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月の夜には怪談を  作者: ゆらぎ
悪魔の胎動
9/13

8 逃避と決断

衝撃――それだけが僕の胸の中を襲った。

どこをどう走ったのか何て覚えていない。

確かな事は、僕は滑稽にも同じ場所に戻って来てしまった事。

そして、目の前で胸を貫かれている先輩の姿だけだった。

「え」

何も言葉がでない。

ただ景色がグニャリと歪み、昔のVHSのようにノイズじみた物になっていく。

先輩?

死んでいるの?

僕を庇って?

僕のせいで?

僕が…

殺した?

「うぁああああああああああああああああ!!」

真っ白な景色の中で先輩を貫いた悪魔が僕に気づいた。

「あァ?お前っテ/確かa、…さっき逃げda死たヤツ?」

僕を見つめながら右腕で貫いた先輩の体をゴミのようにこちらに投げ捨てた。

無駄な力が一切入ってない先輩の体は目の前にグシャりと落ち、何か暖かい物が僕の頬に飛び散る。

それが血液だとわかった瞬間、意識が現実に引き戻された。

「先輩!!先輩!!!!」

駆け寄って体を起こしても、先輩は目を開かない。

むしろ、その体に開けられた風穴からぬるり溢れている血が、その状態を良く表している気がした。

「そんな…ッあ…僕が…僕が殺したんだっ!!」

全身の神経という神経がずきりと痛むような感覚と、心臓を生で鷲掴みにされたような悪寒が全身を遅う。

呼吸がうまくできない。

僕は今生きてるのか?

これは悪夢だ。

「せん…ぱっ…い‥ううううううぁあああああああ!」

叫びながら先輩の体を強く掴むことしかできない。

いや、そんな思考などない。

恐怖で強ばった体が自然とそうなっているんだ。

なぜなんだ?なぜいつもこんな目に会うんだ?

出会ったことが間違いなんだ…。

いっそ僕らは誰とも出会わずひっそり生きて、ひっそり死ねば良かったんだ!

「そ……な……です」

消えてしまいそうな僕にか細い声が聴こえた。

それは吹けば消し飛ぶような小さいものだったが。

僕には何よりも大きく聴こえた。

「先輩!!い、生きて!」

「出会わなければ…良かった…なんて…そんな事…ッ…ないです…よ」

僕の腕の中で先輩が弱弱しく目を開いた。

「私は…あなたに……謝ら‥なければ…なりません…」

確かに聴こえた声は、あまりに意味がわからなかった。

ただ、それを聞き返すことができない。

「今日の…事を…それと…の事も…」

何について謝りたいのかしっかり聞き取れなかったが、謝りたいのはこちらなんだよ…。

「あなたは何も悪くないんだ…僕がすべてを狂わせたんだ!」

「それは、違います!」

それまで弱くか細かった声に、力が入った。

しかし、先輩はそのまま咳き込んでしまい、今まさに彼女が重症なんだと思い出す。

「先輩!無理をしないで!」

「あなたは…自分を偽ってはいけません!…あなたが思うように…周りの人間はあなたを傷つけてくるかもしれません…でも!…ッ…あなたが…あなたを傷つける理由になんてなりません!」

先輩の目には今までのどんな時よりも力が入っていた。

だから僕は口を紡ぐことしかできなかった。

「もっと…自分を大切に…そして、これから先は…誰かに手を…差し出せるように…他人の…裏切りを待つんじゃなく…他人にも優しくなれる…自分に…なってください」

その言葉を言い放つと、先輩の体からどんどん力が抜け出した。

「まってくれ!先輩!!僕は!」

「あぁ…寒い…です…夏…なのに…」

目がうつろになり、体温がどんどん下がっていく中、流れでる血だけは増えていく。

なんだよ…言いたいことを言いやがって!

僕は!僕は!

「なんでなんだよ!!なんで僕なんかを!!」

結局は悪魔を連れて歩いていただけの中じゃないか!

出会って2週間にも満たないだろ?

なんで、なんで命をかけれるんだ!

「ともだちだからじゃ…だめですか?」

…?

……友達?

