はじめてのデート に
お久しぶりです。
間が開きすぎて何か色々と変化していると思いますが、ご了承ください。
すみません。
健太が指定してきたのは、駅前の本屋だった。
最近は郊外にも大型の本屋がたくさん出来ていて、随分便利になってきている。だが車を運転出来ない高校生には、所詮限られた店にしか行けない。だからいつも自転車で行ける店ということになり、必然的に同じ品揃えの店ということになる。その店にない本は、注文するしか手がないのだ。
そんな訳で交通の便がよい駅前の方が、意外と勝手がよかった。駅前には専門書の種類が豊富で、郊外の店には置いてないマイナー本も充実している本屋がある。欲しい物は大抵手に入るという訳だ。
店内に入ると直ぐ様、わたし達は別行動をとった。
わたしは新刊のコミックがある漫画コーナーへと速攻で行き、健太の行方は知れずとなった。そこでわたしは続きを楽しみにしていた最新刊を発見して、興奮して読みふける。
しかし暫くすると背中を叩く気配に気付き、そんなことをする人物に苛立ちを感じて振り向いた。
「ちょっと、何よ!」
背後には、やはりというか健太が立っている。
「か、ね」
ブスッとした膨れっ面で、当たり前のように手を出す幼なじみにムッとしたが、我慢我慢と耐えて財布を出した。仕方ない、わたしが提案したんだもん。今さら「ナシ!」とは言えないよね。
「何、買うの?」
奴の持っている本を覗き込めば、わたしの視線を避けるように、さりげなく腕の中に隠していく。ちょっとちょっと、変な本じゃないでしょうねえ?
「何してんのよ、見せなさいよ」
「はあ? 何だよ」
無理矢理引ったくって見てみれば……何これ?
健太が持っていたのは、参考書だった。センター試験過去問……とか書いてある。凄いよ、まだ受験生でもないのに。何て言うか、面白味のない奴。
「健太って、大学行くんだ?」
「お前、行かないのかよ」
「うん、行かない」
いや……、頭的にね、ちょっと無理なんだよね。行きたくてもね。
「行かないじゃなくて、行けないだろ?」
健太は意地悪く笑いながら口にした。その笑顔に何故だかわたしはドキッとなる。おかしい、さっきからだ。武士に二言はないと、わたしが言ったあと健太が笑顔を見せてから。
レジで精算を済ませ、わたし達は本屋を出た。
さて、この後だけど、どうしたらいいんだろ?
わたしってば全くの恋愛初心者、デートなんてしたこともないわけだ。仕方がないから、通りを歩く人並みに目的もなくついて行く。健太はどんどん足を進めるが、いったいどこに向かっているのだろう。
「ねえ、どこ行ってるの?」
「どこって、家」
当然とでも言うように、隣を歩く幼なじみは普通に答えた。
はあ? いやに自信たっぷり歩いていると思ったら、あんた帰ろうとしてたわけ?
「え〜? もう? せっかく駅前まで出て来たのに?」
わたしの文句に、彼は怪訝な表情を返した。
「だって、用事は終わっただろう? お前は残ればいいよ、俺は帰るけど」
そう言ってさっさと一人で歩き出す。その腕を取って、思い切り叫んだ。思いの外、声がでかくなる。恥ずかしいけど出ちゃったもんは仕方ない。
「何でよ! デートなのに一人とか」
わたしの大声に、健太が立ち止まった。その顔は呆けたように口が開いたままになっている。途端に顔がカッと熱くなった。何よ、そんなに驚くこと? だってわたし、まだ本の見返り貰ってないんだけど。
「で、でえとぉ?」
「そうだよ、デート!」
「何で、俺が……」
「じゃあ、返して貰う」と手を出すと、彼は買ったばかりの参考書を見ながら溜め息を吐く。
「お前、本当にコレいるのか?」
「い、いらないけど……」
いらないけど、きっちり返して貰う。だって、そういう問題じゃないからね。タダであげるとか有り得ない。
健太はわたしの気迫に呆れたようだった。こっちを見ながら何かを言いかけてくる。
「あのな、お前、ほんと……」
「え? 何?」
「いや、いい。何でもない」
慌てて手を振ると、彼は体の向きを変えて歩き出した。あまりにも素早い変わり身の早さに、わたしはその場に取り残されている。
ちょっと何よ、言いかけて止めるとか、本当ムカつく。しかも、無視して帰るとか……。
「待っーー」
「で、どこ、行けばいいんだ?」
健太の背中が怒ったように叫んでいた。
前を歩く同い年ぐらいのカップルを目で追ってみる。
彼氏はブラックのデニムウェスタンシャツにカーキのスリムカーゴ。彼女は薄いピンクのピンタックシャツにデニムのショーパンで、足元はブーツ。
二人ともカッコよく決まっていて、わたし達とは大違いだ。
前の二人組はベタベタと引っ付いて、鬱陶しく通りを歩いてた。完全に自分達の世界に入っていて、邪魔くさいったらありゃしない。
このくっ付きようは絶対アレだと思う。そうア・レ。この二人はもう完璧にやっちゃてーー。
「おい」
「えっ?」
隣を歩く健太の声に、思考が中断させられた。もうちょっと観察したかったのに、仕方なく奴に視線を向ける。
「すげえ、顔」
健太はそんなわたしの顔を、マジマジと不思議そうに見つめていた。何だ、その目。珍獣でも見るようなその目付き、感じ悪いなあ。
「顔?」
「いや、前の二人を見るお前の顔がな」
「何なの?」
「すっげえ、物欲しそう。ウケる」
彼はそう言って大口開けて笑い出す。「な、何よ……」と口籠るわたしを見て、更に噴き出した。
「お前、顔、真っ赤だぞ。大丈夫か?」
も、物欲しそうって、何よ?
