はじめての下校デート いち
校門の前で足を止めた。中から出て来る生徒の影に、思わず手近にあった電柱の陰に隠れる。数人をやり過ごして、後ろ姿を息を殺して見送った。
その中に、健太はいなかった。
サラサラの長い髪をなびかせて歩く同世代の女子と、見るからに頭の良さそうな男子が数人去って行く。
制服効果って奴? やたらと皆、お行儀いいんだけど。うちの学校の生徒とは全然雰囲気が違う。何て言えばいいかなあ、勉強が出来る自信に満ち溢れていると言うか……。いや、わたしのひがみのせいかも。
健太の通う学校は、県下でも有数の進学校なのだ。
だからお馬鹿な学校で有名な制服を着ているわたしには、こんな所をうろつくことさえかなりの勇気を要する。
どうするかな。勢いでここまで来ちゃったけど……。だけど優花達が待ってるのよ? やっぱ、健太の帰りを捕まえなきゃ駄目か。……でも本音を言えば、今すぐ走ってこの場から逃げ去りたい。
「あら、香澄ちゃん? 谷本香澄ちゃんじゃない?」
その時、こそこそと電柱の陰に身を潜めるわたしを呼ぶ声がした。
間違っても健太じゃない。だって女の子の声だ。
誰? こんなハイレベルな学校に、健太以外知り合いなんかいないんだけど。
「ねえ、覚えてる? わたしよ、わたし。有村奈由。幼稚園で一緒だったでしょ」
振り向いたわたしの前に、めちゃくちゃレベルの高い美少女が微笑んでいた。
えっと、どれくらい高いかと言うとずばりアイドル並みよね。顔なんか小さーくて、その割りには目なんか大きくてバッチリ二重。睫毛なんかパサパサ音立てそうなくらい長くて、綺麗にカールしちゃってんのよ。
全体的に華奢で折れそうな印象なんだけど、その中でも足なんかほっそいほっそい。本当に同じ人間なわけ? リアルでここまで美少女見たことない。
「……えっと、誰?」
てか、わたしに話しかけないでくれるかなあ。あんたのせいで帰宅する生徒の視線を集めてるじゃん。分かる? わたし目立ちたくないの、この格好で。
「もう、香澄ちゃんたら。奈由よ奈由。覚えてない? 『魔法天使☆ミルキーエンジェル』」
美少女は笑顔で得体の知れないポーズを取った。それから下校する自校の生徒の前で、何やら台詞を喋り出す。
「ダーク魔女ディアス、あなただけは許さないわよ。わたし達の、わたし達ウィッチ・エンジェルズの正義の鉄槌を受けるがいいわ」
美少女は片手を上げて上空を指した。
ちょ、ちょっと、ちょっと……何なのよ、もう……。
彼女は慌てふためくわたしを無視して、何かの世界に入り込む。
「出でよ、エンジェルズ・シャワー!」
そして、美少女がくりくりとした目を大きく見開いてわたしに向かって腕を振り下ろした途端、記憶の淵から懐かしい場面が、まるで映画のワンシーンのように飛び出してきたのだ。
『魔法天使☆ミルキー・エンジェル』
覚えてる。
幼稚園の頃、わたしはそのアニメが大好きだった。
毎日のようにエンジェルごっこをして、歌ったり踊ったりしていた。そんな女の子は何もわたしだけじゃない。あの頃の子は、皆あのアニメが好きだったんだから。
そんなわたしに対抗心丸出しの子がいた。
大きな目が特徴の、やたら突っかかってきた負けず嫌いの同級生。わたしとその子はエンジェルごっこを始めると、同じエンジェルズに扮しているのにライバル心むき出しで闘ったものだ。
「ええっ、まさか奈由ちゃんなの? スカイ・エンジェル『ラミ』ファンの?」
「そうよ、ミルキー・エンジェル『ミリア』ファンの香澄ちゃん。わたしよわたし。懐かしいわね」
じろじろ見つめてくる周囲の視線を感じて、わたしは声を潜める。
「奈由ちゃん、恥ずかしくないの? そんな大きな声で叫んで」
「全然、わたし演劇部なんだ。発声練習でしょっちゅう大声出してるし」
美少女は天然めいた笑顔を向けてきた。
あーそう、わたしはすっごく恥ずかしいんんだけど。着ている制服もさることながら、会話の内容もかなり恥ずかしい。
しかもこの子、部活してるのか。進学校で部活。わたしなんか、お馬鹿女子校のくせに帰宅部なのに。青春のスペックが違いすぎる。
「それより奈由ちゃん、いつこっちに帰って来たのよ?」
奈由ちゃんは小学校に上がってすぐ、父親の転勤とかで引っ越しして行った筈だ。だからもう何年も会ってなかった。そんな訳で、彼女の顔が思い出せなくても仕方ないと思う。
てか、奈由ちゃん。あんたすごい記憶力ね。
「中学の時よ。学区は違ったから、香澄ちゃんみたいに幼稚園で一緒だった子には会ってなかったけどね」
「そっか……、こっちに戻って来てたんだ」
すっごい美少女になってるし。いや、あの頃も美少女だったけど。と言うか、わたしってあんまり変わってないのかな。
電柱の所でまったりと会話を続けていたら、横を駆け抜けるように去って行く人影に気づいた。
ボサボサヘアの垢抜けない後ろ姿、間違いない。わたしの幼なじみ、現在彼氏の小野健太だ。
「健太、待ってよ!」
わたしの大声に奴の足は更にスピードアップする。ちょっと、どういうこと?
「小野くん、待って!」
横で美少女が発声練習で鍛えたよく通る美声を上げた。
その声に健太の背中が思い切りびくつく。
「待って、小野くん。帰らないで」
近づいて行く奈由ちゃんを待ってるみたいに健太は振り向いた。
わたしの存在をガン無視して、奈由ちゃんだけを目で追ってる。ちょっと、いくらリアル美少女がいるからって、彼女を無視ってどういうこと?
健太に近づいた奈由ちゃんは、奴の腕を掴むとわたしの方へ顔を向けた。
「ほら、早く。香澄ちゃん」
「どうも……」
薄情な幼なじみを捕まえてくれてサンキュー。ちぇっだ。
健太は漸く事態に気づいたらしくわたしを見て苦い顔をした。
全く、呼び止めてんのに無視するなんて腹立つじゃないの。
すいません。
次話に続きます。