覚えてる?
あなたは知らないだろうけど、私はね。
ずっと、ずっと、あなたを思っているの。
ねぇ、知らないでしょう?
上総からメールをもらったのはウチの学校の文化祭の間近の日。
その日も役員として学校に残っていた麻智は携帯電話に届いたメールを見た。
学校では基本的に携帯電話は電源を切らなければならない。
でも五時を過ぎると自宅に連絡をすると言う名目で電源を入れてもいいことになっている。
『なっている』というだけで生徒たちはマナーモードにして電源を入れっぱなしが暗黙の了解だ。
一応こそこそと隠れながら麻智は届いたメールを確認する。
差出人を見た瞬間麻智はすぐにメールを読む。
『来週、文化祭だよね?俺、行くから』
だからなんだ?と突っ込みたくなるメールである。
行くから、なんだ?案内をしろと?それとも行くけど気にしないでねってこと?
差出人である上総とはいわゆる彼氏、彼女という関係だった。
それももう一年以上も前の話。
好きになったのは麻智の一目惚れから。
学校で見かけて好きになった。
一つ年上で、楽しそうに身体を動かす上総が好きだった。
憧れて、一緒に遊んで、もっと好きになった。
上総が卒業するという時、告白しようと決めた。
出会ってから二年の月日が流れていた。
バレンタインデーにチョコを渡したくて、でも恥ずかしくて机に入れた。
イニシャルも、何も書かず、ただ『上総先輩へ』とメモを付けた。
それからまた時が経って、上総は卒業した。
卒業式は泣いたし、離れたくなかった。
でも年の差を縮められるわけは無くて。
麻智は上総にメールをした。
『先輩、バレンタインにチョコもらいました?』
すぐに返信が来て、
『友達経由で一つもらった。手作りの。誰かはわかんない』
そう書かれていたけれど、麻智は上総が嘘をついてるのを知っていた。
『そうなんですか?誰からとかわかんないんですか?食べました?』
麻智も知らないふりでメールを打つ。
『食べた。うまかったよ?』
返ってきたメールにちょっぴり嬉しかった。
食べてくれた、おいしいって言ってくれた。
『先輩、そのチョコ、私が作ったんですって言ったら、びっくりしますか?』
ドキドキしながら返信を待った。
こんなに時間を長く感じたのは初めてだった。
実際はほんの数分であったのに。
『驚くと思う』
『じゃあ、驚いてください』
心臓がうるさいくらいに鳴って、手が震えた。
それでも送信ボタンを押す。
早く返ってきて。
それしか考えられなかった。
『どういうこと?』
『本命チョコなんです・・・』
『俺がもらってよかったの?』
『先輩のこと、ずっと好きだったんです』
精一杯の告白。
麻智は初めての告白に涙が出そうなほどに緊張していた。
上総が目の前にいなくてよかった。
返事は何でもよかった。
言えただけでもうよかった。
期待はしない。
ただただ返信を待つ。
『俺も好きだ。会ってちゃんと言いたいから、明日会える?』
そして、上総との付き合いが始まった。
けれどすぐに別れは来た。
学校が違うことで会えなくて、上総の部活が忙しくて。
半年の間に会ったのはたった一度だけ。
寂しくて、堪えられなくなったのは麻智だった。
『先輩、別れませんか?会えないのに付き合ってるの、意味が無いでしょう?』
返信はすぐには来なかった。
『麻智には寂しい思いさせてごめん。俺も自分のことが忙しくてかまってやれなくて。仕方ない、別れよう』
届いたメールで麻智の二年半の恋は終わった。
最後に気になったのは『麻智には』という言葉。
じゃあ、『上総先輩は』?寂しくなかったの?
聞きたくてももう、メールは打てなかった。
別れてからもたまにメールを交わしたりしていた。
文化祭があることもしばらく前に話題に上がって、話したかもしれない。
ただ、一緒に回ろうとか、会おうとかいう話はしていないはずだ。
『来て下さるんですか?十時から一般開放ですよ』
当たり障りの無い返信を送って、仕事に戻る。
一般開放用のスリッパの用意をし、靴を入れるための袋を用意する。
雨が降った時のための傘を入れる袋も。
ポケットの中で携帯電話が震えた。
取り出すと上総からの返信だった。
『久しぶりだし、会いたいんだけど。時間ある?』
メールの文面からは上総の感情が見えなかった。
なんだろう?どういう意味だろう?