わたしは笑う健太を睨み付けたが、奴はちっとも止めようとしない。益々笑うだけだ、それも大声で。
いつまでも笑い続ける健太に、いい加減周りの目線も気になってくる。わたし達はコソコソと手近な店に逃げ込んだ。
飛び込んだ店はカフェだった。ウェイターに促され、二人掛けの席へと連れて行かれる。カップル席だ、これ。
わたしは酷く緊張していた。だってわたし、男子と飲食店に入ったことがないのだ。そりゃ、小さい頃はしょっ中行ってたと思う。相手は勿論こいつだ。そして勿論、ママ達同伴である。
と言うより、ママ達の気晴らしのお茶に、幼児だったわたし達が付き合わされてただけなんだけど。そんな昔のことなんて覚えてないし、てか、それはどう考えてもカウントしちゃ駄目だし。あの頃から現在までは、チャンスすらなかったし。
それが今ーー、
こいつ相手とはいえ、男と二人でカフェにいる!
わたし達って、どんなふうに見えてんだろう?
「あのな……」
「なあに? け・ん・た」
「ニヤニヤして、すげーブサイク。止めてくれ、俺の趣味を疑われる」
「ブ、ブサイクだってえ?」
なんか酷くない、その言い方? 自分なんかオタクのくせに。
でも、ちょっと待ってーー。
「わたし達って、やっぱカップルに見えるのかなあ?」
「え?」
「だから! 健太はわたしが彼女に見られるから、恥ずかしかった訳でしょう? ブサイクだと」
健太は唇を硬く結んでムッとしたような顔になる。
「つまりは、あんたもわたしのこと、彼女だって意識してくれたってことでしょう?」
わたしはへへへと笑って彼を見た。これまさに、一本取ったど〜って感じだ。健太の悔しそうな顔が気持ちいい。わたしだって言われっぱなしじゃないんだからね。あんたをやり込めるくらい、簡単なんだから。
だが気がつくと、目の前に座る生意気な幼なじみは、いつの間にかメニューを見ながら注文を始めていた。
ちょっと、無視? 今のわたしの必殺技を。
「お前、何頼む?」
健太はメニューを顔の前に掲げたまま、素っ気なく聞いてくる。
「え? メニュー、見せてよ」
「嫌だね。あ、いいや。お前、コーヒーな。あ、すいません、ブラックをもう一つ。ーー以上で」
勝手に注文を済ませウェイターを帰すと、彼はわたしを無視していつまでもメニューを覗いていた。
「ちょっと!」
注文は終わってるのに、なんでそんなもん見ているの?
「何、勝手に頼んでるのよ? わたしブラック駄目なのよ、知ってるでしょう?」
何か、壁みたく感じるじゃない。メニューで顔隠すなんて、どういうつもり? わたしの顔なんて見たくないってか?
「あー、お前まだブラック飲めなかったんだ。ごめん、知らんかったわ。お前も高校生になったから、少しは成長したのかと思ったんだよ」
前に座る幼なじみは平然と言ってのける。わたしに嫌がらせをしてるの見え見えなのに、あ〜腹立つ。
その時わたしの目に、机に置かれたままの健太の片手が見えた。
家の中で、テレビやパソコンばかり見ている奴の手は、ちっとも日焼けしてなくて色が白い。もしかして、わたしより白くないか?
ま、それはいいけど。白いその手は、繊細にも見える長い指を引き立てて意外と綺麗だった。
と言うか、好みだ。はっきり言ってわたし、ゴツゴツした黒い手って好きじゃないの。優花達にはめっちゃ引かれるけど。
その白い手を見ている内に、何か触りたくなってきた。おかしい? ……変かなあ、わたし。でもさ、こいつだって失礼なことしてるじゃない。人の前にメニューで壁って……、いくらブサイクに見えるからって。あ〜ムカつく!
健太の手を上から握り締める。白くて綺麗な手がキュッと硬くなった。
あ、やっぱり、わたしの方が黒い。美波が言ってたように、日焼け止め塗った方がいいかな? 女子の方が黒いって、ちょっとアレだよね。
「お、い」
「え? 何?」
「何してる?」
健太はメニューの向こうから、ドスを効かせた低い声を出してくる。怒っている声だ。
ありゃりゃ、怒ってるよ。文句があるなら、その壁どかしたらいいじゃない。
「何か用事? ちょっとこれ、邪魔なんだけど」
わたしは彼の持つメニューを、力を込めて引っ張った。拍子抜けするほど簡単に、壁は取り払われていく。
「おまっーー」
壁の向こうから目を見開く健太が現れた。
その顔は驚くほど真っ赤だった。