表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

三人目の観測者

事故の衝撃音が、夜の住宅街に長く残っていた。


ドンッ!!


黒い車は電柱に突っ込んだまま動かない。


フロントガラスは砕け、ボンネットから白い煙が上がっている。


公園の入口では悲鳴が広がり、さっきまで封筒を奪い合っていた男と女も呆然としていた。


だが。


神谷悠斗の意識は、事故ではなく、地面に落ちた紙へ向いていた。


風にめくれた裏面。


そこに書かれていた一文。


『観測者が三人そろった時、次の段階へ移行する』


玲奈も同じ紙を見つめている。


そして、制服姿の高校生は、その文面を見ても驚いた様子を見せなかった。


まるで。


最初から知っていたかのように。


「……お前」


悠斗は高校生を睨んだ。


「これを知ってたのか」


高校生はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「正確には、予想してた」


「ここまで早いとは思ってなかったけどな」


玲奈が一歩前に出る。


「あなたもループを知ってるんですね」


高校生はうなずいた。


「知ってる」


短い返答だった。


だがその声には迷いがない。


「俺は九条蒼真」


「高二」


「お前らよりたぶん年下だ」


悠斗は眉をひそめる。


こんな状況で年齢紹介をされても困る。


だが蒼真は真面目な顔のまま続けた。


「俺はたぶん、お前らより長くここにいる」


玲奈が聞き返す。


「何回目ですか」


蒼真は公園の地面に散らばった紙を見たまま答えた。


「十四回目」


沈黙が落ちた。


悠斗は思わず声を失う。


玲奈も目を見開いている。


十四回。


それはもう、偶然気づいた程度の回数じゃない。


「……そんなに」


悠斗がようやく絞り出すと、蒼真は皮肉っぽく笑った。


「最初の何回かは、事故を止めようとして終わった」


「その後は調べる方に切り替えた」


玲奈が警戒を解かないまま言う。


「だったら、もっと早く私たちに接触できたはずです」


蒼真は首を振った。


「無理だ」


「観測者同士は、気づくまで認識しにくい」


「いや、正確には」


少し考えるように間を置いて。


「気づいた相手にしか、違和感として残らない」


悠斗は理解しきれず顔をしかめた。


「なんだそれ」


「俺も最初は、お前らのことをただの通行人だと思ってた」


蒼真はそう言った。


「でも昼の交差点で、お前らが貼り紙を見てた」


「それで分かった」


「ループを意識してる奴の動きは、普通の人間と違う」


事故現場の方から、また悲鳴が上がる。


誰かが救急車を呼んでいるらしい。


だが三人は、そちらを見ようともしなかった。


今ここで重要なのは、事故そのものではない。


その直前、公園で起きたことだ。


玲奈が落ちた封筒を拾い上げる。


中身はもう空だった。


奪われたのか、散ったのか、全部は残っていない。


だが地面にはまだ数枚の紙が落ちている。


悠斗はしゃがみ込み、その一枚を手に取った。


事故現場の地図。


道路の幅、電柱の位置、交差点からの距離。


細かすぎる。


偶然作れるような図面じゃない。


さらに別の一枚には、時刻が並んでいた。


20:55 対象通過

21:00 受け渡し

21:12 接触確認


「……対象?」


悠斗が呟くと、蒼真が答えた。


「たぶん黒い車の運転手だ」


玲奈がすぐに続ける。


「じゃあ、あの事故はやっぱり偶然じゃない」


蒼真はうなずいた。


「そうだ」


「少なくとも、誰かがあの車をあの時間にあそこへ通らせようとしてる」


悠斗は紙を握る手に力を入れた。


「でも、なんのために?」


蒼真は即答しなかった。


代わりに、公園の奥へ視線を向けた。


さっきパーカーの人物が逃げていった暗がり。


木々の向こうはもう真っ黒で、何も見えない。


「それを俺も探ってる」


「ただ一つ言えるのは」


蒼真は低い声で言った。


「事故は目的じゃない」


「観測者を増やすための仕掛けだ」


その言葉に、悠斗の背筋が冷たくなる。


「……増やす?」


玲奈が先に反応した。


「観測者って、私たちのことですよね」


「そうだ」


蒼真は地面の紙を見下ろした。


