襲撃
文化の違いってなんて恐ろしいのだろう……
わたしはぐったりと馬車の椅子に倒れこみながら遠く空を眺めた。
「おいっ、大丈夫か?」
「大丈夫ですけど……まだコレ続くんですか?」
隣には心配そうな顔をしたレヴォラ。
別に今の状況はレヴォラのせいではないのだが、ついつい彼を睨んでしまう。体力だって限界だ。もう帰りたい。
「あぁ、いやっ今日はこれで終わりだが……明日は髪留めと靴、それからドレスの最終確認をすることになっている」
言いにくそうにそう言うレヴォラを横目にわたしは聞こえない程度にため息をついた。
天子のお披露目パーティーは1週間後。案外時間が空いてるなと思ったら大間違いであった。
ドレスやらアクセサリーやらは全部オーダーメイドで作るらしく、セハンが尋ねてきた日の次の日からわたしは馬車であちこちに連れまわされている状況だ。
なんだかんだでパーティーまであと2日に迫ってきている。
何と言うか心休まる暇がない。
「それじゃあ今日は帰れるんですね」
とにかく一刻も早く帰りたかった。
これではパーティーまで身体が持ちそうにない。
「あぁ、もう直ぐ着くから帰ったらゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます……」
言いながら力なく椅子に寄りかかる。
こんな面倒な目にあってしまうのも、全部この世界に来てしまったせいだと思えばやはり憎むべき相手は決まってくる。
本当にいいことの一つもない。
窓の外に見える美しく豪華な城をわたしは睨むように見た。
あんなお姫様が住むようなお城。
わたしには似合わない……
そう思いすべての世界を遮断しようと目を閉じた瞬間
「っきゃっ!!」
耳に響く大きな爆発音。
窓の外には、馬車の近くに何か光を帯びた物体が激突したように見えた。
わたしはびっくりしてただ目を見開く。
一体何事?
「花音殿っ!!」
わたしを庇うようにレヴォラが前に立ち、馬車の周りをその他の衛兵が囲んだ。
「レ……レヴォラさん今の……っ」
「魔術だ。気をつけろ闇かもしれないっ!」
緊張した様子でそう言いながらレヴォラは腰から剣を抜く。
わたしは彼から視線を外してもう一度窓の外に目を向けた。馬車の近くにある木が魔術によって焦げ、煙を出していた。
それを見ながら考える。
攻撃してきたのは……闇?
その可能性はきっと少ないだろう。
ナナリの話からすれば、今現在闇はわたしに全面的に協力してくれている……らしい。
もしも本当に魔術を使ったのが闇だったとしたらわたしに闇の声が聞こえてくるはずだ。
だが闇の声は聞こえてこない。
だとすれば
今魔術を使ってきたのは闇ではなく……この国の魔術師である確立が高い。
そこまで考えたとき、2度目の爆発音と共に馬車の近くが攻撃された。
「クソっ……いったいどこからっ!」
舌打ちをしながらレヴォラはそう呟き、わたしの手を引っ張って馬車の外に出る。
腕を引っ張られながらわたしは何か引っかかるものを感じた。
だってわたしを殺そうとしてるなら、馬車の中央に攻撃すれば一発だ。
なのにわざと外して馬車の近くを攻撃してくる。
もしからしたら相手はわたしを殺すつもりなんてないのかもしれない。
「レヴォラさん、逃げる必要……ないかもです」
そう言ってわたしがレヴォラの腕を掴んで歩みを止めた。
「何?」
レヴォラが怪訝そうな顔をしながら振り返った瞬間、今度はわたしたちの真横に魔術の光が激突した。
風が起こりわたしの髪をものすごい勢いで靡かせる。
あと少しずれてたら直撃だ……。
さすがのわたしも息を呑み、冷や汗が垂れる。
失敗した。あそこで止まったのはあまりよくなかったかもしれない……
「っ!怪我はっ?」
「ごめんなさい。わたしは大丈夫です……それよりも」
わたしはレヴォラを安心させるように微笑んだ後、辺りを見回した。わたしの行動につれらるようにレヴォラも辺りを見回す。他の衛兵も同じようにしていた。
しばらくすると魔術で起こされた風は止み、煙もなくなった。辺りは最初と同じようにまるで何もなかったかのように静かな状態に戻っている。
唯一焦げた木と破損した馬車がさっきまでの状況を物語っていた。
レヴォラや衛兵が持つ剣がカチャリとなり、警戒した空気が漂うが攻撃してきた人間の姿は一向に見つからない。
もう逃げてしまったのだろうか?
そう思って、肩の力を抜こうとしたとき……
「天子様!!!後ろですっ!!!!」
衛兵の叫ぶような声にいち早く反応したのはレヴォラ。
すばやくわたしの手を引くと、後ろに迫ってきていた攻撃を何とかかわす。
だが、相手側のほうが一枚上手であった。
レヴォラが攻撃をかわすことなど分かっていたかのような動きで次の攻撃を仕掛けてきたかと思うと、その拍子にわたしとレヴォラの手が離れてしまう。
「痛っ……」
「花音殿!」
「天子様っ」
そのままの勢いで地面に投げ出されたわたしは痛む身体を起こし、周りの人間に大丈夫だと言おうとして、息を呑んだ。
首筋にあたる冷たい何か……
ヒンヤリと硬い感触に体中に悪寒が走り、体中の細胞が凍りつくような感覚。
「天子様の命、もーらった」
耳元でまだ声変わりもしていない少年のような声が響いた。