願う心
「いや、1番隊隊長も解職された後どこに行ったのか分からなくなってしまったのだ。申し訳ないが会うことは出来ない」
「……そうですか」
本当に、この世界は上手く行かない。
というか誰かが仕組んでいるとしか思えなかった。
噛み合わない前回の天子の話。フェジーが言っていることが嘘だったという可能性も考えられるが、あまり疑いたくはない。
「役に立てなくて悪かったな」
「いいえ、十分です。ありがとうございました」
わたしはそう言って頭を下げた。
だがその前回を知る天使に会えないことは残念でならない。その人に会えればこの胸に突っかかりが解けると思ったのに……
「お前の護衛の件だが……少し考えさせてくれ。自分の隊のこともあるからそう簡単に決断できないのだ」
「はい。別に無理になっていただかなくてもいいですよ。天子の護衛なんて、嫌味を言われるのではないですか?」
「否定はしないが……」
やはりそうか。
この世界に慕われない天子を守っては文句の一つも二つも言われるであろう。
レヴォラは悪い人ではない。わたしが天子と知っても変わらない対応をしてくれることが実はかなりうれしかった。
そんな彼を悪い立場にするのは気が引ける。
「俺は、やりたい仕事をするだけだ。周りの声など気にしない」
ホンの少しだけ笑み見せながらそう言ってくれた彼に、わたしは心のそこから感謝したくなった。彼を悪い立場になどしたくはないが、出来れば彼に護衛をやってほしいという気持ちもある。
人の心とは複雑なものだ。
「さぁ着いた。天子も疲れたであろう。今日はゆっくり休むと良い」
いつの間にかわたしが住んでいた屋敷の前についていた。わたしは周りにある建物に比べて数倍ボロイその屋敷を見た後、レヴォラに視線をもどす。
「今日は本当にありがとうございました。おかげでたくさん貴重な話を聞けました」
「いや、俺のほうこそ今日はすまなかった」
剣を向けたことをまだ気にしているらしい。
確かにあの時は混乱したが、もうほとんど気にしていないというのに。わたしは小さく笑みをこぼした、
「そうだ、レヴォラさん。わたしのことはどうぞ花音と呼んでください」
「いや、しかし」
「さっきわたしのことを一度名前で呼んでくれたでしょう?そのときすごく懐かしい感じがして……だから呼んでくれると嬉しいんですけど」
そう言えばレヴォラは戸惑ったような顔のまま悩んでしまった。
わたしはジッと答えを待つ。
本当のことを言えばわたしはこの時、一つ嘘を付いていた。
花音と呼んでほしいといった理由……
確かに花音と呼ばれる懐かしさもあるのだが、本当の理由を言うならば“天子”と呼ばれることが不快でしょうがなかったのだ。
わたしは天子などではない。
天子になりたいとも思わない。
のぞむことは元の世界に帰ることだけ……
「分かった……花音殿とお呼びしよう」
わたしはホンの少し恥ずかしそうなレヴォラに満面の笑みを見せた。
「ありがとうございます。レヴォラさん」
本当は……もう一つレヴォラに聞きたいことがあったのだ。
だけど聞くことは出来なかった。
わたしは屋敷に背を向けて歩き出したレヴォラを見ながらそのことを考える……
“天子を憎んでいないのですか?”
そう聞きたくて、聞けなかった。
レヴォラは優しい。わたしがそう思う一番の理由は、わたしが天子と知っても対応が変わらないことにある。
わたし個人としてはそれはとても嬉しいことであるが、そこで疑問が生まれるのだ。
彼だってこの国の人間である。世界を救ってくれなかった天子に……そして救うことが出来ないであろうわたしに……他の人間と同じように憎しみを向けてもおかしくない。
だから憎んでいないのか?と聞きたかった。
理由は知らないが“憎んでなどいない”と、そう彼が言ってくれるだろうと思いながら、もし“憎んでいる”と言われたら?と考えた。
もしそういわれたら、わたしは本当に何を信じていいのか分からなくなる。
この世界でわたしが今のところ信じられるのはフェジーとレヴォラだけだ。
しかしフェジーの言った前回の天子の話が本当かどうかが分からなくなった今、フェジーを疑いたくないと思っているのに、言葉にズレがあるから疑ってしまう自分がいる。
となると今の時点でなんの疑いもないのはレヴォラだけ……
そのレヴォラに天子を憎んでいると言われたら……
わたしは考えるのも嫌になり、頭を振ってその考えを飛ばすと自分の部屋に向かった。
それから数日。
わたしは日々はとても穏やかだった。
何が起こるわけでもなく、ただ時間がだけが過ぎていく……
途中レヴォラに3回ほど出会い、セハンが1度遊びにきてくれたがそれ以外には何もなかった。
天子の何かが分かるわけでも、もとの世界に戻るすべが分かるでもない。ただただ過ぎるだけの日々にわたしはイライラとしていた。
そんなときのことだ。
部屋で考え事をしていたわたしの耳に扉をノックする音が聞こえてきた。
「誰ですか?」
「…………わたしだ」
その声は数日振りに聞く声だった。威厳に溢れた声……それは間違いなくフェジーのものだ。
急いで扉を開けると、そこには厳しい顔をしたフェジーがいた。そのことに一瞬出会ったばかりのときと同じ恐怖を感じるも、慣れたのか直ぐに落ち着いてきた。
「何か御用でしょうか?」
今まで来ることがなかったフェジーが来たのだ。何か重要なことでもあったのかもしれない。
首をかしげて聞くわたしにフェジーは強烈な言葉を落としてくれた。
「殿下がそなたに会いたいと言っている」