第五章 龍を護る者と這いずる狩人
神々の管理システムすらも崩壊し、天を覆っていた雲が晴れ渡った数年後の世界。
かつて富士と呼ばれた山体の聖域には、不気味なリン光を放つ蒸気と、大地を揺らす力強い脈動が満ちていた。
その脈動の真上、星の心臓を護るために立ち塞がるのは、かつて神でありながら泥を舐め、異形の境界者となった「守者」。
しかし、静寂を守ろうとする彼の前に、大気を焦がす不快な重油の臭いとともに「最悪の生き残り」が姿を現す。
全身を機械と腐肉、そして怪物の骨で固め、己の自我と欲望を肥大化させた「ドラゴンハンター」たち。
「人間」としての傲慢とプライドを取り戻そうと、星の心臓を狙う彼らの狂気が牙を剥く!
守者の青い生体電流と、ハンターたちの黒い鉄塊が激しく衝突する中、樹海の奥から響き渡る澄んだ声。
星の聖域を舞台に、譲れぬ意思と執着が激突する緊迫の第五章!
……それから、数年の月日が流れた。
天を覆っていた鉛色の雲は完全に晴れ渡り、かつて「富士」と呼ばれていた山体の膨らみは、その姿を劇的に変貌させていた。
山頂の巨大な噴火口からは、炎ではなく、幻想的な青白いリン光を放つ蒸気が滾々と湧き出ている。
その足元の大地は規則的に膨らみ、沈み込みを繰り返し、まるで巨大な生き物の胸腔のように温かな脈動を周囲へ放射していた。
そこは、眠れる古生龍の「心臓」が最も地表に接近した、地球上で最も尊く、最も危険な聖域。
その膨張する脈動の真上に、ひとりの男が静かに立ち尽くしていた。
彼の名は**「守者」**。
かつて天上界で龍の監視プロトコルを司っていた高位神の無機質な残滓でありながら、神々の崩壊とともに地表の泥へと叩きつけられ、人間の肉体の痛みを知ったことで「神でもなく、人でもない」異形の境界者となった存在である。
守者の全身は、半透明の神特有の皮膚と、地底の泥や硬質な苔が複雑に癒合している。
その手には、龍の骨と自身の光の肉体を練り上げて作った巨大な「有機質の槍」が握られ、穂先からは青い生体電流がバチバチと花火のように弾けていた。
彼には言葉はない。ただ、足元の巨大な心拍と完全に意識を同調させている。
彼の目的はたったひとつ。
言葉と知性を捨て、泥の底で解脱したミナたち「新しい生命」が、安らかに龍の背の上で生き続けられるよう、眠れる龍を刺激するあらゆる「不純物」を排除すること。
「……龍を……起こさせは……しない……」
守者は声にならない声の残滓を喉の奥で潰すと、鋭い視線を目の前の暗い樹海へと向けた。
そこから、不快なガソリンの匂いと、腐敗した肉の臭気を撒き散らしながら「異形の大群」が這い出てきた。
「ドラゴンハンター」。
地上からの刈り取りからも、ミナたちの「無の解脱」からも漏れてしまった、最も醜い人間の生き残りたちであった。
彼らは刈り取りの夜、密閉された核シェルターや地下の兵器プラントに閉じこもり、己の「自我」と「生存への執着」を病的なまでに肥大化させた者たちだ。
彼らは自分たちの肉体を機械と腐肉、そして狩り取った混入者のウロコで補強し、全身を狂気の兵器として鎧っていた。
「ハハハハハッ! 見つけたぞ……! 地底の肉の親玉……『龍の心臓』だぁぁぁっ!!」
ハンターたちの群れを率いる男——かつて人間だった頃の面影を完全に失い、胸に蒸気機関を埋め込んだ巨漢・ゾルが、血走った眼球を剥き出しにして狂笑した。
彼らが背負う巨大な肉断ち包丁や、怪物の骨で補強された旧時代の巨砲の狙いは、地表の亀裂から覗く「龍の心臓筋」であった。
「あの肉を喰えば……あの心臓の血を汲み上げれば、俺たちは神をも超える絶対の生命になれるんだよぉ! 人間の知性を捨てて四つ足の獣に成り下がった豚どもと一緒にされてたまるかぁぁっ!」
ハンターたちが一斉に金属の牙を剥き出しにして咆哮した。
彼らは「人間としてのプライド」という名の恐ろしい呪いに取り憑かれていた。
知性を捨て、泥に塗れて星と一つになったミナたちを「惨めな脱落者」と見下し、世界を再びこの手に収めるという愚かな欲望を捨てきれずにいたのだ。
「消えよ……不純物」
守者が低く呟くと同時に、その身が青い光の軌跡となって跳ねた。
ガキィィィィィン……ッ!!!!
守者の有機槍が、ゾルが振り下ろした黒い肉断ち包丁と激しく衝突する。
強烈な衝撃波が周囲の巨木を一瞬でなぎ倒し、青い生体電流と黒い油のような血が舞い散った。
「ハハッ! 神の残骸が俺たちの邪魔をするなぁっ!」
ハンターたちが四方から群がり、守者の肉体へ黒い毒針と高圧ワイヤーを打ち込んでいく。ワイヤーが肉を削り、半神の血が滴り落ちる。
しかし、守者は苦痛に顔を歪めることすらしない。
彼が護ろうとしているのは、自身の命ではなく、この足元で眠る龍の安らぎであり、言葉を失った世界の平穏だったからだ。
「ゥ……オ……ン……」
その時、樹海の奥から、どこまでも澄み切った低い声が響いた。
四つ足の少女・ミナが、かつて神であった小さな獣たちを従え、静かに姿を現したのだった。




