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黒き人魚


 一体何を言っているのだろう?


 “ただの人間と間違えて殺してしまうところだった”?


 確かにわたしは天子と呼ばれる存在ではあるが、闇もそれをしっているのだろうか?いや、知っていたとしても闇を滅ぼして世界を救うのが天子の役目であるはずだ。だったら闇にとって天子は邪魔な存在と言うことになる。

 だったらさっさと殺してしまうのが普通だろう。


 それに、この人魚の話しかけ方がどうも引っかかる。


 「どうしてこんなところにいるのか知らないけど……なぁに?人間の馬鹿と遊んでいるの?」


 彼女はまるで、わたしを知っているみたいに話しかけてくる。

 もちろんわたしがこの人魚にあうのは始めてこのとだ。


 「?……随分と静かねぇ」


 わたしが思考をめぐらしていると、人魚は不思議そうな声をだして首をかしげた。

 そしてその次の瞬間


 「……っ!!!」


 地面に倒れこんだままのわたしに覆いかぶさるように人魚が現れた。濡れた髪から冷たい水滴がポタポタとわたしの頬に落ちる。


 人形はその真っ黒な瞳でわたしの顔をじぃーと見つめてきた。もう少しで唇が触れ合いそうなほどに顔が近い。わたしは思わず息を止めて彼女を見つめた。


 「貴方……カノンでしょう?」


 こちらを見つめたまま問うてくる人魚にわたしは微かに頷いて見せた。どうしてわたしの名前を知っているかなんて今は考えられない。


 「変ねぇ……おかしいわ」


 しばらくの間人魚はわたしを見つめ続けていたが、フッとした瞬間にはわたしの目の前から消えており先ほどまで腰掛けていた岩に戻っていた。


 あれも闇の力なのだろうか?


 「……ねぇ貴方……この私が誰であるのか……分かっていて?」


 人魚は考えるように綺麗な指に顎を乗せながらわたしにそう言ってきた。

 知るはずがないだろう。こんなファンタジックな知り合いがいたら忘れるはずがない。わたしは否定の意味をこめて首を振った。


 「なるほどねぇ……」


 彼女は、そう呟くように言うと目を伏せて考えはじめた。

 どいうことだろう?彼女はいったいわたしの何をしっている?


 たくさんの疑問がわたしの脳内を回るが答えなど出るはずもない。

 どうしようもなくただその人魚を眺めているときだった。


 (ナナリ姫、ナナリ姫)


 深く地を這うような声がわたしの耳に聞こえてくる。


 いや、耳にというよりは脳に響くような感じといったほうが正しいかもしれない。

 わたしはその声にびっくりとして視線を彷徨わせてみる。

 ここにはわたしと彼女しかいないと思っていたが他にも誰かいたのだろうか? 

 だが辺りを見回しても一向にその声の主は見つからない。


 (ナナリ姫、ナナリ姫)

 (なぜその人間を殺さぬのです)

 (ナナリ姫ご命令を)

 (人など八つ裂きにしてくれる)

 (人間ごときがナナリ姫と会話するなど)

 (ナナリ姫、ナナリ姫)

 (さぁ殺せとおっしゃりください)


 最初の一声が響いた後、ざわめきと共ににいくつもの声が響き渡った。それはわたしに対する憎悪が含まれた声。

 脳に直接響くような声に恐怖を感じて、耳をふさいだが一向に声はやまない。

 あまりの恐怖に叫びそうになったとき、彼女の声が響いた。


 「少し黙らっしゃい」

 

 それと同時にその声はピタリと止まる


 「私の考え事の邪魔をするなんて、ずいぶんと偉くなったものねぇ」


 閉じていた目を開いた彼女はそう言って自分の周りに目をやった。

 そこにあるのは、無数の目たち……


 もしかしてあの声はあの闇の声?


 わたしはゆっくりと耳をふさいでいた手をどかし呆然と彼女を見た。


 「ふふふっ、ねぇカノン?」


 彼女は闇たちから目を離すとその黒い視線をわたしに向けてくる。

 その瞳はどこか面白可笑しそうだ。


 「貴方のその記憶、どうやら弄られているらしいわねぇ」


 彼女はクスクスと笑いながら楽しそうにそういった。

 記憶を……弄られている?


 わたしは意味が分からずただ彼女を見つめることしか出来ない。

 だが、少し落ち着けばわたしの頭は冷静に回転し始めた。


 記憶が弄られている……そう言われて納得してしまう部分がたしかにわたしには存在するのだ。

 この世界に来る前の記憶……その記憶があまりにみあやふや過ぎる。

 

 異世界に来るなんて衝撃的な体験をしていれば絶対に強烈に残るはずのその記憶がわたしには欠落しているのだ。

 その記憶が故意にいじられていたとしたら?

 何かとつじつまが合うかもしれない。


 「ふふふ、誰がなんのためにどうしてそんなことをしたのか知らないけど……ねぇカノン、さっきここにいたのは人間の愚王の犬たちでしょう?貴方もしかして、あの愚王の手下になったの?」

 「まさか!!」


 あの王子の手下になった?

 そんなこと思われることすら気に食わない。わたしはあの王子にしたがって天子になるくらいなら、五大魔術師がわたしを元の世界に返してくれる可能性など切り捨てて、あの屋敷をでるつもりだ。そして自力で元の世界に変える方法をさがしてみせる。


 「わたしはこの世界が憎い!わたしを大切な家族から引き離したあの王子が憎い!出来ることなら……こんな世界ぶっ壊してやりたいわ」


 人魚を睨みつけながらそういえば、彼女は一瞬びっくりしたように目を見開いたけど、すぐに声高々に笑い声を上げた。


 「ハハハハハハハハハっ、フフフフフ、あー可笑しいっ!」


 何が可笑しいのか全く分からず彼女を見つめる。


 「頭は忘れていても心はちゃーんと憶えているようねぇ……ふふふっ」


 彼女はニヤリと妖美な笑みを浮かべた。彼女の色気に一瞬クラリときそうになる。


 「やーっぱり貴方は……ふふ、闇側の人間ねぇ」


 わたしは一体、何を忘れているのだろう?

 

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