静かな怒り
わたしは王子様の方を向きながら、口を開いた。
「わたしがその“天子”であるという確たる証拠は存在するのですか?」
そう問えば、王子は不思議そうに首を傾げる。
「正式な召還の儀を行いお前が召還されたのだ。お前が天子で間違いないだろう?」
何を当たり前のことを聞いているんだ。というような口調で王子様は言った。
確かそうかもしれない、だけど
「わたしは確かにこことは違う世界からきました。そのことは認めましょう。しかしながら、わたしは自分がその“天子”だとはどうしても思えないのです」
「なぜだ?」
わたしの言葉を聞き王子は意味が分からないというような声を出した。野次馬たちもコイツ何言ってるんだ?みたいな眼で見てくるがいちいち気になどしていられない。
「だってわたしにはこの世界を助ける力などもってないんですから」
にっこりと微笑みながらそういった。
「王子様。わたしは元の世界ではしがない一般庶民です。何の力もない」
「魔術が優れていたりしないか?」
「いいえ。むしろわたしの国には魔術などというものそもそも存在してなかったのです。即ち、わたしにはその魔術とやらが全く仕えません」
そう言えば、誰かが息を呑む音が聞こえた。
「魔術が存在しない……だと?」
「はい。ここでは魔術が当たり前のようですが、わたしの世界では魔術など御伽話の世界のものです」
代わりに科学というすばらしいものがありましたけどね。と心の中で言ってやった。
王子様や野次馬は魔術が存在しないということに驚き戸惑っているようだ。だがわたしの言いたことはまだ言い終わっていないので言わせてもらう。
「その様子ですと王子様たちが戦う“闇”は魔術を使って倒しているのですか?」
「…………あぁそうだ。体力戦になるとこちらの方が不利になるからな」
それを聞いて、わたしはあふれ出す笑みを抑えきれなくなっていた。
「なら何故天子であるはずのわたしが魔術を使えないのですか?全く特別な力を持たないわたしにどうやって世界を救えとおっしゃるのです?」
わたしの言葉に誰もが押し黙ってしまった。この人たちは天子であるわたしが当然強い魔術を持っているものだと思っていたのだろう。
しかし予想がはずれた。
「しかし、お前は正式な儀で召還されたのだ。その事が何よりの証拠ではないか?」
「もしかしたら、その優秀な魔術師さんたちが儀式を失敗したのかもしれないではないですか?ホンの少しの手違いでわたしが召還されてしまったとは考えられませんか?」
「そんなことあるはず」
「ないと言えますか?その確たる証拠は?」
わたしはここぞとばかりに王子を攻めていく。ここで王子が崩れればわたしの勝ちだ。その五大魔術師の力とやらを借りて、さっさと元の世界に返してもらう。
さぁ、どうする王子様?
「…………そうだな」
王子様は呟くようにそう言ったあと、考えるそぶりをしてみせた。どうやらいったん心を落ち着かせて考え直しているらしい。あのまま勢いに乗って崩れてくれれば楽だったのに。
わたしは少し残念な気持ちになった。
そして数秒の沈黙のあと、王子様はゆっくりと視線をわたしに戻す。
「たとえ、お前の前の世界に魔術がなかったとしても、こちらの世界にきたことで魔術がつかえるようになったかもしれない……と考えられないか?」
冷静な声で王子様はそういった。
「別に魔術ではなくとも良い。闇を倒すことの出来る特別な能力が召還されたことによって宿った。そういう可能性もある」
「……だけど、今のわたしには今までと何の変化もありません」
「それはまだ力が目覚めていないだけで、これから力が目覚める……ということもあるだろう?」
さっきまでわたしのほうが優位な状況にいたはずなのに、一瞬でわたしの立場が悪くなった。わたしは悔しくて下唇をかみ締める。
「そんなことっ」
「ないといえるか?その確たる証拠は?」
笑いを含んだ声で王子様は言った。
どうしてだろう、まだ五分五分くらいのはずなのにすごく負けた気分だ。足を組みかえる王子様をみて無性に腹が立つ。
どうしてわたしがこんなことに巻き込まれてしまったか。
わたしはこんなこと望んでいないのに。
元の世界に帰りたい。
またイライラが増幅する。
すべての原因は…………
「……確かに王子様の言うような可能性もあるかもしれません」
「だろう?」
「でも!!」
わたしはここに来て一番の大声を上げた。
「だけど……例えそんな力がわたしにあったとして……なぜわたしがその力を使って貴方たちを守り、救わなくてはいけないのですか?」
わたしは、周りの野次馬たちをゆっくりと見回し、そして最後に王子様を思いっきり睨みつけた。
「わたしは例えそんな力があったとしても貴方たちを救おうなんてこれっぽちも思わない!」
そうだ……
こんな手錠を付けられて、まるで罪人のような扱いを受けてどうしてこの世界救おうなんて思える?
「わたしに貴方たちを救う義理はないわ」
わたしの声は思った以上に大きく王の間に響き渡った。