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迫る闇


 わたしが闇を見つめたまま動けずにいると誰かがわたしの腕を引っ張った。

 それと同時に無数の目たちが間近にせまってくる。


 「……っ!」


 あまりのことに声も出ずにそれを見つめていた。

 無数の目の正体は真っ黒な毛を纏った見たこともない生物だ。開かれた大きな口には恐ろしいほど長く鋭い牙が並んでいた。

 鳴き声というかうめき声のようなものをあげてこちらに迫ってくるその闇をレヴォラをはじめ何人かの衛兵が切り落とすが、数が多いため全く減らない。

 

 それにあまり大きくもないのにその闇はものすごく力があるようだ。


 「おいっ、術はまだ出来ないのかっ!」

 「もう少しです」


 何人もの衛兵がやみに噛み付かれて腕や足から血を流していた。わたしを守ってくれているレヴォラも左腕から血を流している。

 わたしを庇いながら戦っているのでかなりやりずらいのだろう。

 それでも迫ってくる闇にわたしが狙われないように、腕を引っ張ってくれるレヴォラになんと言っていいのかも分からなかった。

 今この場でわたしを守ってくれているのはレヴォラだけである。わたしの護衛という名目の衛兵は自分のことに精一杯でわたしのことなど眼中にも入っていないようだ。


 もしもレヴォラが護衛でなかったら……?


 考えるだけで恐ろしい。わたしは最初の一撃で命を落としていたに違いない。


 そんな恐怖を感じていたとき、フッと不自然な光が辺りを包んだ。レヴォラはそれをチラリと確認するとわたしに目を向ける。


 「術が発動する。巻き込まれないように出来るだけ遠くへ!ここは俺が食い止める」

 「でも……っ」

 「自分でも分かっているだろう。お前がここにいてなんの役に立つ!?」 


 「置いてなんていけない」そう言おうと思ったのに、レヴォラは言わしてくれなかった。レヴォラの声はかなり焦りを含んでいる様子だ。

 わたしは一瞬迷ったがすぐにレヴォラに背を向けて走り出した。置いていくことはかなり心苦しいがわたしがいても邪魔なことは分かりきっている。迷っている時間すら無駄であることも簡単に理解できた。レヴォラの瞳は一刻も早くここから逃げろという思いがヒシヒシと伝わってきた。


 それを自分の罪悪感から無視して、あの場に残ったとして何の利益がある?


 被害が大きくなるだけで何の意味もないだろう。

 わたしはなるべく遠くにというレヴォラの言葉に従って全速力で走った。こんなに走ったのはいつ振りだろうか。学生時代は体育という授業のせいで無理やり運動させられていたが、卒業してからはこんなに全力で走る機会なんてなかった。


 もつれそうになる足をなんとか動かしていると、後ろのほうで爆発音が聞こえてきた。


 思わず足を止める……。


 振り返った先には淡く光を上げながら煙をだす何か……。あれが魔術というものなのだろうか?

 レヴォラは?無事でいる?

 わたしはその場に立ったまま動けなくなった。光はだんだんおさまり、煙も空に溶けるように消えていく。あたりは静かになった。

 あの闇のうめき声も聞こえない。


 あれだけの爆発音。何かあってもおかしくはない……

 王の衛兵などはっきり言ってどうでもいいが、わたしを守ってくれたレヴォラに何かあったら……そう思う気持ちがわたしを動かした。


 駄目だと思っていても足は先ほどの湖へと向かう。

 草を掻き分けて舞い戻ったその湖には、レヴォラの姿どころか王の衛兵の姿もない。しばらくあたりを見回してみるが人の気配はしなかった。

 もしかしたらあの爆発の前に逃げたのかもしれない。


 わたしはとりあいずレヴォラが倒れていないことに安堵すると、これからどうしようかと頭を働かせた。が、しかし妙のものを感じてもう一度辺りを見回してみる。

 そこでわたしは自分の失態に気がついた……


 どうして気付かなかったのだろう?

 さっきの術で残ったモノなのか新しく来たモノなのか……それは分からない。

 闇に溶ける無数の目……それは容赦なくわたしに近づいてきていて……


 何も出来なかった、叫ぶことも出来ず逃げることもできず、ただ自分の馬鹿な失態を情けなく思いながら迫ってくる闇を見ることしかできない


 「…………っぁ」

 

 初めて感じる死の恐怖。喉から掠れた声が出たが自分が何を言おうとしたのか分からない。


 わたし、死ぬんだ……


 最後にそう思って、素直に目を閉じた…………時だった。


 「…………あら?」


 闇に響く、美しいソプラノトーンの声。

 驚いて目を開ければ、目の前には口を大きく開いたまま静止している闇の姿があった。


 「ゃっ!!」


 ギョロリとむき出した目と、大きな口から覗く牙が恐ろしくて腰を抜かしたまま倒れてしまった。闇はそんなわたしをギロリと見つめる。


 「あらあら……ふふっ、戻りなさい」


 もう一度あの美しい声が響くと、闇たちはそれに従うようにわたしから離れてある一点の場所へと戻っていく。


 その先を見つめて、わたしは驚いた。

 湖の中央にある大きな岩に誰かが腰をかけていたのだ。

 その人物はしっとりと濡れた黒髪に、夜に溶けるような黒い瞳をしている。黒髪に黒い瞳というと日本人を思い浮かべるが彼女の目鼻立ちは日本人とはかけ離れていることがわかった。

 

 「なーんか可笑しいと思ったら」


 色気のある瞳でこちらを見つめ、周りにはあの闇を従わせるその女。クスクスと可笑しそうに笑っている。何が可笑しいのか?……そう思いながらよくよく目を凝らして彼女を見てみるとその下半身は鱗のついた尾っぽであることがわかった。


 真っ黒な……人魚……

 彼女も“闇”?


 「気をつけなさいな。ただの人間と間違って殺してしまうところでしたわ」


 夜の闇に黒き人魚の声が響き渡った。

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