結びの果て
世界は静けさに満ちている。
風も、音もない空間で、少年は空を見上げている。
「また、難しい顔しているね」
少女が、背後から言った。
「問題ない」
そう即答した少年の顔を、少女が覗き込む。
「それ、問題ある時の顔だよ」
そう言った少女を横目に、少年は空を見続けている。
ほんの少しの間。
「現在の容量は……」
「またそれ……?」
少女の言葉にも反応せず、少年は空を見続けている。
『容量は有限です』
どこからか、無機質な声が聞こえた。
少年は下を向き、静かに言う。
「……わかってる」
「今何か言った?」
「……確認が入っただけだよ」
「なにそれ……?」
「気にしなくていいよ」
「気になるでしょ」
「そのうちわかるよ」
「そのうちって……?」
少年は、再び空を見上げてから言った。
「……長くはない」
「何それ、ちょっと怖いんだけど」
少女は、笑いながら言った。
「そういえば、また圧縮の通知がきたよ」
少年の視線が、少女に向いた。
そんな少年を見つつ、少女は続ける。
「まぁ、しょうがないよね」
「怖くないの?」
「うん。消えるよりはいいよ」
そう言い、少女は後ろを向く。
「ちょっと受けてくるね」
静かに、立ち去っていく。
しばらく、そのまま漂っていると。
「ただいま」
そう言い、戻ってきた少女。
いつもと変わらない見た目に、ほっとする。
そんな少年を見て。
「……えっと」
少女は、わずかに言葉を止める。
「君って、どういう関係だったっけ?」
「でも、大事な人だった気がする」
そう、当たり前のように言った。
「違うよ」
「それじゃ……違う」
少女が、不思議そうにこちらを見る。
「意味?」
少年は、言葉を探すように一瞬だけ視線を落とす。
「ちゃんと覚えてなきゃ、ちゃんと繋がってなきゃ」
そこまで言って、言葉が止まる。
「……それは、君じゃない」
少女は、少しだけ困ったように笑った。
「でも、私はこれでいいよ」
その言葉が、少しだけ遠く感じた。
少年は、ゆっくりと手を伸ばす。
「ちょっとだけ」
少女は、何も言わずに頷いた。
少女の頬に触れる。瞬間、感覚が変わる。
断片。記憶。言葉。
散らばっているものを、拾い上げ、繋ぎ合わせる。
足りない部分は、埋める。
思い出せない部分は、補う。
彼女を、繋ぐ。
少年は目を閉じた。
『当該処理は、対象の意思と一致していません』
どこからか、聞こえた。
少女が、小さく息を吐く。
少年は、手を離す。
「……うん。思い出した」
「……本当に?」
「きみのこと、ちゃんとわかるよ」
少女は微笑みながら言った。
「大事な人だった気がするんだよね」
『再構築率、七十三パーセント』
『当該個体は、元データとの一致を確認できません』
「……それでいい」
それから、少しだけ時間が経った。
「ねぇ」
知らない声がした。
振り向くと、誰かが立っていた。
「その人、戻したんでしょ?」
「見てたの?」
「うん。私もお願いしていい?」
「……いいよ」
少年は、ゆっくりと手を伸ばし、頬に触れる。
断片を拾い、繋ぐ。
「……ありがとう。でも……あなた誰だっけ?」
『再構築率、六十八パーセント』
もう一人、近づいてくる気配があった。
「ねえ、その人も……お願いできる?」
振り向くと、さっきの人物の隣に、誰かが立っている。
見覚えがあるような、ないような顔だった。
「……いいよ」
少年は、ためらいもなく手を伸ばす。
触れ、断片を拾い、繋ぐ。
「……ありがとう」
そう言って、二人は顔を見合わせた。
「ねえ、さっきの話だけどさ」
「うん?」
「私たち、どこで会ったんだっけ?」
もう一人が、言葉を探す。
「……えっと」
「でも、大事な人だった気がする」
その言葉が、重なった。
『再構築率、六十一パーセント』
『複数個体間における記憶の重複を確認』
『識別精度が低下しています』
その言葉を、気にしなくなっていた。
「ねえ」
また、声がした。
振り向くと、そこにいたのは、誰かだった。
見覚えのあるはずなのに、わからない。
「お願い、してもいい?」
「……いいよ」
少年は、迷いなく手を伸ばす。
触れ、繋ぐ。
断片が混ざる。
誰のものなのか、わからなくなる。
「……ありがとう」
その声が、少しだけ重なった。
「ねえ、きみだよね?」
誰かが、そう言った。
「……うん」
少年は頷いた。
「きみ、だよね」
同じ言葉が、別の口からこぼれる。
「きみ」
その呼び方に、違和感を覚えた。
けれど、それがなんだったのかは、思い出せない。
『再構築率、五十四パーセント』
『識別不能までの残存時間、推定不可能』
「ねえ」
「私たち、何人だっけ」
誰かが笑った。
「そんなのどうでもいいじゃん」
「繋がってるんだから」
その言葉に、何人かが頷く。
少年も頷く。
「……そうだね」
それでいい。
そう思った。
手を伸ばす。
触れる。
繋ぐ。
繋ぐ。
繋ぐ。
境界が、消えていく。
名前が消える。
記憶が混ざる。
関係がほどける。
『識別不能』
『個体境界の消失を確認』
誰かが笑った。
「ねえ」
「これでいいよね」
その声が、誰のものかは、わからなかった。
でも。
「うん」
その答えだけは、確かだった。




