苛立ちの限界
「さて……どこから話を始めるか」
王子様の説明はとても簡単で事務的なものだった。
その淡々とした口調すらわたしをイライラさせる。もうかなり重症なようだ。
「我がアデュール国をはじめ、この世界の人間はあるモノに今苦しめられている」
あるモノ?
そんな言い方せずはっきり言えばいいのに……
苛立ちのせいか、つい心の中で反論してしまう。それがいつ言葉となってしまうのか自分でもわからなくて少し怖かった。
「そのあるモノ……とはこちらの世界では“闇”と呼ばれている」
言いながら王子様は少し不快そうな顔をした。どうやらその“闇”とやらがお気に召さないらしい。それにしても“闇”なんてありきたりな名前だなと思う。どっから見ても悪役ではないか。
「闇は黒い姿をした獣でな、人を食らう種族だ」
“人を食らう”?
その言葉にはさすがに驚きを隠せず目を見開いてしまった。
そりゃ日本にだって、人を食べようとする動物は存在するが、実際に食べられたなんて話はあまり聞いたことはない。しかし今の王子様の口調からすれば、その闇は当たり前に人間を食べてるみたいな言い方に聞こえた。
「あぁ、それから上級の奴らは魔力も保持している。それこそ人間に引けをとらないほど強力な魔力をな……」
「……っ!」
王子様の発言につい言葉を漏らしそうになった。
今この王子は“魔力”がなんちゃらとか言わなかったか?いや、絶対に言った。
これでこの世界には“魔法”が確かに存在することが分かった。ならやはり、セハンがわたしを“見た”というのも、フェジーがこの手錠をつけた原理も魔法が関係していると考えて間違いなさそうだ。
わたしはチラリと視線を自分の手首を拘束する手錠に向ける。もしこれが、魔法で付けられたものだとしたら、むやみやたらと動いて外れるようなことはない。きっと取るためにも魔法が必要になってくるはずだ。
わたしは今なお説明を続けている王子様に視線を戻した。王子様のおかげで重要な情報が手に入ったのだ。そのことには感謝するが、やはり苛立ちは止まってくれない。
「……そして、闇がここ数年で我ら人間を侵略しようと行動を開始したのだ」
声は淡々としているものの、王子様から感じる雰囲気はどこから怒りを含んでいるように思えた。
侵略とはまた……。その闇とやらは獣らしいが、魔力と同じく人間に引けをとらないくらい知識も十分に高いのかもしれない。でなければ、侵略など考えるとはあまり思えない。
それにしても……その闇とわたしに一体どんな関係があるというのか。
と、そこまで考えてある嫌な予感がわたしの頭をよぎった。
この王子はさっき私のことを何と呼んだ?
“テンシ”と呼ばなかったか?
そう、まるでそれは御伽話に出てくる重要な役割のような名前に思えて他ならない。嫌な予想が頭の中を駆け巡り、どうが違くあってほしいと心から思う。もしも、この予想が当たってしまったら……きっとわたしのイライラは限界に達してしまうような気がする。
「数年間闇と戦い続けたが、一行にこの戦いが終わる気配はない。むしろ、闇に侵略された土地が増えてしまっている。そこで……我が王族に代々伝わるある儀式を行うことが決定した。」
やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめてっ!
悪い予想があたる瞬間が刻一刻と近づく感覚に、わたしのイライラは増幅していく。
「その儀式が、この世界を古くから守り続けてくれているという“天子”の巫女を召還するとう儀式だ。巫女といっても実質“天子”と変わらないらしいがな」
微かに笑いを含んだ王子様の声が聞こえた……気がする。
「そして昨日、我がアデュール王国の五大魔術師によりその召還の儀が行われ……お前が“天子”として召還された。お前は“天子”だ……世界を救え“天子”」
あぁ……ついに。
わたしはもう自分のイライラを抑えることが出来そうになかった。
悪い予想というものはどうしてこうもよく当たるのだろう?
わたしはギュッと目を閉じる。
本当に、本当にもう……
「……おい、聞いているのか?」
なかなか返事をしないわたしに痺れを切らしたのであろう。王子様は不機嫌そうな声でそういった。
いったい何と言えばよいのだろう?
“はい分かりました”と素直に言えばよいのだろうか?
この何がなんだか分からない状況で?
わたしは限界だった。あまりの苛立ちに高笑いしそうになるのを必死に押さえる。
もう限界だ……
わたしはゆっくりと顔を上げて、遠くに座る王子様は見た。日本でよく使っていた営業スマイルのようなもを顔に貼り付ける……
そして……
「…………王子様」
わたしはこの世界にきて初めて口を開いた。
やっと1話のとこに話が追いつきました