一人ぼっち
わたしは異世界に来てしまったのかもしれない……
そんな重要ことに気がついたわりにわたしは冷静であった。長年の経験がそうさせるのかどうかはよくわからないが、思ったよりも冷静に頭が回る。
寝起きでぼやけていた頭も随分とすっきりしてきたようだ。
「お嬢さん」
とにかくもっと情報がほしい。そう思ってもう一度考えだそうとした時だった。さっきまでわたしを支配していたあの威厳のある声とは違い、柔らかくどこか色気をかもし出した声が聞こえた。
邪魔が入ったことに舌打ちでもしてやりたい気分になったが、わたしは仕方がなしに声がした方向に視線を向ける。
「ごめんねお嬢さん。少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
サラリと肩から滑り落ちる長く綺麗な髪が印象的だった。一瞬その雰囲気から女の人かとも思ったが違うようだ。長く美しい髪や微笑み方は女性にそっくりだし、体格もどちらかといえば細身だけれども、その肩幅や髪を押さえる手は男性のものだった。
ふんわりと女性のような笑みをうかべてわたしを見つめてくる瞳から害を感じない。わたしは彼の言葉に小さく頷いた。
「ありがとう。僕の名前はセハン。セハン・ルファシー……お嬢さんのお名前は?」
セハンと名乗った男はそう言ってより一層微笑む。
つられてわたしも名乗ろうと口を開きかかけて、躊躇した。
本当に名前を言っていいのだろうか?
この人に名前を教えて安全なのだろうか?
ここは異世界であることは分かったがそれ以外のことは何一つわかっていないのだ。うかつに名前など自分の情報を教えればどうなってしまうかわからない。
わたしは開きかけた口を閉じて、首を振った。
そんなわたしの様子を見てセハンは不思議そうに首を傾げる。
「もしかして、自分の名前分からない……とか?」
その言葉にも首をふる。
「それじゃあ……僕らに名前を教えたくないってことかな?」
そうセハンが言ったとき微かに恐怖を感じだ。
甘く優しい笑顔に騙されてはいけないとこのとき思った。この人が安全である確立はきわめて低いのかもしれない。そうか、誰も信じてはいけなのだ。
ここはどこで、わたしはどうしてここにいて、なんのためにわたしはこの人たちに囲まれているのか。疑問は尽きることなく溢れてくる。その疑問がなくなるまでわたしの安息の場などない。
周りは全て敵だと思わなくては……
わたしは意志を固くして、ゆっくりとセハンの言葉に頷いた。
「そう……」
わたしが頷いたのをみると、セハンは目を細めた。あの威厳に溢れる男とはまた違った恐怖を覚える。
わたしはいったいどうなってしまうのだろう?