帰還
「……ん…の。花音殿」
「んっ……」
名を呼ばれて目を開ければ、微かな日の光に目を細めた。
ぼぉっとしながら視線を惑わせて、フッと自分の状況はおかしいことに気がつく。
「目が覚めたか」
その声はレヴォラのものであるが……気になるのはそこではない。彼が声を発したときに微かに髪に触れた吐息。
わたしは自分の状況に気がつくとバッと姿勢を正した。
「あっ……ごめんなさぃ」
最後のほうは消えいりそうになってしまう。
この年にもなってこんな失態をおかすなんて……恥ずかしい。
わたしはどうやらレヴォラの肩に寄りかかって眠ってしまったようだ。
「いや、大丈夫だ」
レヴォラは何ともなさそうに言うが、こっちはかなり恥ずかしい。
ただでさえわたしには危機感が足りないと言うのに、レヴォラの前では全くと言っていいほどなくなってしまってる気がする。これでは命のふたつ簡単にとられても文句は言えないだろう。
気をつけなければ……
そもそもどうしてこうなってしまったのか分からない。
確かわたしは……
そこまで考えて、わたしは勢いよく視線を窓の外に向けた。
雨は……上がっている。
確か馬車がぬかるみにはまったとき、雨の中に人魚の姿が見えて……声がした。
そこでわたしは……
「花音殿?顔色が悪いが……大丈夫か?」
「……平気です」
世界を壊す力……か。
なぜ闇がわたしに協力するのか、誰がわたしの記憶を消したのか。わからないことはたくさんあるけれども、わたしがこの世界に復讐する力を手に入れたことは確かで……
あの人魚は随分と難しい選択をわたしに与えたものだ。
確かにこの世界は大嫌いだが……壊す力を手に入れたからといってそれをすぐに何の躊躇もなく使えるほどわたしはまだ……
「花音殿、もう屋敷に着く。そしたらすぐに殿下と面会の予定だ」
考え込んでいたわたしにレヴォラの声が聞こえた。
王子と面会……。
またあの手錠を付けられ、扉の前で座らされ、貴族だかなんだかしらないけどあの野次馬たちの前でまるで罪人のように見られるのかとおもうと嫌気がした。
しかし、
「大丈夫だ」
わたしの顔をみてレヴォラは極力優しい声でそう言ってきた。
何が大丈夫というのだろう?
疑問に思いながら首を傾げると、レヴォラはほんの少しだけ微笑んだ。
「手錠を付けられることはもうないだろう。もっとまともな客……いや目上の客として扱われるはずだ」
なぜ?
と思ったがその矢先に今の自分の状況を思い出した。
「なんせ前回とは違う。お前は本物の天子なんだからな」
本物の天子……?
わたしは皮肉な笑みを浮かべた。
違う。
わたしは天子なんかじゃない。
屋敷に戻ると、わたしは思った以上のかわりように驚きを隠さずにいられなかった。
あのボロ屋敷の前にはきらびやかな衣装を見に纏った人が群れている。
それを見ただけで、この馬車からおりたくないと思ったのは言うまでもない。
しかし降りないわけにもいかず、レヴォラとその他に守られながら馬車を降りれば貴族と思われるその人だかりは待ってましたと言わんばかりにはわたしに群がってきた。
「天子殿、ご苦労様でございました」
「本物の天子とは知らず、非礼な行いを……」
「こんなボロ屋敷天子様には似合いませんわ。どうぞ我が屋敷へ」
「いや、それよりも私の屋敷へ」
「天子様このドレス天子様によくお似合いになると思います。どうか受け取ってくださいませ」
「天子殿、こちらも受け取ってください」
この身の変わりよう。
あきれて何も言えない。
これでは明らかにわたしが天子と信じていなかったとモロバレではないか。
彼らがわたしを本物と思っていなかったのは前回の天子が偽者だったからということは分かっている。でももしわたしが前回の天子がいると知らなかったら絶対におかしいと思ってしまうだろう。
フェジーのおかげでわたしは前回の天子がいることをしっているが、本当ならわたしは前回の天子の存在などしらないはずである。もう少し頭を使って行動したらどうなのだろうか?
貴族のあまりの馬鹿さに呆れながらもわたしはその声を無視してずんずんと前に進んだ。王の衛兵が貴族を掻き分けて道を作ってくれるので貴族の群れに埋もれることはない。
なんだかんだ王の衛兵なだけあって能力は高いらしい。
だがしかし、もうすぐ屋敷のい入り口というところでフッとそのざわめきは消えた。
それがあまりにも唐突でわたしは不思議に思いながら辺りを見わたす。
貴族たちや衛兵たちの視線はわたしの後ろに向いているようだ。
チラリととなりのレヴォラを見れば彼も他の人と同じ方向を向いていた。
わたしも振り返ってい見ると、いつの間にそこにいたのか。
わたしが乗っていた馬車のとなりにもう一つの馬車があった。しかしそれはわたしが乗っていたものとは比べ物にならないほど豪勢である。
嫌な予感がわたしの頭を掠めた。
一人の衛兵がゆっくりとその扉を開けて、中に乗っている人物の姿があらわになる。やっぱりと言うべきか……彼は相変わらず堂々とした態度でわたしの感情をいちいち刺激してきた。
貴族たちはゆったりとした様子で礼をとり、衛兵たちは剣を置いて膝をついた。レヴォラも同じように膝をつく。
この場所で彼に敬意を払っていないのはわたしだけだろう。
「わざわざこんなところまで来てくださるなんて……思ってもなかったです」
わたしはその人物に笑みを浮かべながらそう言った。
「本物の天子のご帰還だ。迎えにいくのは当然であろう?」
あっちもわたしに負けないくらいの仮面の笑顔である。
「それはそれは……ありがとうございます……王子様」
これが……3度目の対面……