はじめての下校デート に
「それで?」
健太はブスッとした表情のまま、面倒くさそうに呟いた。
「俺、急いんでんだけど何?」
あんたはイケてる俺様か? ただの冴えないアニオタのくせにムカつく。
「用があるから来たに決まってるでしょ?」
わたしは鼻息も荒く仏頂面した奴の前に立った。
「二人とも相変わらず仲良いいね。なんか懐かしい」
ホワンとした声で能天気に奈由ちゃんが囁く。
ハッ、そうだ。この子もいたんだった。て言うか、仲良く見えるんだね。
「ねえ、香澄ちゃん覚えてる? あの頃小野くんが……」
突然クスクスと思い出し笑いを浮かべた奈由ちゃんが、輝くような笑顔で話しかけてきた。
「えっ、何?」
すると彼女に視線を向けたわたしの腕を、誰かが強引に引っ張って美少女から引き離す。
「おい、行くぞ!」
犯人は言わずと知れた健太の奴だ。奴は奈由ちゃんとの会話をぶったぎり、何でか分かんないけどさっさと足を進めて行く。
「ちょ、ちょっとーー」
「バイバイ、香澄ちゃん、小野くん。またね」
微笑みながらこっちを見送る美少女を一人残して、あっという間にわたし達はその場を後にした。
「ちょっと、せっかく昔話で盛り上がっていたのに。もっと話したかったなあ。何なのよ、もう」
しばらく素直に奴に引っ張られ歩いてたけど、不満を口にした途端、健太は忌々しそうにわたしの腕を振り落とした。
「用って何だ?」
質問だけ投げかけて、こっちをちらりとも見ずに足早に前へと歩き出す。
「俺、帰ってやることがあるんだ。用がないなら帰る」
「やだ、あるから来たに決まってるでしょ」
あのね、あんたの学校の前で、どんだけ恥ずかしい思いしたか知ってる? まあ、あんたに罪はないけど……。
「何だよ?」
イライラしたように喚く健太の手を、わたしはいきなり掴んだ。それからお互いの掌を絡め、しっかりと繋いでいく。
「な、何するっ……」
毛を逆立てて興奮した猫みたいに、癇癪を起こした健太が顔を赤くして睨み付けてきた。
「手を繋ごうよ。いいでしょ」
わたしが笑ってそう言うと、健太は口をつぐんで黙り込む。口元をひくひくと引きつらせて、今にも血管切れそうなほど目を剥き恐い顔をしてる。
でも不思議と恐くなんかなかった。て言うか、可笑しい。
聞いてみたいなあ、何て答えるだろう。
ねえ、どうしてそんなに赤い顔しているのーー?
すごい勢いで彼はわたしから視線を逸らした。それから肩を並べて無言で歩き始めたけど、手を振りほどくことはなかった。
いつの間にか、健太の手が汗ばんだみたいに濡れている。もしかして緊張してるのかも。ちょっと、わたしまで緊張してきたじゃない。
「お前、汗かきすぎ……」
隣の幼なじみがポツリと呟いた。
「えっ? わたし? 嘘、あんたでしょ!」
「いーや、お前だね。ベタベタした手を繋いできやがって気色悪い」
「何だってぇ、失礼な奴ね! 彼女に向かって」
「……何が彼女だよ。彼女らしいことなんかしたことないだろ」
独り言みたいに小声で漏らす健太に、わたしは噛みついた。
「彼女らしいことって何よ?」
腹立つ。あくまでわたしを彼女と認めたくないってことね。
わたしの反撃に対して、健太の攻撃は目に見えて弱くなっていく。奴は目を見開くと怯んだように後退りした。
「はっ? 何言って……」
唇をワナワナさせて健太は狼狽えていた。
顔はこれ以上ないくらい、真っ赤っ赤に染まってる。
わたしの見てる前で一歩づつ足が後ろへと下がっていて、隙あらば逃げようと様子を窺っているみたいだった。
「知るかよ、何……言ってんの?」
バカじゃねーの、と耳まで赤くして顔を背けた健太に、気がついたらわたしは告げていた。健太と繋がった掌に、力を込め固く握り締める。
「彼女らしいこと、してあげる」
声に出す時死ぬかと思うほど心臓が痛かった。
きっと、わたしの顔も、ゆでダコみたいに赤かったに違いない。
すみません。……まだ続きます。