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月の夜には怪談を  作者: ゆらぎ
悪魔の胎動
6/13

5 それもこれも

湿気が体にまとわりつき、陰鬱な気持ちが広がっている。

教室中を覆っている歓喜に耐えれないのは、先ほどの一件から男子の目が鋭いからなのか、それとも…。

「おい、聴いてるのか?」

その呼び声で気がつき、視線を上げればメフィストが不審な顔でこちらを見ていた。

「どうしたんだ?さっきから呼んでおるのに」

「あぁ、悪い…って、人目につく所で話かけんなって言ってるだろうが」

それでなくても今日は無駄に注目されてるのに。

「いやしかしだな…」

らしくもなく強ばった顔をして言葉を詰まらせるメフィストに、僕は首をかしげそうになる。

「なんだよ?」

「うむ…実は、この建物の敷地内に陰湿な気配を感じる」

陰湿?この夏休みムードの校舎に?浮かれている奴がいるならまだしも、陰湿なやつなんて…あ、僕がいるや。

小さな自虐も程々にメフィストの話に耳を傾けた。

本来なら無視を決め込むような発言だが、その真剣な顔を見ると、いつものようなアホな話ではなさそうだからだ。

「お前ら人間にはわからんと思うが、俺らみたいな悪魔の類は必ず闇の匂いを放っておる。それは人間で言うところの悪意や妬み、嫉妬、強欲なんかの陰気な匂いだ。それが今この校舎の中に存在している。」

悪魔の匂い?お前別になんも臭わねーじゃん。などというお約束は置いといて、話を真剣に考えてみる。

陰気な匂い…たしかに悪意ある人間は独特の気配をしている。

僕みたいに人と関わらない人間にはその類がよくわかる。

ただ…。

「そんなものどこにだって溢れてるんじゃないか?この世の中で悪意のない人間がいる場所なんてどこにもないぞ。特にここは学校。思春期の若人なんざそんなもんだろ?」

そうさ、ありふれたものじゃないか。

クラスの中でリーダーになってる奴が憎い、自分より成績がいいやつが憎い、好きな人を取られて憎い、いつも馬鹿にされて憎い、そんな物はありふれているんだ、陰口、いじめ、のように。

「そんな小さい話じゃない。俺らは悪魔だぜ?むせび泣くような人間の憎悪なんざ山ほど見てきた、それこそお前の何倍もな。今この校舎に滞在する気配は人間の物じゃないって話をしてるんだよ」

「なんだって?」

その言葉は不抜けていた僕の精神を引き締めるには十分すぎた。

「見てみんことにはわからんが、これは確実に妖魔の類だぞ。俺ほどの力はないが、そこそこやばいやつだと思う。」

さらっと自慢していた気がするが、コイツの奇っ怪さを目の当たりにしてる僕としては冗談に聞こえない。

それよりも、こいつがそこそこやばいなんて言うなら、僕らみたいなちっぽけな人間なんかどうにもならないじゃないか。

「それって結構やばいんじゃないか?」

「だろうな。確実に死人が出るレベルだな。」

「死人!?なんでだよ!?そいつは人を襲うために来てるのか!?」

いろいろあって僕も冷静じゃなかったんだと思う。

「あのなぁ…」

考えなくても分かることだった。

「悪意を放つ魔をなめるなよ?」

狭い箱の中にたっぷりと餌があるのにそれを食わいない獣はいないのに。


憎い。

許せない。

なぜこんな目に会うんだ?

すべて…あいつらのせいだ!

憎い…憎い…憎い!憎い!憎い!憎い!憎い!憎い!憎い!憎い!憎い!

【なら殺せばいい】

!?

【恨むだけで救われるとでも?願いで何か変わるとでも?だからお前はダメなんだよ】

違うッ!!

【所詮お前なんざ何かの代用品。お前じゃなきゃダメなことなんて何もない、お前がお前でいることに価値なんざないのさ】

違うッ!!ヤメテ!!

