わからない気持ち
闇側の人間……
もちろん王側の人間でないことは確かだが、闇側についた覚えなど全くない。それなのに黒き人魚は自信満々にそういう。
その言葉に引っかかりを覚えたのは何もわたしだけではないようだ。
(ナナリ姫、ナナリ姫)
(何をおっしゃるのですかナナリ姫)
(人間と我ら闇が同じだと?)
(この女のどこが闇と申すのですか!)
(ナナリ姫、この女はなんなのです?)
(納得いきませんナナリ姫)
黙っていた闇たちがここぞとばかりに騒ぎ出した。しばらくの間闇のざわめきが湖を占領する。
わたしはその声に顔をしかめ、黒き人魚はそれを無表情に見つめていた。
しかし、しらばくしてもおさまらないざわめきに人魚は苛立たしげに目を細める。
「お前たちは私に同じことを2度も言わせるつもりかしら?」
淡々とした口調で人魚はピシャリとそう言った。
その一言で闇は一斉に黙り込む。
闇に溶ける目が不安げに揺れながら人魚を見つめているのがよく分かった。
「まったく。そう言えば貴方たちはまだウマレタテだったわね」
人魚はそんな闇を見ながらフッと思い出したようにそう言った。
そしてチラリとわたしの方を見る。
「カノン……貴方どうして王の下になんかいるの?」
「なぜ……ね。わたしが聞いた話が本当であるのならば、わたしは貴方たち闇を倒す世界の救世主として召還されたらしいわ。五大魔術師とやらにね」
「へぇ……」
わたしが聞いた話が本当に真実であるかは分からない。
この人魚にあって余計に分からなくなってしまった。
本当にこの世界にいることはイライラする。
「ふふふっ……貴方が救世主、ねぇ。なーんの力もないくせにどうやって私たちを倒すのかしら?」
ただ一つ思うことは、王側の人間から聞く話よりも、よっぽどこの人魚の話のほうが真実味が感じられると言うことだ。
人魚と会話すればするほどこの人はわたしのことを知っているということがヒシヒシと感じられる。それにわたしが思っていることと同じことを言ってくれる人魚の話をわたしは嘘だと蹴散らすことができないようだ。
王の話はすぐに嘘だと言ってやれるのに。
「まぁでも、あながち間違ってはないかもしれないけどねぇ……」
ふわりと人魚は微笑む。
わたしは意味が分からず首をかしげた。
「ふふふ、いーこと思いついちゃったわ」
人魚は楽しそうに微笑みながら、パシャリと自分の尾ひれで水を弾く。水しぶきがふわりと宙を舞い、次の瞬間時間が止まったかのようにその水しぶきが動きをためた。
「お前たちも手伝ってちょうだいな」
笑いを含んだ声で周りの闇たちにそう言った瞬間、時間を止めていた水しぶきがシュルリと変形し尖った針のような形をする。
闇たちはざわめきだし、夜にまぎれた目がニタニタと笑みを浮かべているように見えた。
一体何が起こっているの?
わけが分からないままただただ人魚をみつめるしか出来ないわたしを見て人魚はおかしそうに笑った。
「ふふふ、あはははははははははっ。何が起こってるのかって顔ね?ごめんなさい。私っていつもやることが突発的なの」
クスクスと笑う瞳から何かを読み取ろうとするが分からない。
「さぁお前たち。馬鹿な犬たちと遊んでおいで?」
口元に手をあてながらニヤリと笑みを浮かべて人魚はそういった。
その瞬間尖った水がすごい勢いで私の横を通り過ぎ、闇たちがニヤニヤとしながらその後を追った。
わたしはその姿を視線で追いながら意味が分からず呆然とする。
しばらく彼らが消えた方向を見てままだったが、ゆっくりと視線を人魚に戻した。人魚は呆然とするわたしをゆったりとした笑みで見つめる。
「こんなところで野暮を売っていていいのかしら?救世主さん。ふふふっ、あの子達が向かった方向には何があるか分かってる?」
闇が消えた方向?
あれは……町の方向だ。
わたしはそこでハッとして目を見開いた。
「さっき愚王の犬たちを一匹も食べれなかったからあの子達もイライラしていたみたい。犬どもを追いかけなさいってわたしは命令したけど……どうやら犬たちは町にいるみたいだし、あの子たちイライラしているからもしかしたら町の人間も食べてしまうかもしれないわねぇ」
全部聞き取らないうちにわたしは走りだした。
別に王の衛兵がどうなろうが構わないが、レヴォラと町の人間。彼らが闇に襲われてでもしたら……そう考えると恐ろしかった。
なぜ人魚はいきなりこんなことをするのか?
さっきまであんなに友好的な態度だったのにアレは演技?
自分が力のない人間だと分かっていても足は進んでしまった。
もう少し、もう少し……
やっと踏み入れた町で見たものは、あまりに悲惨だった。
飛び交う水の槍と闇たちは容赦なく町の人間を狙っている。
逃げ惑う住民たちを守ろうと王の衛兵が剣を向けているがそんなのちっぽけな力に過ぎない。
さっきみたいに魔術を使えばいいのにと思ったが、ここは町だ。あんなに爆発的な魔術を使えば家は壊れてしまうだろう。
誰かの悲鳴が聞こえる。
助けたいと思っても何もできはしないだろう。
どうしてこんなのことをするの?
「やめて……」
いくらこの国が憎いと思っていてもわたしはこの状況を喜べるほど残忍な人間にはまだなりきれていなかったようだ。
「やめて!!!!」
わたしの声が夜の闇に響く。
その瞬間、闇たちは一斉に動きを止めた。
耳には微かに、人魚の笑い声が響く。
“あながち嘘でもないかもねぇ”
あの人魚は、一体わたしに何をさせようというの?