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午後9時の公園

神谷悠斗と佐倉玲奈は、夜の公園を見渡していた。


時刻は20時48分。


事故が起きるまで、あと二十分あまり。


昼間は子どもたちの声で賑わっていた小さな公園も、夜になると別の場所のように見える。


街灯はあるが、木の影が濃い。


ブランコは風もないのに、わずかに揺れていた。


「……誰もいないな」


悠斗が低く言う。


玲奈はベンチの横に立ったまま、公園の入口を見ていた。


「今のところは」


二人はできるだけ目立たないよう、公園の外れにある自動販売機の陰に身を寄せていた。


ここならバス停も、公園の入口も、交差点も見える。


事故の車が来る道も確認できる。


「もし本当に運転手がここを見ていたなら」


悠斗は道路の方を見ながら言った。


「この公園で何か起きるはずだ」


玲奈は小さくうなずく。


「それか、ここに誰かが来るか」


夜の空気は妙にぬるかった。


虫の声だけがやけに大きく聞こえる。


悠斗はスマホの画面を見る。


20時53分。


あと十九分。


時間の進み方が遅く感じる。


「神谷さん」


玲奈が小声で言った。


「昼に見た貼り紙、まだありますか」


悠斗は掲示板へ目をやる。


街灯に照らされたその場所には、昼間見た紙がそのまま貼られていた。


『7月14日 午後9時 公園利用禁止』


白い紙が、夜の中でやけに目立つ。


「あるな」


「誰も剥がしてない」


玲奈はしばらく無言だったが、やがて呟いた。


「変ですね」


「本当に町内会の貼り紙なら、もっとちゃんとした文面のはずです」


「理由も書いてないし、公園利用禁止なんて言い方も雑すぎる」


悠斗も同じことを思っていた。


子どもの立ち入り禁止ならまだ分かる。


清掃や工事の予定ならなおさらだ。


だがこれは、ただ「午後9時」とだけ書かれている。


まるで。


その時間にだけ、誰かを公園から遠ざけたいみたいに。


その時だった。


「……来た」


玲奈の声が鋭くなる。


公園の入口に、一人の男が現れた。


四十代くらい。


黒い帽子を深く被り、手にはコンビニ袋を提げている。


スーツ姿ではないが、会社帰りのようにも見えた。


男は公園の中に入ると、まっすぐベンチへ向かった。


そして腰を下ろす。


悠斗は眉をひそめた。


「貼り紙、見えてるよな」


「見えてるはずです」


玲奈も不審そうに男を見ている。


禁止の貼り紙があるのに、男は気にした様子もない。


ただベンチに座り、スマホを見ていた。


20時56分。


男は何かを待っているようにも見える。


「……あの人か?」


悠斗が言うと、玲奈は首を振った。


「分かりません」


「でも、普通じゃないです」


男は一度、周囲を見回した。


その視線に、悠斗は息を止める。


探している。


そんな目だった。


誰かが来るのを待っているような。


あるいは、誰かが来ないことを確認しているような。


20時58分。


公園の入口に、もう一つ影が差した。


今度は若い女だった。


大学生くらいに見える。


白いワンピースにカーディガンを羽織り、小さなバッグを肩にかけている。


女は公園に入ると、ベンチの男に近づいた。


男が立ち上がる。


二人は言葉を交わしたが、ここからでは聞こえない。


「知り合いか……?」


悠斗が呟く。


玲奈は目を細める。


「待ち合わせに見えます」


女はどこか落ち着かない様子だった。


腕を組み、何度も周囲を見ている。


男の方は逆に冷静すぎる。


その場の空気が、夜の公園にまったく馴染んでいなかった。


20時59分。


悠斗は決めた。


「近づこう」


玲奈はすぐにうなずく。


二人が自販機の陰から出ようとした、その瞬間だった。


公園の外、道路脇から声が飛んだ。


「おい!」


男でも女でもない。


若い、鋭い声。


二人が振り向く。


