前兆
「…………王子様」
そう言った自分の声は、自分でも驚くくらい淡々としていた。さっきまで説明していた王子様にも負けはしないだろう。
周りに野次馬たちは初めて言葉を発したわたしに驚いた様子で、少しのざわめきが王の間を包み込む。セハンやフェジーまでもが驚きの顔でわたしを見ていた。
王子様は多少驚いた様子であったが、あまり変化はみられない。
「なんだ?」
偉そうな口調だと思った。それは妙にこの王子様に似合っている。
きっと彼には王子としての気質があるのだろう。いや、もしかしたらその美しい容姿と口調が合っているだけなのかもしれにないが……まぁそんなことはどうでも良い。
彼が言葉を発したことで周りの野次馬は静かになったようだ。丁度いい。
わたしは営業スマイルを顔に貼り付けたまま、ゆっくりと彼に問うた。
「わたしの質問に答えていただきたいのです、王子様。よろしいですか?」
そう言えば、王子様は少し不機嫌そうな顔をした。
「お前、さっきの俺の言葉を聞いていなかったのか?お前の質問にいちいち答えているほど俺は暇ではない。質問なら」
「いいえ王子様」
わたしは王子様の声を遮ってそういった。すると周りの静かになっていた野次馬が少しざわつく。どうやら王子様の言葉を遮るのはあまりよろしくない行為だったらしい。
まぁ、そんなこと知ったことではない。
「この質問は王子様に答えていただきたいのです。他の人間に聞いたのでは意味がありません」
真剣に、強い口調で言う。
まわりが一気に静かになった。この部屋に居る誰もが王子の返事を待っている状況だ。
数秒の沈黙。その後に王子様は口を開いた。
「……いいだろう。申してみろ」
わたしは心の中で細く微笑んだ。この王子なかなか話が分かるじゃないか。
では早速……と質問始めようと口を開きかけたとき……
「ただし」
王子様の声が響いた。
わたしは微かに眉を寄せる。この王子は条件をつけてくるようだ。限界まできていると思ったイライラがまた増徴する。どうやらこのイライラは無制限に拡大していくらしい。
「質問は1つのみだ。それ以上聞いてやる時間はない。公務が山のように残っているからな。お前とて王子という仕事がそんな暇なものだとは思ってなかろう?」
王子が首を傾げるしぐさをしながらそう言った。
確かに王子様は暇ではないだろう。いや、御伽話の王子様は案外暇そうだったような気もしなくもないが、それは御伽話のことなので置いておく。
とにかく、王子様が忙しいのは分かる。だからと言って“一つ”というのはあまりにも酷いのではないだろうか?
この王子、絶対に面倒くさがっているか、聞かれてはまずいことがあるに違いない。
だからと言ってこっちはお願いを聞いてもらっている立場なのでこれ以上強くはいけないのが現状だ。一つ聞いてもらえるだけマシだとしよう。
本当なら文句の一つや二つや三つ言ってやりたいところだが、ここが我慢しなければ……
そう……
今考えるべきなのは“どう質問すれば多くの情報を聞きだすことが出来るか”だ。
わたしは頭をフル回転させて質問を考える。
と言っても聞きたいことはたくさんあるわけだ。その中からたった一つを選び出すというのはとても難しいことで、なかなか質問が定まらない。
だったら消去法でいくしかないだろう。そう考えてわたしは今まで聞いてた情報を整理していく。
そこで一つの答えが出た。
今まで聞いてきた情報の中で一番分けが分からないものをあげるなら“天子”がダントツなのだ。
ということはここは天子の質問をするのがベストということになる。
しかし天子の質問といっても、いろいろある。とういうかそもそも天子と言う存在自体、わたしは理解出来ていない状況なのだ。
だからと言って、天子とはなんですか?なんて聞いたら「そんなの他のヤツに聞けば良いだろッ」と言われてしまう気がするし…………あぁ、決まらない。
「さぁ、早く申してみろ」
わたしは心の中で盛大に舌打ちをした。
王子様は残酷にも、わたしに質問を急かしてくる。というよりはわざとだろう。あまり考える時間を与えてはあちらに不利になる。
つくづくイラつく人だ。わたしは下唇をグッとかみ締めて王子を睨みつけてやった。
しょうがない。これ以上考える時間がないのだから言うしかないだろう。あまり時間をあけて、質問する権利を奪われたらたまったもんじゃない。
「では、お聞きしたいです」
わたしにもこの質問が最良のものかは分からない。けれどこれ以上の質問が見つからないのだ。
わたしは意を決して王子への質問を口にした。