『観測者が三人そろった時、次の段階へ移行する』


「つまりこのループは、閉じ込めること自体が目的じゃない」


「気づく人間を、一定数そろえるために動いてる」


悠斗はわけが分からなくなってきた。


「誰がそんなことするんだよ」


「それに、なんで俺たちなんだ」


蒼真は首を振る。


「そこまではまだ知らない」


「でも、候補はある」


玲奈がすぐに聞く。


「候補?」


蒼真は少しだけ迷ったように見えた。


だが結局、口を開く。


「この町には、ループしてない場所がある」


悠斗と玲奈が同時に顔を上げる。


「……は?」


「完全に同じ一日を繰り返してるわけじゃない場所が、一か所だけあるんだ」


蒼真はそう言った。


「俺はそこを見つけた」


「ただ、まだ確証が持てない」


悠斗はすぐに問い返す。


「どこだ」


蒼真は答えようとした。


その時だった。


公園の外れから、ガサッと草を踏む音がした。


三人とも一斉に振り向く。


暗闇の向こうに、人影があった。


パーカー姿ではない。


もっと背が低い。


小柄な影。


それは木の陰からこちらを見ていた。


顔は見えない。


だが。


はっきりと分かった。


見ている。


こちらを。


玲奈が小さく息を呑む。


「……誰」


影は答えない。


街灯の届かない場所で、ただじっと立っている。


蒼真の表情が変わった。


さっきまで落ち着いていたのに、今は露骨に警戒している。


「下がれ」


低い声だった。


悠斗は驚く。


「知ってるのか?」


蒼真は目を離さないまま言う。


「顔を見せるな」


「目を合わせるな」


その言い方に、悠斗の全身が粟立つ。


だがもう遅かった。


影が一歩、前に出る。


街灯の明かりが、少しだけその輪郭を照らした。


小学生くらいの女の子だった。


白いワンピース。


長い髪。


靴を履いていない裸足の足が、土の上に白く浮いて見える。


そして。


その子は笑っていた。


声もなく。


ただ、嬉しそうに。


玲奈が後ずさる。


「……誰なの」


蒼真が、はっきりと言った。


「見るな!」


その瞬間。


女の子の姿が、ふっと消えた。


消えた、というより。


闇に溶けた。


さっきまでそこにいたはずなのに、もういない。


風だけが木々を揺らしている。


悠斗は心臓がうるさいほど鳴っているのを感じた。


「……今の、何だよ」


蒼真はしばらく何も答えなかった。


やがて、ようやく口を開く。


「俺が見つけた、ループしてない場所」


「たぶん、あいつに繋がってる」


玲奈が震える声で言う。


「まさか……人間じゃないってことですか」


蒼真は即答しない。


それが、かえって怖かった。


事故現場の方では、救急車のサイレンが近づいてくる音がする。


いつも通りの21時12分の結末。


なのに今夜は、何かが決定的に違っていた。


事故の前に、公園で受け渡しがあったこと。


図面に「対象」と書かれていたこと。


観測者が三人そろったこと。


そして。


あの女の子が現れたこと。


蒼真は低く言った。


「今日の情報はここまでだ」


「次の朝になったら、駅前の時計台に来い」


「そこで全部整理する」


悠斗はすぐに反発した。


「待てよ、今のを見た後で帰れってのか」


蒼真は鋭く言い返す。


「今は無理だ」


「ここから先は、夜に動く方が危険なんだよ」


玲奈もまだ混乱している様子だったが、やがて小さくうなずいた。


「……分かりました」


蒼真は最後に、暗がりをもう一度だけ見た。


「気をつけろ」


「次の段階っていうのが始まるなら」


「明日からは、今までと同じじゃない」


その言葉だけ残して、蒼真は自転車の方へ向かった。


悠斗と玲奈は、その背中を黙って見送る。


二人きりになった公園は、さっきまでよりずっと広く、冷たく感じられた。


悠斗は手の中の紙を見た。


『観測者が三人そろった時、次の段階へ移行する』


もう後戻りはできない。


このループは、秘密を隠しているだけじゃない。


こちらが気づくのを、待っていた。


そしてたぶん。


あの女の子もまた、ずっとこちらを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