4番目のお話
あっちかな? こっちかな?
出口はどっち? ポンポコポン。
まおくんは森の中を歩いていました。
出口がどこにあるのか聞きたいのです。誰かいないでしょうか?
「おっかしいなあ?」
まおくんは首をひねって、歩いた道を振り返ります。行けども行けども、森の出口にたどりつかないのです。さっき《 タヌキどん 》に教えてもらったはずなのに。
森の出口に行きつくどころか、さっきより森が深まってしまった気もします。しかたがないので、まおくんは、とぼとぼ森を歩きます。
しばらく行って立ち止まり、困って、あたりを見まわしました。
すると、
んごおーっ! と大きな音が聞こえてきました。
道の右側、大きな樫の木の下です。
「なになにっ?」
飛び上がって振り向くと、黄色と黒のしましま模様が、白い毛皮のおなかを出して、ごおごお気持ちよさそうに寝ています。
大きな口をガーと開け、とら縞の腕を、たまにのっそり、もちあげて、ぼりぼり、おなかなんかも掻きながら。
そこにいたのは、《 トラりおん 》でした。今聞いた大きな音は、どうやら《 トラりおん 》のイビキだったようです。
ガーっと開いた大きな口は、食べられちゃいそうで恐いです。
まおくんは勇気を出して近づきました。膝を抱えてしゃがみこみ、白いおなかを、そーっとなでて《 トラりおん》を起こします。
んごーっ! と寝ていた《 トラりおん 》のイビキが、んがっ!? と言ったきり、ぴたり、と止まりました。
まおくんは、ごっくん、とツバを飲みました。
もしも、寝起きの悪いトラだったら?
むくっとトラが起きあがった途端に、大きなお口がばくっと開いて「ごちそうさん!」 と食べられちゃうかもしれません。
はらはらドキドキ見ていると、《 トラりおん 》がぶっとい首を、むー……? とかしげて起きあがりました。
肉球つきの、でっかい猫手を持ちあげて、ごしごし目じりをこすっています。そのまま猫手をペロペロなめて、ピンと長いおひげのお手入れ。
そして、
「……なんだあ? おまえは」
やっと、まおくんに気づいたようです。まおくんはわけを話しました。
「トラさん、トラさん、森の出口を教えてよ」
んがーっと大きな口を開け、《 トラりおん 》はあくびをしています。まおくんは、その目の前でしゃがんでいるから、ふっ飛ばされてしまいそう。
《 トラりおん 》は眠たそうです。また寝ころがってしまうかもしれません。まおくんはあせって、一生けんめい説明しました。
「ぼくね、タヌキさんに聞いて、こっちに歩いてきたんだけれど──」
《 トラりおん 》は腰が抜けたような感じに、でれん、と足を投げだして、ふんふん話を聞いています。まっ黒いまん丸お目目は、あくびの涙でキラキラです。
お尻をもぞもぞ振りむくと、トラ縞の長いシッポを、ひょい、と器用に持ちあげて、下から何かを取りだしました。
でっかい猫手に、でっかい木の実?
ヤシの実みたいな硬そうなカラです。
茶色い木の実を、トラ縞の猫手でゴシゴシこすると、《 トラりおん 》は、はあ~……っと、ため息をつきました。
「ふう~ん。お前もなかなか大変だなあ。オレもいろいろ大変なんだよ。まあ、飲めや」
《 トラりおん 》が茶色い木の実をさしだしました。慰めてくれるようです。
くんくん匂いをかいでみると、ツンと強い匂いがします。まおくんは顔をしかめて、聞きました。
「なあに? これ」
「またたび酒」
どうやら、お酒らしいです。
《 トラりおん 》は酔っ払って寝ていたようでした。そういえば、お顔が赤いようです。
「ありがとう、トラさん。でも、ぼく子供だから、お酒はまだ飲めないよ」
まおくんは丁重にご辞退しました。「なんだあ? オレの酒が飲めねえってのかあ!」と、すごまれちゃうと恐いので。
《 トラりおん 》は、とろんとした目で見ています。
「そお? おいしいのに」
不思議そうにそう言って、ガーっと大きな口を開けました。
茶色い木の実を、ぐいっと高く持ちあげて、とんがった牙のいっぱい生えた、大きな口へ、お酒をとぼとぼ流し込んでいきます。
あーん、と大きく口を開け、ごっくん! とそれを飲みこむと、ぷっはあ~! とお酒臭い息を吐きだしました。《トラりおん 》はご機嫌です。
けれど、
「……わかる~? オレにだってね、オレにだってね、都合ってもんがあるわけよ。オレだってね、オレだってね、好きで下っぱなんか、してんじゃないのよ? ボスに命令されたら、行かないわけにはいかないでしょ? そうなんだよ。オレにだって付き合いってもんがあるわけよ。なのに、うちのカーチャンときたら、その辺のことが全然わかってないんだよなあ……うちに早く帰れないのはオレのせいじゃないのにさあ~! なのに、うちのカーチャンときたらさ……」
《 トラりおん 》はくだを巻きはじめました。一人でブツブツ言いながら、ぐいぐい、またたび酒をあおります。
奥さんとけんかをして、おうちから追い出されてしまったようなのです。けれど、だらしなく広げた左ももの下には、竹の葉の包みが転がっていて、ねじ曲がったぶっといトラ字で「おみやげ」と書いてありますから、本当は仲直りしたいのかもしれません。
" トラりーまん " 社会の掟は厳しいようです。《 トラりおん 》は、ぐい、とまたたび酒をあおっては、はあ~……と首を振っています。ガックリうなだれた猫耳の丸頭からは、板ばさみ " トラりーまん " の悲哀さえも漂います。
ちなみに《 トラりおん 》のざゆうのめいは「暴飲暴食」です。
「じゃあね、トラさん。ぼく、もう行くね」
そそくさ、まおくんは立ちあがりました。
愚痴に全部つきあうと、とっても長くなりそうなので。
※ 続きます。