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はじめてのキス いち

 

「き、きすぅ〜?」

 

「ちょ、香澄! 声おっきい、おっきい!」

 

 慌てたような優花の手に口を塞がれた。真っ赤な顔した彼女が眉を上げてこっちを睨んでくる。

「もぅ、やめてよ。恥ずかしい」

 優花は声を潜めて辺りを見回した。

 ホームルームが終わり、クラスメートはぼちぼち下校や部活に行くため教室から消え始めている。授業から解放された喜びで騒いでいる彼女達には、わたしの声は聞こえていなかったみたい。

 優花はホッとしたように息を吐くと、わたしの顔から手を退けた。

「気をつけてよ、皆に聞かれたら面倒なんだから」

 その抗議は当然のものだった。

 何てったって、わたし達の学校は女子校だ。右を向いても左を向いても女ばかり。男が欲しいと飢えた目をした奴らばかりなのだ。

 その昔は花嫁修行を兼ねた、由緒あるお嬢様学校だったらしいが今じゃ見る影もない。

 夏にスカートめくり上げるなんて序の口で、卑猥な話も目を輝かせて大声で教室で話す。つまりは恥じらいなんてどこ吹く風というわけ。

 ちょっと若い男の教師が来ると少々顔に難ありでも充分モテる。先生の周りに群がってチヤホヤしている集団を見ると、まるでどこかのハーレムみたいに見えてくるから不思議だ。

 先生を取り合って醜い争いは日常茶飯事に起こっている。そんな恐ろしい所なのだ、ここは。

 この女子校で恋の話題をするには、取り扱いに厳重注意が必要だ。特に男が出来たとか、浮かれた内容には更なる注意を要する。

 嫉妬に狂ったクラスメートに目の敵にされるーーってことはさすがにないけど、彼氏の友達を紹介しろとねだられることは当たり前にあることだ。

 したくもない合コンのセッティングを強要されたり、断れば嫌味を言われたりでろくなことにはならない。親しい友人になら頼まれずとも場を設けてあげたいだろうけど、そんなことを言う子は決まって仲良くもない図々しい子だったりする。

 わたしは優花にごめんと謝った。

 彼女の始まったばかりの恋を、こっちの不注意でぶち壊すなんて出来やしない。

「ま、いいわよ。誰にもバレてないから」

 憎まれ口をききながら、優花は嬉しそうに笑った。

 薄く色づく頬とほんのりピンク色の唇。

 

 昨日彼とキスしたんだーー。恥じらった声がいつまでも木霊してくる。

 

 この間まで一緒に、「彼が欲しいね〜、恋がしたいね〜」と言ってた仲だったのに。

 遂に彼女は新たなステージに進んでしまったのだ。輝くように幸せを振り撒く友人を、わたしは眩しく見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「はあ〜」

「何だよお前、失礼な奴だな」

 大きなため息を漏らしたわたしを、幼なじみで同い年の男子が迷惑げな視線で睨み付けた。

 健太とわたしは下校時に待ち合わせて、駅前のパソコンショップに来ていた。わたしには何を見ているのかさっぱり分からないが、奴は興味深げにいくつかのアクセサリーを見て回っている。

 新たなため息が生まれてきそうになっていた。

 

 あの日ーー、わたしが帰宅途中の健太を待ち伏せて初下校デートを成功させて以来、わたし達は度々落ち合って下校デートを繰り返していた。

 ま、大体はわたしが駅で張っていて、現れたこいつを無理やり捕まえてって感じだったけど……。

 だけど嫌そうな顔をしながらも、この男だってちっともこっちを拒否しないのだ。そんなこんなで二人で帰るのも、既にお互い慣れの境地に入っている……はずである。

 

 だけど……、

 

 わたしは憂鬱な気分を持て余しながら、一生懸命店内を練り歩く幼なじみを見つめた。

 

 オタク全開といった様子で爛々とパソコン見ながら歩く健太といても、はっきり言ってあんまり楽しくない。商品に夢中で自分の世界に入っているこいつは、わたしの話なんて上の空で返事すらしやしない。

 会話もなく、奴のあとをテクテクとただ付いて行く。そんなの、つまらないことこの上ないでしょ。いつものわたしならそろそろだれてきて、文句の一つも出ている頃である。

 

 けど、今日のわたしはそれどころじゃなかった。 

 

 優花に聞いたキスの話で頭の中がいっぱいで、それこそ健太の買い物など全く眼中になかった。

 溢れるように出てくるため息は健太のせいと言うより、優花の生々しい体験談のせいだった。

 

 キス……、キスって……、いったいどんなのだろ?

 

 ぼんやりしてると、そんなことばっかり考えてしまう。

 

「お前、本当にいい加減にしろよな。付いて来てくれなんて俺一言だって言ってやしねーぞ!」

 何回目かのため息のあと、とうとう健太がキレた。奴は奴でわたしのため息のせいで、どうも買い物に集中出来なかったらしい。

「もう、お前帰れ。邪魔だ邪魔」

 いつにもまして、すさんだ視線が痛かった。怒りも露にきつい言葉をこっちに投げかけてくる。

「ひど、そんな言い方ないでしょ……」

 手を振ってわたしを追い払おうとする幼なじみに向かって、いつもの決め台詞を言おうと息巻いた。

 

 彼女に向かって酷いじゃないのーー

 

「彼女に対してーーってか?」

 

 だけどそれは一歩遅く、その台詞は目の前の幼なじみに奪われてしまった。

「何が彼女だよ。人の邪魔ばかりしやがって」

 健太はムッとして毒づく。

 あれ、やけにご機嫌悪くない? ここまで怒ってるなんて。

「ごめん、もう邪魔しないから。おとなしくしてるから」

 ヤバいヤバい。機嫌を直してもらわなきゃ。このままじゃ本当に追い払われちゃうよ。

 わたしは必死で可愛く笑ってみせた。可愛く見えるかは、……自信ないけど。

「……本当だろうな」

 目線を逸らして健太が言い殴る。

「勿論、勿論。本当、本当」

 見てよ、このわたしの健気な笑顔。これで気分を変えなきゃ男じゃないよ。

 

「分かった。絶対だからな!」

 

 癇癪を起こして、目の前の男子はいきなり背中を向けて歩き出した。

 取り敢えず追い帰されることは免れたみたいだけど、何よその態度。相変わらずムカつくな〜。


キスの影も形もありませんが、次話に続きます。


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