昼間、自転車でこちらを見ていた制服姿の高校生が立っていた。


自転車を降りたまま、険しい顔でこちらを見ている。


「あんたら、そこから動くな!」


唐突な言葉に、悠斗は立ち止まった。


「は?」


高校生は息を切らしながら、公園の方を見た。


その目は焦っている。


「今、あそこに近づいたら駄目だ」


玲奈が警戒した声で聞く。


「どうしてですか」


高校生は舌打ちした。


「説明してる時間がない」


「もうすぐ始まる」


その一言で、空気が凍る。


悠斗は公園を見る。


ベンチの男が、女に何かを差し出していた。


小さな封筒のように見えた。


女はそれを受け取ろうとして――止まる。


そして次の瞬間。


公園の奥の暗がりから、別の人影が飛び出した。


黒いパーカー姿。


顔までは見えない。


だが、その動きは速かった。


「危ない!」


悠斗が叫ぶ。


パーカーの人物は女の腕を掴み、封筒を奪い取った。


女が悲鳴を上げる。


男が咄嗟に追いすがる。


もみ合い。


封筒が地面に落ちる。


中から紙が何枚か散った。


その一枚が、街灯の下へ滑っていく。


悠斗はその紙に目を奪われた。


そこに印刷されていたのは――


事故現場の地図だった。


電柱の位置まで、赤い印がついた詳細な図面。


「……なんだ、あれ」


玲奈も息を呑む。


その時。


高校生が低く言った。


「間に合わなかったか」


次の瞬間、公園の外の道路にヘッドライトが差し込む。


黒い車だった。


時刻は、21時11分。


事故の一分前。


悠斗の鼓動が一気に速くなる。


黒い車は交差点へ差しかかる。


そして確かに、公園の方を見た。


運転手の顔が、一瞬だけ街灯に照らされる。


昨日と同じ男だ。


だが、今回は見えた。


男は驚いていた。


公園で起きていることを見て、明らかに動揺している。


そして。


ハンドルがぶれた。


車体が揺れる。


キィィィィ!!


急ブレーキ。


タイヤの悲鳴。


黒い車は蛇行し、そのまま電柱へ――


ドンッ!!


事故が起きた。


衝撃音が夜を裂く。


悲鳴が上がる。


公園の中の男も女も、パーカーの人物も、一瞬で動きを止めた。


だが。


パーカーの人物だけが、すぐに走り出した。


暗がりへ逃げる。


「待て!」


悠斗は反射的に追おうとした。


しかしその腕を、高校生が掴んだ。


「追うな!」


「今追っても無駄だ!」


悠斗は振り払おうとして、高校生の目を見る。


その目には、焦りよりも確信があった。


まるで。


この展開を知っていたかのように。


玲奈が震える声で言った。


「あなた……何者なんですか」


高校生は事故現場を見たまま答える。


「その質問は後だ」


そして、ゆっくり悠斗たちの方を向いた。


「まず確認する」


「お前たちも、今日を繰り返してるんだろ」


悠斗も玲奈も、言葉を失った。


やはり。


この町でループを知っているのは、自分たちだけではなかった。


そして高校生は、まるで最悪の事実を告げるように言った。


「これで三人目だ」


「でも、たぶんもう遅い」


悠斗の喉がひくりと鳴る。


「……何が」


高校生は事故現場ではなく、公園の地面を見ていた。


そこに落ちたままの、あの地図。


赤い印のついた事故現場の図面。


「事故は結果じゃない」


「これは、合図なんだ」


夜の空気が、一気に冷たくなった気がした。


悠斗はその意味を理解できないまま、公園の地面に散らばった紙を見つめる。


その中の一枚が風でめくれた。


裏面には、たった一行だけ文字が書かれていた。


『観測者が三人そろった時、次の段階へ移行する』


悠斗は息を止めた。


玲奈も、高校生も、その文字を見ていた。


このループは、ただ閉じ込められているだけじゃない。


何かが進んでいる。


しかも、自分たちの存在を条件にして。

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