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はじめての告白 いち

 

 それでーー

 

 あのあと、わたし達が……ううん、わたしがどうなったかと言うと。

 

 勇気を出して……と言うより、勢いに任せて一方的にやってしまった行為が堪らなく恥ずかしくなった訳で……。

 で、これまた一方的に、健太の前から逃げるという暴挙に出てしまった訳だ。つまり、あいつを置いて一人で帰ってしまったわけ。

 

 その際あいつがどんな顔をしていたかなんて、恐ろしくて見ることは出来なかった。

 だってあいつのホッペにいきなりキスをしたくせに、「バイバイ」と言い捨てて文字どおり『やり逃げ』してしまったんだから、当然と言えば当然……よね。

 考えてみればすんごい失礼を働いてるし、かつ酷いセクハラ女じゃない?

 

 あの日からこっち、健太と会うのが怖くて駅での張り込みもやめてしまっている。会えるわけないよね。絶対わたしのしたことに引いてるに決まってるんだから。

 あ〜、もう何であんなことしたんだろ?! 何を血迷ってたのか。

 

 今は……、自分のしでかしたことに深い後悔をしている。

 健太に合わす顔がない。このまま一生会わなかったら、あいつもわたしのやった過ちを忘れてくれるかも。

 だったらこのまま、さりげなくフェードアウトした方がいいかもしれない。そんな考えすら頭を掠めてくる。

 

 だけどーー

 

「……そんなの嫌だよ」

 だって、怖いけど会いたいんだ。

 本当は毎日だって顔を見たい。一瞬でもいい。目と目が合わなくてもいい。むしろ今の状況ならそっちの方がいいぐらいで。

 そう、遠くから見かける程度でいい。……って、なんかストーカー入ってる?

「何でかな?」

 無意識に動かしていた足を止めて頭を捻る。

 何でこんなふうになってしまったんだろう。何で、こんなに健太のことがーー。

「好きになっちゃったんだろ」

 

「あら、香澄ちゃんじゃない。お帰り」

 

 突然前から呼びかけられてわたしは慌てた。誰? 今のセリフ聞かれた?

 顔を上げると健太のママが、ニコニコと笑いながら立っていた。

 考え事をしながら歩いていたので、周囲の景色に気を使うこともなく家の近くまで戻ってきていたみたいだ。そうだ、帰宅途中だったんだ。

「ただいま、理恵ちゃん」

 いつの間に家に着いていたんだろう。

 理恵ちゃんーーこと健太のママが、隣の自宅からちょうど表へ出て来たところにわたしは出くわしたのだった。

 小さい時から彼女を名前で呼ぶよう厳しくしつけられてるので、高校生になった今でも躊躇うことなくちゃん付け出来る。ちなみに健太は小学校中学年頃から、うちのママをオバサン呼ばわりして毎回カミナリを貰っているけど。ま、最近は会うことも少なくなっているか。

 

「ああ、よかったあ。香澄ちゃん、お願いがあるんだけど、このあと予定ある?」

 健太のママは焦ったように側へとやって来た。

「ううん、別に……ないけど」

「本当に? じゃ、ちょっとお留守番頼まれてくれない?」

「えっ、何で」

 何でわたしが。健太がいるでしょう?

「実はね、わたしうっかりしてて今夜町内の集まりがあったの忘れてたのよ。さっきお宅のママが電話してきてそろそろ行こうかって誘われてね。それで、そうだったわと思い出したくらいで……」

「へぇ……」

 長いんだろうか、この話。今んとこ、ちっとも意味が分かんないんだけど。

 理恵ちゃんは目を見開いて、うんざり気味に相槌を打つわたしの手を勢いよく掴んできた。

「だけどね、わたしそのこと忘れてたから、さっき健太が出かけた時鍵を持って出たか確認してないのよ! あの子、鍵を持ってないかもしれないの!」

「え、えぇ?!」

 健太って?

 いきなりの名前出しに心臓が騒いだ。それでなくても声の大きさと迫力にびっくりしてるのに。

 理恵ちゃんはわたしの動揺など素知らぬ振りで、一人慌てふためいている。

「多分ちょっとその辺まで、何か買い物に行ってるだけだと思うのよ。すぐに帰って来るとは思うんだけど、このままじゃわたしが家を空けられないでしょ。パパは遅いから待ってられないし」

 彼女はもう一度わたしの手を強く握り返すと、懇願するような熱い視線で見つめてきた。

「お願い香澄ちゃん、あの子が帰って来るまででいいの。我が家でお留守番しててくれない? 用事ないってさっき言ったわよね!」

 えぇ〜、嫌だよ。だって健太が帰って来るんでしょ。

 わたしの不満げな表情に気がついたのか、再び理恵ちゃんの手に力がこもる。

「香澄ちゃん、お願い! あなただけなの、頼れる人は」

 い、痛いよ、理恵ちゃん……力入りすぎだって。

「ねぇ、香澄ちゃんてば!」

と、もう一度理恵ちゃんの大声が響いた。

「わ……かった……よ」

 有無を言わせないほどの必死な形相に、すっかり飲まれてしまったわたしは結局頷くしかなかった。

 断れるわけないじゃん。健太のママが凄く困ってるのに。

 理恵ちゃんはありがとうと飛び付いてくる。だけど今度はわたしがどうしよう……なんだけど。

 

