はどうしてたんだろう?って今でもたまにそのことを考える。俺はこういう人間だ。熱くなるとそうなるんだ、だめでもやってしまう。絶対にだめでもやるだろう。そしてたぶん俺の子供だからお前もそうである可能性は高い。だからお前は出来たらやらないほうがいい。絶対にな。もしやるならああいう何時まで回転してればいいのか分からないものよりは、一発で痛い目に合うほうが向いていると思う、それで懲りたほうがいい」

 およそそういう話であった。

 私とってこの話は父の話した話の中で1番私の人生に深くかかわっている。

 今の私はパチンコに限らず、ギャンブルというものに手を出さない。一切だ。あるいは出せないといったほうが正しいかもしれない。

 例えばパチンコをすることを考えたとき自分も間違いなく父と同じようになる姿がはっきり目に浮かぶ。一銭も無い状態で夜をすごす。それはきっとこの上なく恐ろしいことであるだろう。

 私の幼少の頃、少なくとも父はこの話を一年に一回はしたような気がする。

 私はその話を聞くたびに酒を飲んで管を巻く父を尊敬していった。反面教師ではある、しかし私にとってそれ以上に効果的な教育など無い。絶対に。

 そんな父ではあったが寄る年波には抗えず、去年の冬に他界した。当然私は病室で死にゆく父を看取った。既に一族の誰もがそれを受け入れていたため私以外の誰もがドライだった。そしてそれは私以外が食事をするため不在だった時に起こった。

 既に意識がはっきりしていなかった父が不意に、

 「ごめんな、あの時はそうするしかなかったんだ・・・、ごめんな・・・、もうすぐ俺もそっちに行くから・・・。許してくれ、許してくれ・・・」

 そう言った。

 そしてその日の夜、父は死んだ。

 私は家に帰り少しだけそのことを考え、そして幼い頃からずっと抱えていた疑問がやっとその時解けた気がした。

 幼い頃から何度も聞いた父のすべらない話。私はずっと思っていたのだ。知らない人の罵声を吐くことでしか発散の仕方を知らない程、プライドの高い父。その父が本当に友人から金を借りることができたのだろうか?と。

 私にとって父というのはいくら尊敬してもし足りない、そういう存在である。それはこの先、少なくとも私が死ぬまでは変わらない。例え父にどんな過去があったしてもだ。

 それどころか、私も自身が死ぬ前に子に対してそういう秘密の打ち明けをしたいと思うようになった。

 父の事を強く想い、今は自身の膨らんでいく腹を優しく愛でている。

パチンコやったことないです。社会見学で行ったことはありますけど、うるさくて長く居られませんでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭の文章がプロ級に巧い。純文学な序文……家族愛について深く掘り下げた作品だと思います。 サントリーの特級酒とは、プレモルのことですか。 男主人公だと思いきや、へえ主人公は女性でしたか…
[良い点] おもろ [気になる点] ないない [一言] 俺のもぜひ! 題名、マーラシア
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