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偽りの天子

 「何をしてるのだっ!」


 ふわふわとした妙に心地よい足取りで王宮の庭を歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められた。

振り返ればその青い瞳がわたしを見つめている。

 

 でもその瞳に恐怖を感じる事はない。


 「フェジーさん」


 わたしはクルリと振り返ると、フェジーに視線を合わせて立ち止まった。

 フェジーはずいぶんと焦ったような顔をしている。


 まぁ今ここで起きている出来事を考えれば当たり前なのだろうけど。


 「どうかされましたか?」


 ちょこんと首をかしげて聞けば、フェジーは少し苛立った様子で早口でまくし立てた。


 「ここで何が起こっているかしっているだろう!そなたがここにいては危険だ今すぐにどこか安全な場所へっ」

 「なぜです?」


 わたしの身を案じてくれているフェジーの言葉は素直に嬉しいと思った。それがたとえ立場上でてきた言葉だとしても嬉しい。

 やはりわたしはフェジーが嫌いになれそうにない。

 たとえどんなにこの国を憎んでいたとしても……


 「なぜって、天子であるそなたが闇に食われでもしたら大変であろうっ!」

 「……それ、可笑しいですよ」


 フェジーの言葉を耳にしながらわたしは微笑んだ。


 「フェジーさん、ここは普通、一刻も早くこの闇をどうにかしてくれと頼むところですよ?だってわたしは天子なんですから」


 そういえば、フェジーは今その事を思い出だしたような顔をする。どうやらフェジーの中でのわたしはまだ力のない偽者の天子のようだ。

 実際にわたしが闇をどうにかする場面を見ていないのだから当然と言えば当然だが。


 「さっき衛兵の人が闇が王子様の寝室に向かったと叫んでました。急がなくてはいけないのでは?大切な殿下の命……食われてしまうかもしれないのですよ」


 全て言い切らないうちにフェジーは王子の寝室がある部屋に走り出していた。やはりフェジーは王子に忠誠を誓ったいるのだなと思う。

 あんな王子に忠誠を誓う意味がわたしには分からないが……


 「…………殺してない?」


 フェジーの姿が見えなくなると同時にわたしは小さく呟いた。すると黒い霧のようなものがわたしの体にまとわりつき、ソレは少しずつ人の形を取っていく。

 しばらくすると、黒い人魚がわたしの首にその白い腕をまわすように格好で現れた。

 

 『もちろんよ……ふふふでも早く行ってあげてね。あの子達がカッとなってついつい殺してしまう前に……』

 「分かってるわ」


 わたしはそれだけ言うと、その人魚を振り払って歩き出した。

 行き先はもちろん王子様の寝室……




 王子の寝室がある塔はあまりにも無残な光景となっていた。

 腕や足をを噛みちぎられたような惨い光景が嫌でも目に入る。だがみんな生きてはいた。

 人を食らう闇がどうして息の根をとめずにこんな中途半端な状態のままで置き去りにしているのかと言えば、もちろんわたしが“誰も殺してはいけない”と言ったからであるが……


 こんな死ぬ直前のような状態で生かされていても逆に辛いだろうに。いまいちわたしの言葉を理解してくれていなかったようだ。


 わたしは苦しむ人々を尻目に足を進めた。

 手当てしてあげる能力なんてわたしにはないのだから仕方がない。


 ゆっくりとした足取りで階段を登っていく。王子の寝室はこの塔の最上階の一つ下であると人魚が言っていた。

 上に行くにつれて騒がしくなる、誰かが叫ぶ声と……唸る声。


 見なくてもその状況が手にとるように分かった。


 ここまで上手くいくとは……

 思わず笑みが零れ落ちる。


 「危ない避けろっ」


 あともう少しというところでそんな声が上から聞こえた。

 どうやらかなり緊迫した雰囲気になっているようだ。


 “でも早く行ってあげてね。あの子達がカッとなってついつい殺してしまう前に……”


 そう言った人魚の声を思い出して、わたしはそろそろ危ないかなと足を速めた。


 最後の階段を登りきり王の寝室がある階にたどり着くと、そこにはなかなか悲惨な状況であった。


 傷を負い座り込んでいる者もいれば、それでもなお戦い続けようとしている者もいる。そしてそんな衛兵の視線の先には真っ黒な毛を纏った、犬によく似た獣たちがいる。


 彼らは鋭い牙を見せ付けるように大きく口を開き、容赦なく衛兵たちへ攻撃していた。


 「殿下っ!!!」


 フッと奥のほうに目を向ければ、フェジーの姿が見れる。右腕と右足を闇にかまれていて動けないようだ。わたしはその光景に思わず我を忘れてしまいそうになったが、ソレを止めるほどの光景が目に入ってきた。


 闇たちの中でもひときわ大きいその闇は、大きく口を開いていて……その目はただ一点を向いている。


 「殿下!!お逃げくださいっ」


 フェジーの声が大きく響いたと同時にその闇は高く飛び掛り、その他数匹の闇に取り囲まれ逃げることも剣を振るうことも出来ない無力な王子にその牙を立てようとしてた。


 わたしはその光景を見てふわりと微笑む。

 そして小さく息を吸うと、“魔法の呪文”を呟いた。


 「やめてっ!!!!」


 叫んだわたしの声はフェジーの声以上にこの場によく響き渡った。


 その瞬間闇たちの動きはピタリと止まる。

 

 呆然とその光景をみた衛兵たちは何故?という顔をしてキョロキョロとあたりを見わたした。そこで初めてわたしと言う存在に気がついたようだ。

 皆、目の前の敵に気をとられて気がつけなかったようである。


 「天子……様」


 呆然と呟かれる自分の名を聞きながらわたしはゆったりとした足取りで歩みを進めた。

 それと同時に闇たちがすぅと夜に溶けるように消えていく……


 

 わたしは誰よりも呆然としている王子の前に立つとにこりと微笑んだ。


 「お怪我はありませんか?王子様」


 




 わたしは今、偽りの天子となる。

見直ししてません。


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