冷たい床
薄暗い部屋の中でわたしは盛大なため息をついた。
周りを覆うのは石のレンガ。所々にコケが生えていてどこか湿っぽい。目の前には鉄製の柵があり、いちおう置かれている布団らしき布は湿っていて寝れたものではない。
わたしは体育座りをしながらその湿っぽい壁に寄りかかっていた。背中が少し冷たいが仕方がない。
わたしがいるこの場所は簡単にいってしまえば牢屋だ。
あの時……
「わたしに貴方たちを救う義理はないわ」
そう言ったわたしを王子様はジッと見つめてきた。
「……フェジー」
「はい殿下」
しばらくの無言の睨みあいを先にやめたのは王子様で、軽くため息をついたあとフェジーの名を呼んだ。
「その娘の頭……少し冷やさせて来い」
王子様はそれだけ言うと、椅子から立ち上がった。そして彼が座っていた椅子の後ろ側にあった、小さな……といってもわたしが入ってきたメインの扉と比べればというだけだが、とにかくその裏の扉から王の間を出ていってしまった。
その瞬間周りにいた野次馬が騒ぎ始める。
「殿下のあの顔ごらんになったか?」
「なんと命知らずな娘だ」
「見ているこっちがヒヤヒヤした」
「あんなのが天子のはずがない」
野次馬たちは思い思いの会話をし続ける、それが少し不快だった。
別にあそこまで言うつもりはなかったのだ。
だけど無性に腹がたってついあんなことを言ってしまった。
だが、今言ったことに嘘偽りなど存在しない。
わたしがこの世界を救う気がないのは本当のことなのだから。
こんなよく分からない国をいきなり救えと言われてはい分かりましたなんていえるはずがない。
ましてやこの扱いだ。人としての優しさも荒んでくる。
わたしは今後の自分の扱いを考えながら小さくため息をついた。
「衛兵」
「はっ」
いつの間にかフェジーがわたしの直ぐ近くまで来ていた。衛兵に何かを伝えるとわたしの元に近づいてくる。
わたしは無意識のうちに手を握り締めていた。
「……そなた」
青い瞳がわたしをとらえて、少し呆れたような声をだす。王子に向かってアレほどのことを言ったので絶対に怒られると思っていたため少し拍子抜けだった。
「頭がおかしくなったとしか思えぬ。殿下に向かってあそこまで言う女など私ははじめて見たぞ」
すごく馬鹿にされているような気もするが、あまり恐さは感じなかった。
最初この人に見つめられたときはあれほどの恐怖を感じたのに……
きっとフェジーはわたしに呆れる余り、わたしを威嚇することを忘れているに違いない。
それを良かったと思うべきなのか、どうなのかよく分からないが、わたしはさっきの威嚇しっぱなしのフェジーよりも今のフェジーのほうが断然いいと思った。
まぁ、当たり前か。
「殿下にたて突いたことは素直に感激するが、あのようなこと殿下に言って許されることではない。自分で蒔いた種だ、覚悟はできているだろう?」
もちろん分かっている。わたしは素直に頷いた。
フェジーはそんなわたしを見ると、視線を外して後ろに居る衛兵を見て一言。
「牢屋につれて行け」
「…………えっ?」
わたしはきっとかなりの馬鹿面をしていたことだろう。
それなりの処罰を受けることは確かに覚悟していたが、まさか“牢屋”とは予想していなかった。
フェジーに命令を受けた衛兵が近寄ってきてわたしの腕を取る。
「あぁ、待て。その前に」
なんだろう?
これ以上の処罰をゴメンだぞ、と言うような意味をこめてフェジーを見てやった。
「そなたという者は……」
フェジーは心底呆れた様子でそういうと、わたしの腕を手にとった。
なんだろうと思ってその手を見つめていると、案外フェジーの手が綺麗なことが分かった。これはセハンにも引けをとらないかもしれない。などと考えていると、フェジーはすでにわたしから手を離している。
そして、フッと手の違和感がなくなったことに気付く。
手を動かしてみれば、自分の両手が自由になっていることが分かった。
どうやら手錠を解いてくれたらしい。
なんで?という意味をこめてフェジーを見上げると
「牢屋にいる人間に手錠は必要ないだろう?」
と、なんとも分かりやすい答えが返ってきた。
「つれていけ」
フェジーは呆れた顔をそのままに衛兵にそういうと、野次馬の群れの中に消えていった。
わたしはといえば、そのまま衛兵に囲まれながら腕を引かれ、牢屋にぶち込まれたというわけだ。
手首も自由になったわけだし、逃げ出してみようかとも考えてみたがアレだけの衛兵を自分が倒せるとは到底思えなかったので諦めた。
そんなこんなでわたしは今この湿っぽい牢屋にいるという訳である。
こんなところに女性を入れるなんてどんな神経しているのだろう……
あの王子……次会ったら殴ってしまうかもしれない