感情
「すみませんが掃除用具はありますか?貸して頂きたいのですが……」
掃除をしなければ寝る場所すらないと判断したわたしはファジーーにそう尋ねた。
「……衛兵に聞いてみよう」
どうやらまだわたしがしゃべることが可笑しいらしい。こっちは一度しゃべってしまえば口を閉ざすのが馬鹿らしくなってきたというのに。
やはり言葉がないというのは不便だ。目線だけで訴えるのはどうも難しい。
ファジーは衛兵を探しに部屋の外に出て行き、その数分後。一人の衛兵が掃除道具をもって部屋を訪れた。衛兵はそれをわたしに手渡すとさっさと帰ってしまう。
さっきも思ったが
“天子”の扱いが少し酷くないだろうか?
仮にもわたしは世界を救うために召還された天子であるはずなのに、どうも周りの反応がおかしい。あたしの想像だと、こういう特別な人間はもっともてはやされるものだと思うのだ。
手錠を付けられたり、牢に入れられたり、この部屋にしたってどうも天子の扱いぽくはない。
わたしは何か引っかかるものを感じながら掃除を開始することにした。
まず手始めに床に散らばっている紙くずたちを拾い本を本棚(腐りかけ)にしまっていく。何気ない気持ちで本の題名に目を通してみたが、やっぱりというか読めなかった。
分厚いその本には見たこともないミミズのような文字が書かれている。やはりここは異世界なのだと再確認して、はたと思った。
ここは異世界で、わたしは異世界の文字は読めない。
しかし、会話は出来る。
これって少しおかくはないか?
字はちがくても、言葉は日本語ということなのだろうか?
「……ううん……ちがう」
わたしは呟いて、そして自分の言った言葉に驚いた。いままで無意識に使っていたがわたしがしゃべっている言葉は日本語ではない。
簡単に言ってしまえば、こちらの言葉だった。
わたしは驚愕して日本語を思い出す。
『あっあっ、あ、い、う、え、お』
「……言えた……」
なるほど、意識をすれば日本語がしゃべれるようだ。しかし、無意識にでてくるのは日本語ではなくて何故かこちらの言葉と思われる言語になってしまう。
どうして気付かなかったのだろう?
ふつう気がつくはずだ。
なのに気がつかなかった。それほどまで自然に、こちらの言葉がこちらの言葉が出てきていたということだ。
なぜ?
どうして?
こちらの世界に来てから疑問だらけである。
なぜわたしが天子として召還されたのか。
なぜ天子がであるはずのわたしへの態度が悪いのか。
天子とはそもそもどういう存在なのか。
こちらの世界に来る前にわたしが聞いた言葉はなんだったのか。
どうしてわたしはこちらの言語を理解しているのか。
これだけじゃない。
もっともっとあるはずだ。
疑問は増える一方で一つだって解決しない。
どうして、どうして、どうして、どうして!
そればかりが頭に浮かぶっ
そこでぷつりと糸が切れるような感覚がした。
「もうやだ……」
わたしは小さく呟く……
家に帰りたい。
母に会いたい父に会いたい弟に会いたい友達に会いたい。
牢屋にいるときもそうだったが、わたしはどうも一人になると考え込んでしまう性質のようだ。
こちらの世界に来てもあまり動揺などしていないかったはずなのに、どうしてか今は心にぽっかりと穴が開いているように感じる。
寂しさと切なさが溢れて涙腺が緩んできた。
家族や友達の温もりがとても恋しく感じる。
わたしは上を向き涙が零れ落ちないようグッと下唇をかみ締めた。
泣いている場合ではない。なんとしても帰らなくては……
そのためにはもっと強くならなくてはいけない。わたしはこんなに弱い人間ではなかったはずだ。周りに流されて、心を痛めている暇などない。
もっと情報を集めて、この世界のことを知り、自分が天子などではないとあの王子たちに知らしめてなんとしてでも帰る方法を探しだす。
涙は家族との再会までとっておこう。
わたしはギュッと一度強く目を瞑り、掃除を再開した……
そうして一通りの片づけが終わるとふぅと息をはく。
することがあってよかった。あのまま何もすることがなかったらずっと考え続けていたことだろう。
ふわりと窓から風が入ってきて気持ちいい。
わたしは少しだけ笑みをこぼす。
窓から見えるアデゥール国はとても美しいことが分かった。ビルなど一つも建っていなくて、緑に囲まれていたる町並みはとても美しい。
空は日本と同じ青色であったが、太陽と思われるものはなくて空には昨日と同じように赤と青二つのつきが浮かんでいた。
しかし昨日と違うのは、赤い月の方が前に出ていると言うこと。青が前に出るときは夜ということになるのかもしれない。
「本当にキレイ……」
わたしはしばらくの間その美しい町並みを眺めていた。
美しいと思う反面、グチャグチャに壊してやりたいと思う憎しみの心を抱きながら……
見直ししてませんので多少の間違いは許してください