お出かけ
その日の夜のこと。
「それで?どういうつもりなのかしら」
楽しそうな笑みを浮かべて黒い人魚はわたしに問いかけた。
「どうもこうも、せっかくキレイな町だから見て回りたいと思っただけよ」
そう言えばナナリはよりいっそう笑みを深くする。
わたしが外に出たいという願いは護衛付きならと許された。
ただレヴォラとテルタッテは闇退治への準備で忙しいので付いてこれず、代わりに一般の衛兵がわたしを遠くから護衛するらしい。
「本当に好都合よね」
「何が?」
「別に」
小さな声で呟いたつもりでもナナリには聞こえてしまうらしい。
「まったく、作戦だってまだ完璧じゃないのにお出かけなんて……随分とのん気よね」
「大丈夫、ちゃんと考えてるわ」
言えば、あらっとナナリ少し驚いたような顔をして次の瞬間クスリと笑みをこぼした。
「また悪巧みをしていたの?」
「失礼ね、そんなんじゃないわ」
そう言ってわたしも笑みを浮かべる。
「演出は派手に……てね」
ふふ、と笑いながらナナリはフワリと浮かび上がった。
「楽しみにしてるわ、女王様」
その一言の後、ナナリの姿は霧のように空気に溶けて消えていった。
翌日。
「おはようございます、天子様」
いつものようにメイドのような格好をした人がわたしを起こしにきてくれる。
「おはようございます」
すでに出かける準備がばっちりのわたしを見てメイドさんは少々呆れ顔だったが、すぐにいつもの表情に戻り食堂でレヴォラ様がお待ちです、と告げた。
食堂に行くとレヴォラとテルタッテ、その他数名の衛兵とメイドが待ち構えていた。
「おはようございます皆さん」
「おはようござます花音殿」
「おはよう花音!」
「おはようござます天子様」
それぞれの挨拶が終わると席に着き今日の詳細が話される。
「護衛はここにいる3人がメインで着きます。目立ちたくないという花音殿の意見を尊重して遠くから見守る形にしますが、もしものときはすぐに姿を現しますので」
「はい、分かってます。でもそんな無茶はしませんよ」
軽く笑えば、レヴォラはそれもそうですねと同じく笑みを見せた。
「僕たちが着いていければよかったんだけどね」
「テルタッテは仕事に専念してよ。わたしのわがままなんだし」
「んー」
「とにかく、もしもということもありますのでご注意ください」
「分かってますよ、レヴォラさんは心配性ですね」
その後は食事をしながら話を進めた。
驚くほどスムーズに話が進む。
「それではお気をつけて」
「お土産よろしくね花音」
「はい、では行ってきます」
この町の衣装に着替えて外にでる。
その瞬間、天子から解放されてただの長沢花音に戻れて気がして少し嬉しかった。
商人の町シルルク。
世界各国から人々が集まるその町の面積はかなり広い。
初めて見るお菓子、芸、装飾品すべてに目を奪われる。
でもそれと同時に自分が違う世界にいることを思い知らせれて心が嘆いた。
チラリと後ろを振り返ると、見えるか見えないかくらいの位置に護衛の3人の姿がある。この微妙な距離感が何とも言えない。
そんな感じでキョロキョロといろんなものを見ていたら急にドンっと体に衝撃が走った。
「えっ」
なんの準備もしていなかったわたしの体はそのままバタリと後ろに倒れていく。
地面に尻餅をつき、体に痛みが走り顔を歪ませたが自分の上にある重みを見みてそういうことかと納得した。
わたしの上には5歳くらいだろうか?そのくらいの子供が乗っかっている。
後ろを振り返り、こちらに来ようとしていた衛兵に目で大丈夫だと伝えたあとわたしはその子供に話しかけた。
「ねぇ、僕大丈夫、怪我はない?」
「え……あっ!ごめんなさいお姉さん!!大丈夫!?」
子供は今だよく自分の状況を理解していなかったのか、びっくりしたような顔をしたあと慌てて立ち上がった。
ボロボロになった服がその子の身分を分からせてくれる。
「アルジャっ大丈夫!!」
「アルジャ!!」
大丈夫だよとその子に言おうとした瞬間、その子と似たような身なりの子供が二人近づいてきた。
このこの友達だろうか?
「大丈夫、でもお姉さんが……」
「ごめんなさいお姉さん!アルジャのせいで……怪我はない?」
「えぇ大丈夫よ、気にしないで」
アルジャと呼ばれる少年よりも少し年上に見えるその女の子は随分としっかりしている。
もう一人のアルジャと同じくらいの少年はぴったりとその女の子にくっついていた。チラリとその子に視線を向けて見るとすぐに視線をそらされてしまう。
「本当にごめんなさい、鬼ごっこしてて周りを見てなかったんだ」
「あぁ、それで……。こんな人通りの多いところで遊んでちゃ危ないよ、これからは気をつけてね」
そう言って、ふっと疑問が頭をよぎった。
そして、もう一度その子達に目を向ける。
ボロボロの身なり、人通りの多い道、鬼ごっこ。
なるほどね、そういうことか……。
「うん、これからは気をつけるよ」
「本当にごめんなさいお姉さん。アルジャにはよく言いつけておくから」
「えぇ、気をつけてね」
去っていこうとする子供たちにニコリと笑いかけた。
「でもその前に」
わたしはその言葉とともにスッと手をアルジャに伸ばす。
アルジャはえっ?とわけが分からないというような顔をしたあと自分に伸ばされる手にビクリと震えた。しかし何をするわけでもなくただわたしの手を見つめている。
他の二人の子供も同じような反応だ。
ボロボロになったアルジャの服の中に少しだけ手を入れると、そこに不釣合いな物が目に入った。真新しく美しい縫い目と刺繍がされた袋。
ズシリとした重みを持ったその袋は間違いなくわたしのものだ。
出かけたいと言ったわたしに、見るだけではつまらないから何か買ってきてはどうですか?とレヴォラが渡してくれた大切なお金。
「これは返してもらうね。小さな泥棒さん」
その袋を片手に笑えば、子供たちの顔が恐怖に染まった。