恋心
「……恋?」
わたしは眉をひそめながらその言葉を繰り返した。
そうするとテルタッテは、ニヤリと笑いながら頷く。
「天子の方に会ったことはないけど、第一番隊の隊長とは何度か会議で会ってるんだ。そのときに天子の話を聞いたらそれはそれは褒め倒しだったよ」
「……それだけのことで恋してるなんて」
「それだけじゃないって」
テルタッテは身を乗り出した。
「あの目……前の天子様の話をしているときの隊長の目はとても優しくて、苦しそうだった」
「苦しそう……」
どうしてだろう。こんな子どもが恋愛について話したって説得力がないはずなのに、何故かそうだったのだろうなと思ってしまった。
「身分違いの恋……どんなに天子様に恋焦がれようが気持ちを伝えることは出来ない。それに加えて……」
テルタッテの瞳がより一層細く歪んだ。
「天子様には別の思い人がいた」
「思い人……?」
「そう……そしてその人物が……」
テルタッテの発した言葉にわたしは言葉を失った。
天子と彼女を守る騎士。
騎士は天子に恋をした
そして天子は……
「王子様のことが好きだったんだ」
王子というのはわたしが憎むあの男のことで……
あの男に恋をしていた?
信じられない。
そんな感想が一番に浮かんだ。
だってあの男はこの世界の人間たちの象徴みたいなものだ。
身勝手で傲慢で、人の気持ちなんて考えやしない。
自分が、国がよくなればそれでいいと考えているような人間だ。そのためには他の人間がどれだけ不幸になろうが構わないと思っている。
だからこそわたしがここにいる。
そして、前の天子だってわたしと同じ状況にいたはずなのだ。
この国、王子、国民、言ってしまえばこの世界いるのすべての人間のわがままでせいでこの世界に召還された被害者。
わたしと同じような思いを抱えていると……そう思っていたのに。
「前の天子様は……王子のどこが好きだったのかな?」
「さぁ?僕はそこまで知らないけど……彼女が召還された当時彼女に一番優しかったのは殿下だからね。やっぱり優しくされると惚れてしまうのかな?」
「王子様が?」
一番優しかった?
なんだか笑ってしまうような話だ。
わたしが来たときに一番憎いと思ったのは王子ですけど?
「でもそれも、彼女が偽者だと分かるまでの話だったけどね」
「そう……」
やっぱり酷い男。
天子が可哀想だとも思うが、騙された天子も悪いと思う。
本当に大切に思ってくれている人の気持ちにも気がつかないで……
「前の天子様はどこにいるのかな?」
「ん~さぁ?元の世界に帰されたって話しを聞いたりするけどね。実際どうなったかは誰も知らないよ」
「……本当に?」
笑いながら言うテルタッテの瞳をわたしはソッと見返した。
嘘吐きなテルタッテ。
元の世界に帰された?そんなこと出来ないのはテルタッテ自身が良く知っているはずだ。五大魔術師の一人が知らないわけがない。
もしわたしが“元の世界に帰す方法がこの世界に存在していない”と知らなければ信じたかも知れないが……生憎わたしは盗み聞きしてしまったから知っている。
本当は天子が今どこにいるのか……知っているのではないだろうか?
わたしの中に疑問が生まれる。
だがその疑問を解決する方法はない。
だってテルタッテは本当に子供なのかと疑うほどに何枚も上手だ。
わたしの追及に何の表情も崩すことなく
「本当だよ」
無邪気な笑みをわたしに返した。
そんな風に言われたら何も返すことなど出来はしない。
天子と騎士と王子様。
わたしがこの世界に来る前に何があったのか。
その時コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
「誰?」
「レヴォラです」
「レヴォラさん?どうぞ入ってください」
扉が開くと少し疲れたような顔をしたレヴォラの姿が見えた。
「お疲れ様です」
「大変だった?」
「いえ、大丈夫です。それよりも天子としての仕事が来たと聞きました」
「あっ、はい。でもどれから手をつけていいのやら」
「その話ですが……」
レヴォラはテーブルの上に散乱している資料のうちの一枚を手にとってわたしに見せた。
それにしてもレヴォラの敬語にはまだ慣れない。
「先ほどこの町から連絡がありました。なんでも闇の量が急増していて大変なことになっているそうです。そこで最初の仕事はこの町からということになりました」
その資料を受け取ると、テルタッテが横から覗き込んできた。そして楽しそうに笑みをこぼす。
「へぇ、コレは大変だね」
文字が読めないわたしにはさっぱり分からないが、仕事は決まったということだ。
天子のことも気になるがソレより大事なのは国民の信頼を得ること。
まずはそれからだ……
3週間ほど更新せず申し訳ないです。
お待ちになってくださった方ありがとうござます。