 

 

 

 

 誰もいない健太ん家の玄関を開けて、足をそろりと踏み入れた。静まり返った屋内が、健太の不在を告げてくる。

 理恵ちゃんはわたしが留守番を了承すると、急いで集まりとやらに行ってしまった。うちのママはとっくにそっちへ向かったらしい。つまりは我が家も今は無人という訳だ。勿論、鍵はかけているようだけど。

 

 健太の家に上がるのは何日振りだろう。

 最近はちょくちょく下校を一緒にしてたから、家の方には来てなかった。ーーて、ことは、初めてデートをした日以来になる。結構最近のことなのに、随分昔のように感じるのは何故だろう。

 

 リビングでぼんやりと座っていたわたしは、ソファーから立ち上がると何気なく廊下に出た。

 そのまま引き寄せられるように階段を上がって行く。気がついたら健太の部屋の前にいた。主のいない部屋は、難なくわたしを迎え入れてくれた。

 相変わらず飾りのない殺風景な部屋だ。ポスターはおろか、漫画やDVDの類いもそんなに置いてない。あいつは本当にオタクなんだろうか? テレビなどで受けるオタクの子の部屋のイメージは、もっとごちゃごちゃした感じだったんだけど違うのかな。

 机の上に目をやるとパソコンの電源が入ったままだった。宇宙空間のようなキラキラした画面が映っている。

 理恵ちゃんが言ってたように、すぐに帰って来るつもりなのだろう。このままここにいるのは不味いかもしれない。早く出なくちゃと我に返る。

 勝手に部屋へ入り込んだことがバレたら、今度こそマジで引かれるに決まってる。そしたらもしかして、幼なじみという位置さえ完全になくしてしまうだろう。……そんなの、やっぱり嫌だよ。

 

 健太の部屋を出ようと、わたしは扉の方へと向きを変えた。

 それから、ごく当たり前に前方へ視線を移し、悲鳴のような息が漏れる。

「ひっ……」

 

 部屋の入り口に健太が立っていた。

 

 彼は自分の部屋にわたしがいたので、びっくりしてしまったらしい。手にコンビニの袋を下げたまま、呆然と突っ立っていた。

「あ、ごめん……」

 わたしは慌てて頭を下げ謝った。心臓がドキドキして普通じゃいられない。こいつが戻って来たことに全く気づかなかった。

 物音した? 全然分からなかった。ヤバい、どうしよう。何て言い訳したらいいのよ。

「か、帰る。勝手に入ってごめん」

 何も言ってこない健太が怖かった。言い訳とか、とてもじゃないけどそんなの無理だ。こうなったらもう帰るしかない。だけどわたし、とうとう嫌われてしまったの?

 急いで部屋を出ようと体をずらすと、突然健太の咎めるような声がしてきた。

「見た?」

「え、み、見たって?」

 怒ったようなきつい眼差しで近づいて来る幼なじみに、わたしは恐れをなして後ずさった。

「やめろ! それ以上机に近づくな!」

 健太が益々不機嫌な顔をして怒鳴り上げてくる。その剣幕に体が震えた。怖くて足がよろめき、咄嗟に彼の机に手をついた。その時、机の上にあったパソコンのキーボードに、うっかり手が触れてしまったらしい。宇宙空間を映し出していた画面はあっさりと消え、その下から小さな女の子の姿が現れた。

 

「見るな!」

 健太が慌てたようにわたしを突き飛ばし、乱暴にパソコンを閉じる。

 押されてふらついたわたしは、部屋にあった本棚にぶつかってようやく止まった。

 頭が働かなくて、ぼんやりと俯く幼なじみを見た。パソコンを隠すようにして立つ健太の背中が、だんだんとぼやけていく。

 一瞬の出来事だったけど、今の映像はしっかりと脳裏に刻まれていた。

 

 健太が必死で隠した女の子をわたしは知っている。だって、つい最近再会したばかりだから。

 

 それは幼稚園の頃、『魔法天使☆ミルキー・エンジェル』ごっこをよく一緒にしていた子。凄く可愛い子で、スカイ・エンジェル『ラミ』の熱烈なファンだった。

 今、画面に映っていたのはまさに幼稚園児だった昔、その子が『ラミ』の扮装をして得意げに微笑んでいたものだ。

 

 そう、高校生になった今でも、その可愛さに少しも変わりはない同級生。

 健太と同じ高校に通う美少女、有村奈由ちゃんの映像だった。


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