はじめてのデート いち
お久しぶりです。
時々ひっそりと更新していきます。
天気のいい日曜日、わたしは健太の部屋で悶々としていた。
部屋の主は、椅子に座り机に広げたパソコンを一心不乱に見ている。
ひょっとして、わたしが部屋にいることも忘れているんじゃない?
暇で欠伸が出そうになり、もう帰ろうかと腰かけていた彼のベッドから立ち上がった。
だけどその時、頭に素晴らしい名案が浮かんでくる。
わたしは再びベッドにストンと腰かけた。
健太の背中を盗み見すると、奴は相変わらずパソコンに夢中だ。
動画サイトで例のアニメを見ているみたいで、その横顔は真剣そのものといった様子。こっちのことなんか、当然のように気にもしてないらしい。
よし、よし、わたしはほくそ笑む。
それから、お尻の下の彼のベッドに目をやった。
だって気になるじゃない?
こいつだって健康な男子高校生なのよ。ま、若干、精神に病んでる部分がなきにしもあらずーーだけど、肉体的には健康な青少年なわけよ。
つまり・・何が言いたいかと言うと、エロい本の一冊や二冊、どこかにきっと隠しているはずってこと。
わたしは顔を上げて、健太の部屋を見渡した。
小さい頃から見慣れてる殺風景な部屋だ。オタクのくせに、その手のポスターなども貼ってない本当に地味な部屋。
だけど、この部屋のどこかに絶対あるはず・・。
何だか、この面白味のない部屋が、突然遊園地にでもなったように輝いて見えてくる。
わたしは、ワクワクしながら推理を始めた。
だいたい、怪しい物を隠す相場はベッド周りだよね?よし、まずはそこからだ。
捜索場所が決まると、パソコン画面を見ている健太に気付かれぬように、静かにそうっと行動を開始した。
「おい。」
それにしてもさ、普通のエロ本が出てくるなら、まだいいけど・・
「おい、何してんだ?」
例えば、だけど・・健太の好きな美少女アニメのエロい漫画とか・・出て来たら、どうしよう?
「・・おいっ、パンツ見えてるぞ。」
そうそう、パンツが見えてるアニメの美少女とかがいっぱい出てくる・・って。
「えっ?」
パンツが見えてるって?
わたしはベッドの下からごそごそと顔を上げて、机の方に急いで視線を走らせる。
健太がいつの間にかパソコン画面から頭を上げ、こちらを向いて恐い顔でじっと睨んでいるのが見えた。
嘘、いつから見てたんだろ?
「アニメ見ないの?」
わたしのしてたこと、気が付いてないよね?
彼の様子を窺い媚びた笑顔を浮かべて聞くわたしを、健太は冷めた目で見ると呆れたようにポツリと漏らす。
「あのな、お前何してんだ?人のベッドでごそごそしてさ。」
「あれ、気付いちゃった?」
もしや、本当に気付いたの・・?
今、あんたの部屋でわたしがしてたこと・・・。
「気が散るんだよ!この部屋にいたいならじっとしてろ!」
健太はキレたように大声を出すと、再びパソコンの方へ体を向けた。その態度は、いつもと何ら変わりない。
どうやら何の為に、ベッドの下を漁ってたかまでは気付いてないみたい。わたしはホッと胸を撫で下ろした。
「嫌よ、つまんないじゃない!彼女なのに放っとかれるなんて。」
「は?」
健太は、クルッと椅子を回して振り返る。
「彼女?誰が?」
「わたしよ」
わたしは頬を膨らませて答えた。この間よね?彼女にしてって言ったのは。
確かに、正確には彼氏になってーーだったけど、もう忘れたって言うんだろうか、こいつ。
「お前が?誰の?」
健太はポカンとした顔をしていた。
「あんたじゃないの!もうしっかりしてよ!」
「はあ〜?」
健太は目玉がこぼれるほど目を開けている。
わたしは、溜め息を吐いた。
いや、もうそれいいから、話が全然進まないじゃないの。優花達と会う日はどんどん近付いているのだ。わたしは、はっきり言ってとっても焦っていた。
「この前、お願いしたよね?もう、惚けるのは早いわよ。」
「この前って、俺、承諾なんて一言もしてないぞ!」
健太は喚いていたけど、そんなの想定内だし。
わたしが何年あんたと幼馴染みしてると思ってんの?