「ともだちだから…助けて…大切だから…いい人生を送って…ほしいんで…す…」

僕の中にあるいろんな物が遮断される。

真っ暗な中で先輩のまぶたが閉じていく様だけが歪んで映し出され。

「服…を汚…して…すいません…」

最後まで意味のわからないことを言い残して。

先輩の体はグタりと堕ちた。

「せんぱい‥・?」

途端に涙が溢れだした。

涙なんていつぶりなのだろう。

僕はいったいどれだけの事柄から逃げてきたのだろうか?

逃げて逃げて、それでも逃げて、その先にあったのはこんな結末だった。

ただ、先輩の顔はなぜか笑っている。

そう見えるだけで、僕が都合よくそう思ってるのか。

ともかくもう何も残らなかった。

これで僕という存在からすべてが剥がれたんだ。

「終わったナ。最高におぉもsろかったぞォ」

慈悲なき悪魔の一声が、背中にかけられる。

「これだけ面白いと最高!?ウヒッだぜ!最後にお前を惨めたらしく殺して‥・おもしまいだっ!ウヒッ!」

これで僕はおしまい。

下品な笑い方で近づいてくる悪魔は処刑人。

逃げ切れるものじゃなかったんだ。

この世界はそうできてるんだ。

あぁ・・・もういいのかな?

何も残ってないし、生きる意味もない。

・・・。

生きる意味?

先輩は最後に何を言った?

何を聴いた?

今僕には何が残ってる?

『もっと…自分を大切に…そして、これから先は…誰かに手を…差し出せるように…他人の…裏切りを待つんじゃなく…他人にも優しくなれる…自分に…なってください』

僕は世界を恨んで、人を拒絶した。

でも、人を拒絶することは、最後の最後で拒絶された。

僕は何がしたいんだ?

僕は誰なんだ?

僕はなぜ逃げてる?

僕はなぜ涙した?

僕は何が怖いんだ?

僕は誰を恨んでるんだ?

僕は誰を救いたかった?

僕は誰に救われた?

僕はなぜ差し出された手を拒絶した?

僕はなぜ信じれなかった?

僕はどうしてその手を取らなかった?

僕は・・・何を選択した!?

「よし、最後になんか言葉を残すカぁ?今の今まで腐ったドラマを見してくれたんだaxaa。こういう場合はこう言うのがテンプレートだロ?」

悪魔が僕の首を絞め、片手で持ち上げる。

醜悪な顔が目に入り、コイツがこの状況を面白がっているとわかる。

「…僕は…ない」

「あぁ?なんだっテ?」

「僕は逃げない!!僕は…僕はもう僕自身から逃げない!」

そうだ、どんなに腐った世界でも。

どんなに周りから逃げようと。

僕は僕から逃げない!