【そんなに特別が欲しいなら…】

ヤメテッッッ!!

【オ前以外ヲ特別ジャ無クセバイイ】


暗転


何かが変わるわけでもなく、ただ時間はすぎた。

何にも集中できてないまま一日は終わり、下校してしまえばそれでもうしばらく学校に来ることななんてないんだ。

「おいどこに行くんだ?」

この学校で教室を出た僕に問いかけられる声なんてひとつしかない。

「帰るんだよ」

目を合わせることもなく僕はメフィストにそういった。

メフィストはしばらく黙って僕を見つめていたが、唐突に立ち上がり、僕の後をついてきた。

「そうか。じゃあ帰ったらドラクエVの続きやろうぞ。俺はビアンカと結婚するんだ」

「…」

「…ん?どうした?ケルベロスがグングニル食らったような顔して」

そんな顔はしていない。ていうかなんだよその例え。

「いや、別に…」

なぜか僕はそれ以上の言葉が出てこず、焦ったように踵を返して帰宅を続行する。

ただ、背中越しに聴こえた声は、何よりも深く耳をついた。

「それがお前の選択なんだろ?それに付き合うだけだ」

何かが僕の中身を混ぜ返したが、黙殺して歩みを早めた。

雨が降る前に帰りたいなぁ。

だけど、なぜだろうか?

校門を出る前に、屋上が目に入ると、歩みが止まってしまった。

「・・・。」

何も考えることなんてないし、何も感じることはない場所。

一刻も早く帰って寝たい衝動は僕の体を毛布のように覆っているし、夏の日差しによって、煮えくり返ったアスファルトの熱気が漂う校門になんて一秒も居たくないのに。

なぜ僕は立ち止まっているんだ?

なぜ僕は今日の出来事を思い出しているんだ?

なぜ僕は…

「おーい帰るんじゃないのか?」

そんな外野の退屈そうな声で我に返り、校門から外に踏み出した。


「そういえばお前が言っていた悪意がうんたらってのはどうなったんだ?」

日も沈み始め、家路を急いでいる最中、ふと思った疑問を口にしてみた。

あれから何も語らないが、コイツの冗談だったんか?

「ずっと校舎におったが、今はわからんって感じだわ」

なんとまぁ軽いノリで話す事だろうか。

「そうか、何も被害はでてなさそうだな」

「それはわからんぞ、品定めをしてるだけかもしれん。それにあんなに人が多い場所では騒ぎになるからな」

「え、お前ら悪魔ってそんな事きにするの?小さッ!」

それじゃあ人とかわんねーじゃん!

「むやみやたらに騒ぎを起こすのはよくない事だ。普通に考えろよ。なんか退魔師とかハンターとかきたらやべぇじゃん」

「まぁ、そうかもな」

なんで僕の時にこなかったんだー!

「だからこうして日が沈み始めた夕暮れ時にこっそりやるのが一番」

なんだか変質者みたいだなぁしかし。

「…む、ちょうどあんな感じだ。」

そう言って指を指す方向に目を向けると、4人の男が輪になってひとりの男を囲んでいた。

「…うわ、面倒事じゃないか。さっさと立ち去るぞ」

「ぬ?いいのか?あれはカツアゲだろ?助けたほうがいいんじゃないか?」

そう言って不思議そうな顔で右肩から僕の顔を覗いてくる。

鬱陶しいなおい。

「馬鹿言うな、あんなものに関わったら厄介なだけだ。僕にはなんの関係もないし、助ける力もない。仮にどうにかできてもその後目をつけられる事を考えたらゾッとするね」

こんな光景はよくあるんだろうか?

あったとすれば体外の人間は僕と同じ反応するだろう。

好き好んでトラブルに巻き込まれるなんざ頭のおかしいやつか、正義ぶった偽善者がやることだ。

僕はそっと生きていたいだけなんだよ。いやまじで。

「むぅ…。」

しかし、メフィストのほうはなぜか不満そうの反応である

いや君悪魔だよね?むしろ人を貶める存在だよね?

