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手に入れたもの


 馬車に揺られながらわたしはぼぉと外を眺めていた。


 「花音殿、大丈夫か?」


 あまり生気の感じられないわたしに対してレヴォラが心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。そんなレヴォラの腕には包帯が巻かれていて、顔にも傷があった。

 わたしはそれをみて顔をしかめることしか出来ない。


 レヴォラはそんなわたしの視線に気がついたのか、さりげなく包帯の巻かれる腕を隠した。


 「慌しくて疲れたであろう?屋敷に戻るまで眠っていたほうがよいのではないか?」

 「…………平気です」


 わたしは素っ気無く言うともう一度小さな窓の外に目を向けた。


 外は雨である。

 そのせいで地面はぬかるみ、行きよりも数倍馬車は不安定であった。

 それでも急いで屋敷に戻っているのにはわけがある。



 あの日、あの時、わたしは本当の天子であると認定されてしまったから。



 わたしがやめてと叫んだ瞬間、闇の動きも水の刃も動きを止め、その事を不思議に思った人たちの視線はたくさんの方向に彷徨った。

 そのうちの誰か……たぶん王の衛兵だろう。


 町の入り口に呆然と立ち尽くすわたしをみて、「天子……」と呟いたのだ。


 確かにわたしの一言で闇は止まった。

 別に魔術とやらを使ったわけではないが、その事実は魔術をつかって闇を倒すことよりも不可思議で天子らしい争いの止め方であったのだろう。


 「本物の……天子だ」


 そう呟かれた一言で、わたしの世界は一変とした。

 騒ぎ立てる町人からわたしを守るように王の衛兵がわたしを連れ出して、部屋もあの宿から町長の家の豪華な客室へと移された。


 昨日までのうやうやしい扱いとは違く衛兵たちはわたしをそれはそれは天子らしく扱った。

 わたしに言わせればそれはあまりにも身勝手な行為であり、やはりこの国の人間は身勝手であるなと再確認したのだ。


 きっとあの町でわたしが闇を止めてなどいないと気付けたものはいなかった。


 本当にあの人魚は上手くやる……


 あのとき闇を止めたのはわたしなどではない。

 あの人魚が命令して止めたのだ。一度わたしを食らおうとした闇が急にわたしの言うことを聞くはずなどないであろう。


 あれは全部あの人魚の作り舞台。


 わたしを本当の天子に仕立て上げるための……


 あのあとわたしはきっちりと王の衛兵たちの監視がつき身動きもとれず、一晩明ければあの王子が会いたいと言っているからと急いで屋敷に戻ることにが決まったのだ。


 町人にばれないようにと朝早くでることなったのだが、それでもどこからか聞きつけたのであろう。町長の屋敷の前には“天子”を見ようと集まっていた。


 それを切り抜けるのにはかなり時間かかり、馬車に乗って町を出る頃にはかなり疲れきっていた。唯一の救いは昨日から見ていなかったレヴォラの姿が馬車の中にあったこと。


 それ以外にいいことなんて何もない。


 「まさかお前が本当に天子だったとはな……あの力どういう原理なんだ?」


 しばらくしてわたしが落ち着き始めた頃、レヴォラはわたしにそう聞いてきた。

 

 わたしが首だけレヴォラを見ると、その顔は困惑している。

 

 「さぁ……自分でも何がなんだか」


 わたしが知るはずがないであろう。

 聞くならあの人魚に聞いてくれ。


 レヴォラの顔がすこし悲しそうに揺れたが気がつかない振りをした。


 「だがしかし、本物の天子が現れてくれて嬉しく思う。これでやっと戦争が終わるな。お前がきてくれて本当に良かった」


 今までの闇との戦いでも思い出しているのだろうか?

 レヴォラの瞳はやっぱり悲しそうだった。


 そんなレヴォラにわたしは天子じゃないと言うことなどできない。


 「そう……ですか」


 そのとき馬車がひときわ大きく揺れた。

 倒れこみそうになったわたしの身体をレヴォラが支えてくれる。

 さすがと言えばさすがであろう。


 「どうかしたのか?」


 わたしを元の位置に戻すとレヴォラは窓の外に顔をだしそう聞いた。


 「あぁ……ぬかるみにはまったようだっ。手伝ってくれ」

 「そうか……悪いが手伝ってくる。お前は乗ったままのいい」


 レヴォラはわたしに一言断ると馬車を降りていく。

 外の雨は一層激しくなっていた。


 その雨の中に黒髪の女性の顔が見える。

 わすれもしない黒き人魚。


 “やっぱり貴方は闇側の人間ね”

 “あながち嘘でもないかもねぇ”

 “いーこと思いついちゃったわ”



 頭を掠める言葉たちに顔をしかめたとき、パシャリと水のはねる音が聞こえてきた。


 『分かるでしょう?』

 「……何が?」


 わたしは苦笑するように答えた。


 『私が何をしようとしたのか……ふふふ、分かっているのでしょう?』

 「分からないわ……」

 『嘘吐きねぇ……わかるはずだわ。だって貴方は昔から頭が良かったもの』


 その言葉に舌打ちしたくなった。

 そう……わかっているのだ。あの人魚の突発的な行動の裏に何があるか。どうしてわたしを天子にしたてあげたのか。


 だけど、その意味を汲み取った上でわたしはその事を実行する勇気がまだなかった。


 『憎いのでしょう?』

 「憎いわ」

 『復讐したいのでしょう?』

 「復讐したいわ」

 『だったら迷うことなんてないのに。わたしはもちろん、闇のすべてが貴方に協力するわよ?』


 クスクスと人魚は笑みを浮かべる。


 「どうしてわたしに手をかすの?理由が分からない」

 『そんなの貴方が忘れているだけよ。貴方のためと分かれば闇はいつでも貴方の味方となるわ』



 分かってる。ちゃんと分かっている。

 これいほど良い復讐の方法なんて存在しないだろう。


 『信じさせるだけ信じさせて、どん底に落としてやりなさいな』


 この世界が憎い。わたしを家族から引き離した魔術師が憎い。わたしに命令する王子様が憎い。



 そして今


 わたしはこの世界を壊す力を手に入れた。

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