「差し出された手を取りこぼさないし、掴まれたてを離したくない!なによりも、自分が傷ついたことを、すべて他人の責任して逃げている僕から逃げない!!」

「何言ってやがる?頭がおかしくなったのカ?」

「なんとでもいえよ。お前みたいに堕ちた奴にはならん!僕は食いつぶされる人生なんてまっぴらだ!僕の敵は僕が決める!」

悪魔の顔がピクリと動き、みるみるつり上がっていく。

それは予想通りで、つくづくコイツが僕の存在に似てるとわかる。

「もういぃいよぉお!!ぺちゃくちゃトヨォォおお!!しねぇ!!やぁ!!っ!!」

そう怒り狂い、もはや人間としての原型を失いつつある右腕を突き出した。

あぁ、これはやばい。確実に死ぬ。

すまん母、父、妹、その他親戚共…って、謝る相手少なっ!?僕本当にぼっちだなオイ!まぁ、僕自身が選択してきたことだから仕方ない。

でもまぁ、それもここまでか。

さらば日常の日々…。

あ……それと、すまん先輩。

「メフィスト!!!契約だ!!!」

瞬間――時が凍りつく。

すべての世界が灰色に染まり、何もかもが石像になってしまったのかと思うようだ。

「呼んだか?」

そこにはいつから居たのかメフィストが立っていた。

「あぁ、契約だ」

短く告げた。なるたけ力を込めて。

「いいのか?お前の命の所有権が俺になるのだぞ?もはやお前は輪廻の輪に入ることはできないのだぞ?」

恐ろしいほど黒い影を揺らめかせ、この世の終わりを告げるような声でメフィストは笑う。

「なんだよあんなにしつこく言ってたくせに。するんだよ。しなきゃ今死ぬんだよ」

「だが、それは法外で無慈悲な契約だぞ?」

「それでもいい」

「なぜだ?お前は他人のことなど認識しないだろ?あの女は偽善で死んだんだ。それがわからないお前ではないだろう?その女の死を無駄にするような契約を結び、命を捨てるような真似をするメリットがどこにある?」

メフィストの口調はまたも芝居がかったようになり、何かを試すように語りかける。

なんとなくこれもわかってきた。ようはお約束なんだ。

だから僕ははっきり断言した。

「僕は他人を必要としない。だから他人に好かれるのも嫌われるのもごめんだ。何かを最後に失うなら最初からなにもなくていい。そう思ってる」

「ならば…」

「だけど!僕は逃げてきただけなんだ!すべては他人が入り込むからおきる災害なんだと逃げてきただけなんだ!確かに誰かと触れ合うのは危険だ。いつ背中を刺されるかわからない。でも、それは僕が背を向け続けるからだ!正面向いて刺されるならそいつは敵だ!それすらも僕はわかってない!前を見てないとそいつが敵かも判断できない!」

そうだ、僕はすべてが敵だと思っている。

今でもそうだ。人間と関わればそうなるんだと思って生きてる。

でも、先輩はどうだった?

こいつも敵に違いないと背中を向け続けていたから気づかなかった。

先輩はその手に何も持ってなくて、ただ手を僕に差し出してたんだ。

「だから僕は逃げないと決めた!それを先輩から学んだ!それが僕の…決断だ!」

そしてメフィストは耐え切れぬと言った風に笑った。

「決断…なるほど!やはりお前は面白い!いいだろう契約しよう!」

そう言って闇が一つになり、僕がよく知る不抜けた悪魔の姿になった。

「最初に確認しよう。まずお前との契約だが、代償を変える」

その言葉に唖然とする。

「え?命じゃないの?」

「うむ。お前の魂をここでとるのは面白くない。だから、代償はお前の人生…お前がこれから生きる生き様こそが契約の代償だ!」

その代償はあまりにも奇っ怪で、理解が及ばない。

「お前が今後どういう目に合い、どういうことになり、どういう決断をするか?それを見せてもらう。その代わりにお前が言えば俺は手を貸そう。ただし、これはいつでもお前の命令を聴くわけじゃない。お前が悩み、選び、苦しむ、その決断があるときにだけ俺は力をだす!より面白く、大きく、奇っ怪で、悲惨な決断、覚悟!それがあるときに俺はより大きい力を貸そう!」

話を聞けば、それはかなりリスキーで意味不明な制約だと思う。

僕の決断や覚悟におおじて力を貸す?なんだそれ?

そんなものが契約なのか?

「よくわからんがそれでいいのか?僕がなんの決断も覚悟もないまま死ねば、お前はかなり時間を無駄にするぞ?」

まっとうな意見を返したつもりだったが、メフィストの反応は違った。

「気にするな、時間など腐るほどある。何より俺は面白ものが見たいから人間と契約しているんだ。それに…」

途端に顔が歪み、つり上がったような笑顔を見せ、こう言った。

「お前は必ず、狂った決断をする。その歪んだ精神がどれだけ歪な答えをだすか楽しみだ」

その言葉に寒気を感じながらも、なぜか興奮してる自分がいた。

思えば大きな決断なんぞしたことがない。

「あぁ、何とでも言え。俺はお前と契約する」

「よく言った!契約成立だ!我が名はメフィストフェレス!今この時よりお前の…神木澤切尾の刃だ!面白いものをみせてくれよ!キリオ!」

「あぁ、メフィスト。僕のくだらない人生なら飽きるほど拝ませてやる!」

こうして僕は悪魔と契約した。


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