3 その女。眼鏡属性なり。
「私以外にも悪魔を連れてる人がいるなんて、びっくりですよ!」
大量の本を隣に積み上げ、信じられないほどの砂糖をコーヒーにぶち込んでいる眼鏡少女の発言だった。
「ほう、お嬢さんも契約をしているのか。」
対するは向かいの席で対角線に座る、シーザーサラダを頬張るアホ悪魔(ただし、僕らにしか見えない、一体ほかの人はコイツが食ってるサラダがどう見えているのだろうか?)
「いや、僕は契約してないけどな。」
そしてその隣で居心地悪そうにしている僕。
「・・・。」
向かいの彼女の横では、何やら異質なものがいる気がするが、ここではスルーしよう。何も見えてない…何も見えてない…。
大学生やご婦人で賑わう喫茶店も、僕らの異質な空気により居心地の悪い場所になっている。
あ、すごく視線感じる。死にたい。
「えぇと、私は野眼奈々子と申します。市立無節操学園に通ってる学生さんです。」
同じ学校!?世間狭いぞおい。
「あ、18歳の3年生です。」
しかも先輩!?見るからに年下…ていうか発育のいい中学生にしか・・・。
「ぬ?おいおいなんていう目で婦女子を見るんだ。お前はさかりのついた猫か。」
「そんな目はしてない!以外に年上だったからびっくりしただけだろうが!」
なんとも失礼な言いがかりを付けられた。まるで僕が上から下まで舐めまわすように彼女を見ていたみたいじゃないか。
まったく、失礼で勘の鋭い悪魔だ。
「・・・?えぇ、と続けますよ?」
しかし、当の本人――野眼奈々子さんは何も理解してないような顔で話を続けてくれた。いやー助かった。
「それで私、趣味は読書なんですが。」
だろうね。
「家に古い本がたくさんあるもので、それをひたすら読んでいたんですよ。虫みたいに。」
自分で虫みたいになんて表現する人を初めて見た気がする。まさに本の虫なのだろう。
「そしたら、彼女がでてきて…」
「おっとまってくれ。ちょっと時間をくれないか?」
野眼さんはふぇ?なんて萌えキャラみたいなリアクションをして、大変ありがたかったが、今それより、心の準備をさして欲しかった。彼女の横に座る何かを見つめる為の。
「よし、どうぞ。」
「え、ええっと、そこで彼女、書物の悪魔さんが出てきて、気がついたら契約してたんですよ。」
野眼さんが示す方向に座る女性…だよな?は某呪いのビデオから出てくる系ホラー映画の貞な子さんみたいな服装と雰囲気で、静かに春色のいちごパフェをぱくついていた。女子力は高いようだ。
それだけでも異質なオーラを感じるのだが、一番不気味なのは、その彼女は紙袋をスッポリ被り、まったく顔を見せないことである。いや、まじで怖いからね?
「ツッコミどころが多すぎる!!」
もうね、僕の横でサラダ食ってるバカを見てから、大抵のことには驚かないという自身があったよ?でも、こんな見た目の悪魔が、可愛くスイーツ食ってることにはさすがに驚くよ!
しかも、今言った言葉は何?気がついたら契約してた?そんな簡単でいいのか!?命かかってるんだろ!?
「ほう、何の契約なのだ?」
「えぇと、一日に3冊以上本を読むかわり、いろいろ力を貸してもらってます。」
「そんな契約あるの!?夏休みの宿題ぐらいの対価じゃん!」
命のやりとりとかじゃないの普通?本を読むだけなんて軽くない!?
