8番目のお話
あっちかな? こっちかな?
出口はどっち? ホウホウホウ。
まおくんは待っていました。
大きなどんぐりの木の根元で。
両方の手で頬杖をついて。
森の中はいっそう暗くなってきました。木々の先に見える空は、どんどん、どんどん暮れていきます。
まおくんは心細くなってきました。だって、もしも、このまま《 ものしりフクロウ 》が戻ってこなかったら──。
山端に落ちゆく夕陽をながめ、膝の間に頭をつっこみ、まおくんは大きなため息をつきました。
「……ごめんねえ、おじいちゃん。ぼく、悪い子だったよ」
「それ」は幹をよじ登り、ふわり、とまおくんの肩に飛びのりました。
お口を押さえてクスクス笑い、まおくんの肩の上で、あっちにこっちに飛びはねます。森の木々がさわさわ揺れて、まおくんのまわりで歌います。
あっちかな? こっちかな?
出口はどっち? かさこそかさ……
あっちかな? こっちかな?
出口はどっち? 遊ぼうよ。
あっちかな? こっちかな?
もっと、もっと遊ぼうよ。
あっちかな? こっちかな?
今日から、きみも、ぼくらの仲間。
あっちかな? こっちかな?
こっちかな? あっちかな?
ねえ、ねえ、どっちに行ったら、出られると思う?
思わず、まおくんは立ちあがりました。
はらり、と何かが足元に落ちます。なんだろう? と目をやると、
「あれ?」
こんな真冬に、真っ赤なモミジ?
まおくんは首をかしげてしまいました。だって、モミジは秋の葉っぱですもの。そして、今日はクリスマス。
けれど、何度それを見直してみても、運動靴の右足の上には、5枚の葉っぱをピンと伸ばした、できたてのほやほやみたいな真っ赤なモミジが、1枚たしかにのっています。まおくんは「それ」に手をのばしました。
「そんな所に落ちてると、誰かに踏んづけられちゃうよ?」
そーっと、そーっと拾いあげ、今まで座っていた切り株の上に、両方の手でていねいに、壊さないよう、のせてあげます。
うん、これで、よし。
まおくんは森の奥をながめました。
《 ものしりフクロウ 》は帰ってきません。あれから、ずいぶんたちますが、飛んでいって、それっきり。なんの音沙汰もありません。
切り株の上では、真っ赤なモミジが、まおくんに内緒で、かさり、とゆっくり起きあがりました。右と左の端っこの葉っぱで、腕組みしながら見ています。
まおくんは空を仰ぎました。枝葉の切れめに見える空は、紺色に染まって夜の気配。
「……困ったな」
いよいよ暗くなってきました。けれど、まおくんは動けません。あの《 ものしりフクロウ 》に「すこ~し、ここで待っておれ」と言われたからです。だから、ここに戻ってくるまで待っていなければなりません。それは 《 ものしりフクロウ 》との約束です。
けれど《 ものしりフクロウ 》はとっても不機嫌でしたから、よそへ飛んでいってしまったかもしれません。今まで出会った動物たちも、みんな、けっこういい加減でしたし。
時間はどんどん過ぎていきます。こうして待っている間にも、森の闇は、どんどん、どんどん深まっていきます。
どこかでカサカサ音がします。影を落とす大木が、枝をザワザワゆすります。
急に深まった茂みの闇が、真っ赤な口をぱっくり開けて、あっちこっちで笑います。カサカサ、カサカサ、カサカサ……
まっ暗になってしまったら、どちらに歩けばいいのでしょう。今よりもっと、わからなくなってしまいます。そうしたら、この森に閉じこめられてしまうでしょう。そんなのは、いやです。早くおうちに帰りたい。
まっ黒な闇が渦まいて、まおくんの心を埋めつくします。もう、いてもたっても、いられません。だったら、いっそ、自分で出口を探しにいこうか?
「──ううん。だめだ」
まおくんは首を振りました。約束は守らなければいけません。それがどんなに大事なことか、まおくんはもう知っています。
《 ものしりフクロウ 》は、まおくんに「すこ~し、ここで待っておれ」と言ったのです。なんだかちょっと遅いけど、きっと戻ってくるはずです。
なんだかちょっと遅いけど、きっとこっちに向かっています。なのに、勝手にどっかへ行っちゃったら、とても困ってしまうでしょう?
その時でした。
まっ暗な森の奥から、何かが猛スピードで、やってきたのは。
※ 続きます。