止まらない苛立ち
王の間は無駄に豪華な部屋だった。
ここに来る途中セハンが教えてくれた情報によれば、王の間とは国王陛下専用の応接室のようなものらしい。
しかしなぜ国王陛下専用の応接室を殿下が使っているのかは教えてくれなかった。とうよりも聞く前に王の間についてしまったのだ。どうやらわたしが目覚めたあの部屋はさほど王の間から離れていない場所にあったらしい。
「幸運を……」
王の間に入る直前にセハンはわたしから離れ、最後に小さくそう呟いた。言葉だけ聞けばわたしを心配してくれているようだが、その口元には隠せない笑みが浮かんでいる。
本当にあのセハンという男は読めない人間だ。
「殿下。例の娘を連れてまいりました」
意味もなく大きい扉の前でフェジーと思われてる男がそう言うと、中からの返事も待たずドアを開け放つ。そこでわたしは少し首を傾げたくなった。普通こういうのは中の人の返事を待つものではないだろうか?とくにここには殿下がいるのに……なんて思っているうちにフェジーとその他数名の衛兵はドアを全開にしてしまった。
フェジーは中に一歩入ると膝をつき頭を下げる。すると周りにいた衛兵も次々に膝をついていった。もちろんセハンも膝をついている。いつの間にかこの場で立っているのはわたしだけとなってしまいわたしは慌てて膝をついた。
「失礼致します」
フェジーの低い声が部屋に響く。
少なからず、今までフェジーが誰かに敬意を払うような姿を見たことがなかったので驚いた。やはりというか当たり前だがフェジーも殿下にはこうやって膝をつくのだなと感心してしまった。
フェジーは言葉を発して数秒すると何かを確認するかのように顔を上げ一つ頷くともう一度頭を下げてから立ち上がった。それに習うように他の衛兵たちも立ち上がったので、わたしも立ち上がる。
「殿下の許可が下りた。入れ」
その言葉と共に、皆ゾロゾロと王の間へと入っていった。わたしは最後の方に流れるままに王の間に入り、その豪華さについ言葉を失ってしまう。中の広さも半端ない。これではドアの外から声をかけても奥のほうに居れば聞こえないだろう。だからフェジーは返事がないまま扉を開けたのかなどと妙に納得してしまった。
はっきりいって金のかけすぎではないかと思うが、そこも異世界の価値観の違いと思い無視することにする。
扉からさほど離れていない位置のところまで歩くとここに座れ、と言われたので大人しく腰を下ろした。わたしが座ったのを確認すると衛兵やその他の野次馬たちは壁のほうへと下がっていく。そしてゆったりとした動作で頭を垂れた。
その動作が向く方向は一点。わたしは意識的に見ないようにしていた正面にゆっくりと目を向ける。
「殿下、そちらに居るのが例の娘にございます」
部屋の最奥に居るその人の近くまで行っていたフェジーが頭を下げながら皆が殿下と呼んでいる“王子様”と思われる人にわたしのことを紹介した。
王子様は見るからに豪華そうな椅子に、足を組んで頬杖をつきながら座っている。美しい銀髪が目を引いた。セハンの美しさは女性的だがあの王子様の美しさはどうみたって男性的だ。例えるならライオンとかがいい気がする。
王子様はその瞳でわたしを見ると、少し面倒くさそうな雰囲気をかもし出しまがら流れるような動きで腕を組み、その薄い唇を開く。
「いちおう名乗った方がいいだろう?我が名はアゼリ・ディア・アデュール。ここアデュール王国の第一王子だ」
初めて聞いた王子様の声はとても耳に心地よかった。それでいてわたしを酷く不快にさせる。その声色からすぐにわかるのだ。この王子様が全面的にわたしを馬鹿にしていると……。
遠くて目の感じまではわからないが、きっと見下したような目をしていることに間違いないだろう。
そのことを考えると少しだけ収まっていたはずのイライラがまたしても復活してきた。とにかくイライラして仕方がない。
「お前もよく分からないことが多々あると思うが、その質問にいちいち答えているほど俺は暇ではない。後で誰かに聞くといい。俺が言いたいことはただ一つだけだ」
わたしは上からモノを言う人間というのが昔から嫌いだ。見下すようなしゃべり方も気に触る。確かにこの王子様は偉いのだろうが……だからなんだとういのだろう?
わたしはこの世界の人間ではないし、この人に敬意を払う必要性も感じない。
目覚めて分けの分からない状況の中たいした説明もしてくれず、挙句の果てに手錠まで付けられる始末。
なぜこんな思いをしなくてはいけないのだろう?
わたしは何のためにここにいるのだろう?
わたしは一刻も早く元の世界に帰りたい。
「世界を救え“天子”」
どうしたらいいのだろう?
イライラが、止まらない