麻智は断る理由が見つからず、返信した。
『三十分くらいなら大丈夫ですよ?じゃぁ、当日着いたらメールしてください』
当日も役員の仕事は入っている。
まとまった自由時間はないに等しい。
それでも会いたいと、思ったのはまだ上総に気持ちがあるから。
嫌いになって別れたわけではないのだ。
ただ寂しかっただけで。
『わかった。じゃ、また』
メールからはやっぱり、上総の気持ちはわからなかった。
準備も終わり、一般公開当日。
麻智は朝から忙しく走り回りながらも携帯電話は離さなかった。
いつ連絡が来てもいいように。
昼も過ぎ、仕事も緊急以外は終わらせた。
そして午後二時過ぎ。
一般公開の時間が残り一時間としたところでメールが来た。
『ごめん、今着いた。どこにいればいい?』
内容を確認してすぐに、
『売店に行っててください。十分で着きます』
と送って、役員室から廊下に出る。
人でごった返す廊下を進み、売店にたどり着く。
周りを見渡して、目的の人を見つけた。
「上総先輩!お久しぶりです」
名前に反応して上総が麻智を視界に捕らえる。
そして昔と変わらない、屈託の無い笑顔で麻智を呼ぶ。
「よぅ!久しぶり。元気だったか?」
「はい、元気そうですね」
普通に笑って、普通に話して。
そして、気づいてしまった・・・何も変わらない――――私の思い。
「髪伸びた?長いほうが可愛いね」
肩まで伸びた髪に手を伸ばして上総が言う。
麻智は嬉しいような恥ずかしいような気分になってそうですか?と髪を撫でた。
ああ、やっぱり好きだなぁ。
会えなかった時間が思い出を美化してるのかと思っていた。
でも、会ってみて、再認識する。
この人が好きだ・・・と。
一般公開が終わるまでの一時間、麻智と上総は話し続けた。
文化祭が終わり、そのまま役員の打ち上げが行われた。
一人の先輩の家に行き、興奮冷めやらぬ中乾杯をする。
「麻智、お疲れ〜」
仲のいい和人先輩がグラスを持って隣に座る。
カチンと麻智のグラスに自分のものをぶつけて鳴らす。
「今日、終わりに一緒にいた男、誰?」
顔をズイッと近づけられる。
「ん?一応、元カレです」
「一応って何?」
すぐに反応が返ってくる。
酒が入っているのか、和人の頬は赤みを帯びている。
「付き合ってても何も無かったし、付き合ってるって言っても全然会えなくて。寂しくて別れちゃったんです」
「そっか。んで、なんで会ったの?」
絡み酒という類の和人は、べったりと麻智にくっついて聞いてくる。
「会いたいって言われて・・・」
「別れたんでしょ?嫌いなんじゃねーの?」
和人はくいっとグラスの中身を飲んで、机に戻す。
麻智は自分の気持ちを隠すことが出来ないので正直に言う。
「嫌いじゃないです。むしろ好きです・・・ね」
うつむいて、恥らって言う麻智の顔は酒以外の意味で赤くなった。
その様子を見て和人は笑う。
「いいな、そいつ。麻智にそんなに思われて」
「そんなこと無いです!逆に迷惑かも知れないじゃないですか!」
慌てて和人の言葉を否定する。
するとポケットの中の携帯電話が鳴る。
誰だろうと思いながら名前を見る。
画面に『上総先輩』の文字。
話題に挙がっていたから余計に驚く。
『今日会ってやっぱり麻智が忘れられない。俺とやり直してくれないか?ゆっくり考えてくれていいから』
そして内容にまた驚いた。
横から覗いた和人がほらなって顔をする。
「どうしよう・・・」
別れた原因は『すれ違い』であった。
違う学校に通っていて、上総は今年受験生で、これでは同じことの繰り返しではないのだろうか?
来年には麻智も受験をするだろう。
本当に今、やり直せるだろうか?
―――――無理だよ。繰り返すだけ。もう、あんなに寂しいのは嫌・・・。
断ろう。
それがいいはずだよね?
『ごめんなさい、先輩とはやり直せないと思います。同じことの繰り返しになるだけだから』
送信ボタンを押す音は寂しい音だった。
「よかったの?まだ好きなんでしょ?」
また画面を覗き見ていた和人に指摘される。
ぱたんと携帯電話を閉じてポケットにしまう。
「いいんです・・・今は」
ずっと置きっ放しだったグラスを持ち、ぐいっと一気飲みする。
おかわりください、と麻智は他の役員にグラスをわたす。
満たされたグラスが返ってきて、少し口をつけて机に戻す。
「今は?」
それを待って、和人が質問する。
和人もグラスに口をつける。
「この人受験生だし、私も来年受験だから、時間合わなくて・・・きっと同じこと繰り返すだけだから・・・」
少し酔ったのか、頭がくらくらする。
和人が見かねて肩を貸す。
「聞くくらいならしてやれるぞ?」
周りの役員たちも潰れ始め、残っているのは酒を飲んでいない者と酒に強いものくらいだった。
そして麻智は上総との出会いから別れて今日会うまでの話を語っていった。
それを和人はただ頷きながら聞いているのだった。
頭が痛い。気持ち悪い。ふらふらする。
麻智が起きた直後の感情はそんなものだった。
目を開けて起き上がる。
掛けられていた毛布がずり下がり、近くに和人が転がっていた。
毛布を和人に掛け、水をもらって飲む。
ふとポケットの中の携帯電話が気になって取り出す。
『メールが届いています』
画面に表示されているままメールを確認する。
上総からのメールであった。
『俺はそうは思わない。俺には麻智が必要なんだ。それに気づいた。遅いかもしれないけど、俺にチャンスをくれないか?』
どうしてこんなに思ってくれるんだろう?
