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もっと、もっと

 聞こえる……

 

 人々の悲鳴、嘆き、恐怖、苦しみ、偽善。

 今この場所はそれらに満ちている。


 もっと、もっともっと苦しめばいいのに。

 喉が枯れるほどに悲鳴をあげて、闇への恐怖に支配され、無力な自分に嘆き、偽善者である自分を捨てて醜くなればいい。


 そうでなくちゃわたしの心は癒されない。

 この世界に来てわたしが感じてきた思いが、お前たちに分かると言うの?


 苦しめ。

 そして後悔すれば良い。

 

 偽者の天子を召還したこの国を。

 偽者の天子を召還させるきっかけとなった自分を。


 悪いのは、すべてお前たち自身なのだから……



 「天子っ闇を止めてくれ!!」



 その言葉にハッとした。

 辺りを見渡せば闇が随分と暴れたのか会場がぐちゃぐちゃになっている。

 耳障りな甲高い叫び声や物が壊れる音。

 

 そしてその原因は……黒い大きな獣……


 「っ止めなさい!!!」


 咄嗟に叫んだ言葉に暴れ回っていた闇がピタリと動きを止めた。

 それと同時に、耳障りな悲鳴や破壊音も止む。


 

 わたしとしたことが自分の思考に囚われてしまったようだ。

 なんとも情けない。


 この世界を壊すにはまだ早い。

 こんなところで復讐を終わらせてしまうわけにはいかない。


 誰だか知らないが叫んでくれた人に感謝しよう。

 

 軽く会場を見回したが、死人はいないようである。多少怪我人がいるものの……そのくらいですんでよかったと思ってほしい。


 

 さて、ここからどうするべきか……


 

 わたしはグチャグチャになった会場で恐怖に怯え、助けを懇願するような瞳でわたしを見る人々になるべく優しい瞳を向けた。


 「ご安心を。これ以上この闇は危害を加えたりしません」


 そう言った後、わたしは闇の方に足を動かした。

 

 闇から3mほどはなれて地点でわたしは足を止めるともう一度会場を見回してみる。

 何人かは逃げ出していないようだが、これだけの人数がいれば十分であろう。


 「よくご覧になっていてください」


 そう言った後、わたしは闇の瞳を見つめた。

 見つめ返してくる闇の瞳はどこか優しくて、落ち着く。


 どうしてこの世界の人々は闇を恐れるのだろう?

 わたしに言わせれば、この世界にいる人間なんかよりも闇のほうがずっと優しくて、温かい。


 「ここは貴方のいるべき場所ではないわ」


 闇を見つめたままわたしスッと瞳を細めた。

 天子らしくと心がけながら……




 「消えなさい」





 その言葉とともに闇は空気中に溶けるようにして消えていく。

 その光景はどこか幻想的で……



 (花音様)



 闇の声が頭の中に響くと同時に、その姿は会場から消えてなくなった。

 その事を見届けるとわたしは会場に視線を戻す。



 「わたしが偽者だとお思いになっている皆様」



 そう言葉を発すると数人がビクリと肩を震わした。



 「わたしを疑いたくなる気持ちも分かります。前回の天子様のことは王子様より聞きました。けれど……」



 わたしはふんわりと微笑んだ。



 「この力を見てもまだ信じてはくださいませんか?」



 ちょこんと首を傾げながら発した言葉に、答える人間はいなかった。


 無言は肯定と受け取れと言うものだ。

 これでわたしの嘘はまた一つ、成長した。


 「王子様」


 わたしは会場から視線を外すと、闇の消えた場所をただ見つめている王子に声をかけた。

 王子は驚いたそぶりもせずにわたしに視線をよこす。

 なんだ?とでも言いたげだ。


 「会場をこんなにしてしまって申し訳ありませんでした。わたしの力不足です」

 「……構わない。闇が現れたのに軽い怪我人のみですんだというだけで十分だ」



 そう言った王子の顔は少しだけ悔しそうだ。

 そのことに暗い喜びがわたしの心を支配する。王子だってわたしのことを偽者だと思っていた。しかし1度ならず2度も目の前で闇を消せば……王子はわたしを天子であると認めないわけにはいかない。


 その傲慢さ、身勝手さ、プライド。

 わたしはどれだけ崩せただろうか?



 めちゃくちゃになった会場。

 それはこの世界の未来を見ているようで心地よかった。






 わたしを信じて。

 そうすれば救ってあげる。助けてあげる。


 だってわたしは天子だもの。



 そして最後の最後に裏切ってあげる。



 もっともっと苦しんで。

 足りないの。全然足りない。



 これ以上ないほどの絶望を、この世界に味わってもらいたい。

 わたしが元の世界には帰れないと……そう知ったときの絶望よりも深く深い絶望を。



 もっと、もっともっともっと……

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