「そうですね、私もこんなものでいいのかと思うんですよ。3冊なんて、40分もあれば読めちゃいますし。」
「いや、それはそれで凄いね!?」
僕なんて、一冊の活字を読むのに3日はかかるぞ。内容によればすぐだけど。これは別に変な意味じゃないよ、ホント。
「ふむ、おもしろい契約だな。そち名前はなんというのだ?」
アホ悪魔が、女悪魔に問いかけている。悪魔って言っても全員が全員知ってるわけじゃないのな。
「・・・・・・。」
しかし、彼女は答えなかった。なんだか申し訳なさそうな態度を示している・・・と思う。
「む。まぁ、悪魔にとって名前は命と同等の価値だからな。容易く話せまい。あ、俺はメフィストフェレスね。」
「容易いな!?」
自分の発言に責任をモテと言いたかった。
「いや、俺はそのへんもう遅いからさ。むしろ逆に言っていって、有名にしたほうがいいぐらい。」
どういうことだよと言いかけて気がつく。
そういえばメフィストフェレスなんて世界的に有名じゃないか。
「というか、僕はお前の口から名前を聞いたの初めてなんだけど。」
「あれ、そうだったか?なんかこう色々ノリでわかってると思ってた。」
「おい、それが契約して欲しい奴の言うことか?」
「えぇーなに難しいこと言ってるの?もしかしてお前真面目?うわないわ。」
「お前がふざけ過ぎてるんだよ!というか、なんでそんな態度なんだよ!?うわームカつくなおい!」
世界的に有名な悪魔の実態はこんなものである。非常に嘆かわしいと思う。
「うわー!あの有名な悪魔さんなんて、すごいです!私も何度か本でお目にかかりました!」
野眼さんは目をキラキラ輝かせながらメフィストを見ている。いや、今の会話でその目をできる君のほうが凄い。
「それと、この子の名前は、私も知りません。というより、なにか話せない事情があるそうなんです。だから私は本田さんって読んでます。」
「そこでなんで日本式!?」
話題の本田さんは照れた仕草で、人差し指をくっつけては放しを繰り返している。
以外に乙女である。
「え?本から出てきたから本田さんですが?」
当たり前のことですよねって顔で言われても困るなんて言えず、野眼さんは天然であるという情報を手に入れた会話である。
喫茶店を出た僕らは、最寄りの駅まで野眼さんと本田さんを送ってあげた。
「今日はお話できてよかったです!これからも契約者同士仲良くしてくださいね!」
「いや、僕は契約してないからね!?」
「うむ。仲良くしてくれ。」
「お前もうむじゃないよ!」
終始マイペースで野眼さんはホームに入っていった。ちなみに本田さんは胸元で小さく手を振って、小走りに追いかけていった。もはや可愛く見えてきた。
「同じ土地で契約してるモノと出会えるなんてよかったな。これでいつでも話をきけるぞ。」
メフィストは満足そうに頷きながら僕の後ろに立つ。
「別に聞く話なんてないでしょ。」
「何を言う、契約すればわからないこともあるだろう。それを教えてくれる先輩がいるなんて恵まれていることだぞ。」
「だからしないって。」
「そんなこと言うでない!するだろ!?」
「しないよっ!?」
夕日が落ち、暗くなった街を歩きながら、後ろから横からと顔を出して、契約を進める悪魔と帰宅する。
おかしなことになったがなぜか嫌な気分ではなかった。
「しかし・・・あの少女の眼…。この俺が目を見て話をできないほどとわ。」
不意に真剣な顔をして、メフィストは思春期の男子みたいなことを言っている。
「え、お前ってコミュ障なの?それとも…野眼さんを…。」
思わず寒気がした。悪魔といえども男。コイツ高校生女子に対して劣情を抱いてるんじゃ…。
「おい何を勘違いしておるんだ。お主はわからなかったと思うが、あの少女の目。普通ではないぞ。」
あまりに真剣顔でいうものだから、思わずこちらも同じような顔になる。
普通じゃない?どういう事だろうか?
「何か強い力を感じる…おそらくあれが契約による力なのだろう。あれはなかなかに強力だぞ。」
そんな言葉に僕は少し背筋が冷えたんだ。
なんだか、異質な事が始まる気がして。