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天子らしく



「案外普通だな」


 そう言われてわたしは自分の隣に立つ憎たらしい男に視線を向けた。


 銀色の髪が少し薄暗いこの部屋で微かに光沢を放っている。目を見張るほどに美しく整ったその顔はいつ見ても見惚れそうになる。


 もちろん、何も知らなければの話だが……



 王子は金の刺繍が施された黒の衣装を身にまとっていた。

 わたしの衣装と対になっているのだろうか?わたしの白の衣装に施された金の刺繍とよく似ている。



 「普通……とは?」

 「態度の話だ。もっと慌てふためくと思っていたが……こういう場には慣れているのか?」

 「いいえ、初めてですよ」


 面白そうに口元に笑みを浮かべて聞いてくる王子にわたしは小さく笑みを浮かべて答えた。


 

 「ならよほど度胸があると見える」

 「……それは、褒め言葉として受け取っても?」



 そういえば王子はクツクツと喉で笑った。

 その様子にわたしは顔をしかめる。



 「もちろん。お前がそうであったほうがこちらも助かる」

 「…………助かる?」

 「あぁ、こんなことでオドオドされて泣き喚かれても困る……ということだ。天子らしくないし、宥めるのにもこちらが力を浪費する。そう考えれば、お前は本当に天子らしい天子だな」



 天子らしい天子……ね

 そう言われることは良いことだ。


 だってわたしは天子になりきる必要があるのだから……

 これは喜ぶべき状況のはず。わたしの天子のふりは上手くいっていると



 それなのに

 天子らしいと言われても苛立ちすら感じる。


 わたしに天子という言葉はやはり似合わない……



 でも、それでも……


 

 「殿下、そろそろご入場でございます」



 後ろに使えていた王子の近衛が膝をついてそういった。


 

 「分かった」


 

 王子は答えると、こちらに視線を向ける。



 「それでは参ろうか天子」



 そう言って差し出された手。

 本当なら思い切りつき返してやりたいが……


 

 「えぇ、ありがとうございます」



 わたしはふんわりと自分なりに精一杯の可愛らしい笑みを浮かべてその手をとった。


 

 




 眩しすぎる……


 会場に一歩足を踏み入れて思ったのはソレだった。


 さっきまでいた部屋が薄暗かったのも理由の一つだろうが……それでもわたしのこの部屋の煌びやかさは不快だった。

 眩しさのあまりに少々目を細める。


 握り締めた手には汗をかいていた。


 どんなに強がっても、緊張はするし、怖い。

 会場中の視線がわたしに……天子に降り注ぐ。

 視線が痛い、怖い。



 チラリと目を向けた王子は、その場になれているのだろう。堂々とした態度で優雅な笑みを浮かべていた。やはり、こういうところは敵わない。

 

 わたしの視線に気がついたのか、王子の視線が会場からわたしに向けられた。わたしの様子を見るとニヤリと口元を歪める。



 「なんだ?緊張しているのか?」



 そういわれた瞬間、カチリとわたしの中で何かが変わるのを感じた。

 

 緊張?しているわけがない……というかしている暇なんてわたしにはない。

 そうでしょう?



 だって……ここにいるのは敵だらけ

 気を抜けば、どうなるか分からない……


 わたしはグッともう一度強く手を握り締めた。



 「いいえ……会場の眩しさに少しびっくりしただけです」



 そう言うと視線を会場に戻した。


 ここにいるのはわたしが憎むべき人たち。

 わたしはこの人たちに復讐してやるんだ



 わたしはふんわりと、自分に視線を向けてくる人たちに笑みを浮かべた。



 「それでこそ」


 

 隣で王子が面白そうに呟く。 

 そして王子も会場に視線をもどした。彼がスッと手を上げるとざわめいていた会場に静けさが訪れる。



 ゴクリとつばを飲む音が妙に大きく聞こえた。



 「紹介しよう……こちらにいるが我らが世界の救世主」



 王子の瞳がスッと細くなる。



 「天子花音だ」



 王子の言葉と同時にわたしは昨日習ったばかりのお辞儀をした。

 深々と、優雅に……天子らしく。



 顔を上げたわたしはもう一度微笑みを浮かべる。



 「皆様、お初にお目にかかります。花音と申します」



 そう、わたしは天子。


 どんなに虫唾がはしろうが天子を演じなくてはならない。


 それがこの世界への一番の復讐となるのだから……



 ならば、

 精一杯天子になりきってやろうではないか



 

 会場中にひときわ大きなざわめきが訪れる。

 誰もが天子の顔をよく見ようと必死になっていた。


 ある者は思案する

 ある者は嫉妬する

 ある者は懸念する

 


 天子という存在にそれぞれがいろいろなことを考えている。

 その様子がこの場所からはよく分かる。



 わたしも深く深く、もう一度微笑んだ。

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