どうしてこんなに私を求めてくれるんだろう?
どうしてこの思いを半年前、付き合っていた頃に持っていなかったんだろう?
私はこんなに・・・・・・。
上総に返信する。
『じゃぁ、二年待ってください。先輩と私の受験が終わるまで。それまではお互い他の人とも付き合ったりしてOKにして。そして二年経ったら答えを二人で決めましょう?それでいいですか?』
今思っている不安や希望をすべて解決できる方法だと思う。
もう少しの時間と、もう少しの気持ちの整理。
大事な人だから私なんかに振り回されないでほしい。
でも私を思っていてくれたら嬉しい。
「麻智、頑張れ」
いつの間にか起きた和人が笑って言う。
麻智ははいっとしっかりと返事をして同じように笑った。
髪を伸ばして、二年。
麻智の髪は腰に届くほどに長くなった。
受験も終わり、後は卒業を待つばかり。
家庭学習日として二月はほとんど学校へは行かない。
そんな日々を過していたある午後、麻智は上総のいる大学に来ていた。
約束をしているわけではない。
ただ待っている。
遠くで彼の笑う声が聞こえる。
上総を見つけて見つめる。
すると目が合って上総が走ってくる。
「どうしたんだ、突然」
はぁとひと息ついて上総が嬉しそうに笑う。
麻智も同じように笑う。
「あのね、先輩にこれ、わたしたくて」
鞄の中から小さな紙袋を出してわたす。
可愛らしいそれの中には、マフィンが二つ。
チョコレートを混ぜたマフィンはどうやら手作りらしかった。
「これは・・・?」
受け取った上総はマフィンを手にそれと麻智を交互に見る。
「また、本命チョコ受け取ってもらえますか?」
笑って、それでもちゃんと上総を見つめて言う。
足が震えていた。
怖くて仕方が無い。
二年の溝は埋められないかもしれない。
もう新しい恋人がいるかもしれない。
そう思うと涙が出そうだったが我慢した。
「本命・・・」
手の中のマフィンを袋の中に仕舞う。
―――つき返されるのだろうか?
しかし、麻智の思いとは裏腹にぎゅっと抱きしめられた。
「この二年間、麻智のことしか考えてなかった。俺にチャンスをくれてありがとう。好きだ・・・・・・」
耳元で囁かれる告白。
思い続けてここまできた。
そして彼も私を思っていてくれた。
それがとても嬉しかった。
「私も大好きですよ・・・ずっと・・・」
ぎゅっとしがみ付くと、涙が流れた。
気が緩んで足が崩れそうになる。
それでも上総は麻智を離さなかった。
痛いくらいの抱擁はその分幸せだった。
「麻智・・・」
「何?」
「髪、やっぱり長いほうが可愛いね」
「!!」
覚えてたんだ。
忘れてると思ってた。
再会の日に言ったあなた自身の言葉。
覚えてる?って聞こうと思ってたのに。
でも嬉しい。
覚えていてくれた。
私とのこと。
それだけで充分だった。
「先輩、そろそろ恥ずかしいです・・・」
帰っていく学生たちにじろじろと見られるのは恥ずかしかった。
麻智がそう言っても上総は離そうとしないどころか、返事もしない。
「ちょっと、先輩?」
少しでも空間を作って上総を覗き込もうとする。
するとより強く抱きしめられた。
「ごめん、我慢して。麻智をみんなに俺のだって証明したいから」
なんて嬉しい言葉だろう。
そう思って麻智は身体を上総に預けた。
世界で一番と思えるくらい幸せな時が二人を包んでいく―――。
学園ものです。ネコはもう少し学生をやるような年齢なので、学園ものを書くのは楽しくて仕方がありません(=^>ω<^=)そしてちょっぴり実話です。
この作品を読んでくださってありがとうございました。評価をいただけるととても嬉しく、勉強になります。