わたしはおもむろに鞄から財布を出し、その中から五千円札を抜き出した。それを健太の前に突き出しヒラヒラさせる。
奴は怪訝な顔をしながらも、吸い寄せられるようにお札を見ていた。
「・・ねえ、これで何か買ってあげようか?」
健太は目を丸くしてわたしを見る。それから不信感も露に睨んできた。
「何故?」
わたしは樋口一葉で口元をさりげなく隠して笑う。頬が緩むのを見られたら、密かな下心がばれそうだ。
「そんなの・・、彼氏にプレゼントしてあげたいから・・だよ?」
うっ、何?・・このセリフ・・健太が引いたらどうするの・・わたしの顔、赤くなってないよね?
彼は呆気にとられたように間抜けな顔をした後、下を向いて頭をグシャグシャに掻きながら言い放った。
「何が、望みだよ?」
あれ?わたしの下心バレバレなの?
着替えて表に出て来た健太は、相変わらず不審な目付きでわたしを見ている。それから、偉そうに言ってのけた。
「本当に、何でも買ってくれるんだろうな?」
どうでもいいけどムカつくほど意地汚い奴だな、あんたは?
わたしは舌打ちしそうになり、慌てて健太に向かって大きく頷く。
「武士に、二言はない。」
ただし、言うことは聞いて貰うわよ?
「お前、何言ってんだよ。馬鹿か?」
健太は、面食らったように目をパチパチさせて暴言を吐いた。
「馬鹿とは何よ、馬鹿とは!」
わたしがムッとして抗議すると、彼はクシャッと表情を崩して笑い出す。
「だって、お前・・武士って・・ぶ・し、いつの、時代だよ?・・ブフーッ」
そしてお腹を抱えると、堪えきれないとでも言いたげに噴き出した。
「ちょっと!」
いったい、この言葉のどこが可笑しいのよ?確かに、少し年寄りくさい言葉だとは思うけど、噴き出すほど?
わたしは妙に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
「何よこんなの、誰でも言うでしょ?」
「言わねーよ、・・は、腹・・いて・・」
奴はしつこく笑っている。何か本当にムカつく。
「わたしの周りは言うんだから!」
優花達が言ってるの聞いたことないけど・・、悔しいから言ってたことにしてやった。
健太は苦しそうに暫く笑った後、体を起こしてニヤニヤしながら言い返してくる。
「嘘つくなよ。俺、親父が酒に酔った時にしか聞いたことないぜ?お前本当に平成生まれか?昭和の、間違いじゃないのか?」
彼は笑い過ぎて出てきた涙を吹きながら、首を傾げてわたしを見た。
目元を隠していた髪がサラリと動いて、涙で潤んだ瞳が現れる。
その目尻を長い指で押さえながら、横目でわたしを意地悪く見やり、男にしては高い声でクスクスと軽やかに笑い声を立てていた。
一瞬、時間が止まったように健太の笑顔だけが切り取られて、わたしの目に強烈な印象を残していく。
えっとーー
なんて、言うか・・・
見とれてしまいました。
ちがーう!
違う違う、こんな奴に見とれるって?冗談でしょ?だって、オタクよ?
わたしは気まずくなって下を向くと、彼の服装に視線を移す。
ちょっとわたし、挙動不審になんか、なってないよね?
健太は、綿のシャツにジーンズという地味な出で立ちで立っていた。よく見れば、両手は手ぶらで身軽な感じだ。
「あんた、それだけでいいの?」
わたしは普段のように声をかけた。大丈夫、もう大丈夫・・心の中で呪文のように唱える。
「え?何が?」
彼は既にブスッとした表情に戻っていた。
「いや、だから、ほらっ、リュックとかでっかい紙袋とか・・」
わたしの言葉に健太の顔色がスッと変わる。
「何故、そんなもんがいるんだ?」
「え?だってオタクの必需品でしょ?」
「あのな・・」
健太は全身をワナワナと震わせた。
「俺はオタクじゃない!」
彼は顔を赤くして怒っていた。
なかなか、出発出来ません。次回に続きます。