「そんな無駄なことしなくてもすぐに警察が駆けつけるさ、さっき通行人が電話してる所を見た。それが間に合わないなら運が悪いだけだよ」

「…」

「虐げる奴と虐げられる奴がいるのは真理だろ?悪魔だってそうじゃないのか?」

そそくさとさりながら問いかける僕の声は空を切り、振り返ってみればアイツはその場でじっとしていた。

「おい何してる?もういくぞ」

「まて…。あやつから負の念が出ておる」

あ?負の念?そりゃあ出るだろ。カツアゲされたんだから。

それで歓喜の念が出てたらそれはもう聖人か変態だろ。

「いや…あれは。先ほど言っていたやつの気配だ!」

「え。しかしわからんって言ってたんじゃ…」

「体内に入り込んで擬態してたようだ、だが宿主の負の心が増減した為、同調して出てきよった」

なんだなんだ冗談だろ?

これは嫌な予感の大安売りバーゲンセールだぞおい…!

「お、おい…なんだかコイツおかしくね?」

「な、なんだよ?やる気かお前!」

「…死ねよ」

「何んだと!?てめぇふざけんな!」

不良グループの荒げた声と共にドスリと人間が殴られる音が聴こえた。

いかん!さっさとこの場を去らねばまずい!

ここは目立つがダッシュで逃げるしか…

「ウガァアアアア!」

悲鳴にも似た叫びが聴こえた頃には遅かった。

なぜなら僕の目の前には吹き飛ばされて倒れこむ不良の姿があるからである。

冗談でしょう?一応ここまで10mはあるんですが…。

恐る恐る振り向くと不良は全員倒れ伏せていた。

遠目には生きてるのか死んでるのかわからないが、ただひとり立つ少年の全身には血がべったり付いている。

「ざまぁみやがれ!いつもいつも…僕が何をした!お前らのせいで僕はどれだけ惨めな生き方をしたか!」

少年の激昂は凄まじく、馬耳雑言を叫び散らしながら何度も何度も不良の頭を踏みつけている。

「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」

やばい。

先ほどのメフィストの発言など関係ない。

これはただ単純にやばい。

そう感じたのに僕はなぜか少年のほう見つめてしまっていた。

それがいけなかった。

「…な、なんだよお前…何見てるんだよ…」

少年の目は僕を捉えていた。

「…さ、さーて、今日の晩御飯なんだろうな~」

僕は通行人僕は通行人僕は通行人僕は通行人僕は通行人僕は通行人!

「まてよ…お前もそいつらと同じか!お前も僕を…!!」

な、なんで!?違うぞ!?僕はただの通行人ですぞ!?

「殺してやる!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?あっしは何もないですよ!?見てしまっただけです!」

「…そうなのか」

「はい!」

よし!助かった帰れる!

いやー、今回も危なかった!

「じゃあ、そいつらと同じじゃないか」

「え」

「見てるだけ、見て見ぬふり、あぁ、かわいそうな奴だと言いながら、自分は安地からの見物、挙句あんなものはされる方も悪いと蔑む…あいつらと何が違うんだよぉぉッ!!」

それはあまりに的確すぎて。

「ぼ、僕がこんなことされてるのを見て何が面白い!?僕がどんな思いで生きてると思う!?お前らみたいな日々を楽しんで生きてる奴になにが分かる!?僕はお前らみたいな奴の話題づくりのために生きてるんじゃない!」

そこに鏡があるのかと思うぐらい。

「もうひとりで生きてるじゃないか!それでも満足じゃないのか?誰かを食い殺してないと生きていけないなんて、お前ら…まるで悪魔じゃないか!」

僕と前で叫ぶ少年は同じだった。

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