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四番目ではない者

神谷悠斗は、その場でスマホを握りしめた。


表示されているメッセージは、一行だけ。


『四番目は もともとあなたではありません』


送り主の名前はない。


電話番号も表示されていない。


ただ、白い画面にその文字だけが浮かんでいる。


「……何だよ、これ」


心臓が嫌な速さで脈打つ。


玲奈の過去に旧水上病院との接点があったこと。


しかも母親の記憶が曖昧になっていること。


それだけでも十分不気味だったのに、その直後に届いた謎のメッセージ。


偶然で片づけられるはずがない。


悠斗はすぐに玲奈へ返信を打とうとして、手を止めた。


何を送るべきか分からない。


“やっぱり病院に行ったことがあるらしい”


それだけでも重いのに、今のメッセージまで加えたら、余計に玲奈を追い詰めるかもしれない。


だが、黙っているのも違う。


迷った末に、短く打った。


『今公園の掲示板に変な紙が貼られてた あと不審なメッセージが来た 18時に合流したら見せる』


送信。


既読はつかない。


そもそも、この町のループの中でスマホのやり取りがどこまで信用できるのかも分からない。


悠斗は深く息を吐いた。


まずは自分のやるべきことだ。


公園周辺。


昨夜、あの男女とパーカー姿の人物が現れた場所。


受け渡しの意味。


事故との接点。


それを追う。


悠斗は掲示板をもう一度見た。


『さがしものは もうみつかった?』


赤い字は雑に見えるのに、妙に視線を引く。


まるで貼り紙ではなく、直接語りかけられているみたいだった。


悠斗はその場を離れ、公園の周囲を歩き始めた。


昼間の住宅街は平和そのものだ。


小さなクリーニング店。


交差点の角の自販機。


通学路。


何もかもが普通すぎる。


昨夜ここで封筒の受け渡しと強奪があったなんて、信じられないほどに。


まずはベンチ周辺を見る。


地面には何も落ちていない。


当然だ。


ループしているなら、夜の痕跡は昼には残らない。


だが、悠斗は昨夜の位置関係を頭の中で再現した。


男はベンチに座っていた。


女が公園に入り、男に近づく。


封筒を受け渡そうとする。


そこへパーカー姿の人物が飛び出し、封筒を奪った。


その時、地面に落ちた紙の一枚が、事故現場の地図だった。


「……なら」


封筒の中身は、全部地図か?


あるいは計画書の類。


事故現場の情報を、誰かに渡そうとしていた。


でも、誰のために。


悠斗は交差点に立ち、車が通る道を見る。


昨夜、黒い車はここを通過した。


玲奈の話では、20時55分ごろに一度ここを普通に通る。


つまり公園の受け渡しは、その車の通過を見越して組まれている。


「対象通過……接触確認……」


接触確認という言葉が引っかかる。


事故そのものではなく、接触。


車が誰かと接触するのか。


それとも視線、意識、何か別の意味での“接触”か。


その時だった。


「神谷くん?」


後ろから声をかけられ、悠斗は肩を揺らした。


振り向く。


そこにいたのは、大学の同級生の森下優だった。


ショートカットの女子学生で、講義で何度か話したことがある。


「うわ、びっくりした……」


「こっちの台詞なんだけど」


森下は不思議そうな顔をする。


「今日、大学行ってないよね?」


悠斗は一瞬返答に詰まる。


ループのことを知らない人間との会話は、逆に難しい。


「あー……ちょっと用事で」


「ふーん」


森下は納得したような、していないような顔で悠斗を見た。


「この辺住んでたっけ?」


「まあ、近く」


適当にごまかす。


だが森下は帰ろうとしなかった。


視線を公園へ向ける。


「あの公園、昨日も夜に警察来てたよね」


悠斗の心臓が一瞬止まりかけた。


「……え?」


森下は首をかしげる。


「ほら、昨日うち帰る時にさ」


「救急車の音してたじゃん」


「事故かなーって思ったんだけど、朝には何もなかったから夢かと思ってた」


悠斗は言葉を失う。


玲奈も蒼真も言っていた。


住民はループに気づいていない、と。


だが今の森下の反応は、完全に初耳ではない。


少なくとも、“昨夜何かあった”という曖昧な感触を持っている。


「……夢、じゃないと思うのか」


「うーん」


森下は少し考える。


「なんか変なんだよね」


「思い出せそうで思い出せない感じ」


「それに」


言いながら、公園の入口を見る。


「私、昨日ここで、誰か見た気がするんだよね」


悠斗の喉がひりつく。


「誰を」


森下は眉を寄せる。


「白い服の子」


その瞬間、背中に冷たいものが走った。


「でも小さい子だった気がするし、この時間にいるわけないし」


「気のせいかな」


森下は軽く笑って言う。


だが悠斗は笑えなかった。


住民は完全に無自覚だと思っていた。


なのに森下は、事故の夜の断片を持っている。


白いワンピースの女の子まで。


「……森下」


「ん?」


悠斗は迷った。


聞くべきかどうか。


だが、もう引き返せない気がした。


「最近、変な夢とか見ないか」


森下は驚いたように目を瞬く。


「何それ、急に」


「いいから」


森下は少しだけ真面目な顔になった。


「……見た」


「何回か」


「病院みたいな場所で、誰かに名前呼ばれる夢」


悠斗は全身が強張る。


「名前?」


「うん」


森下は言った。


「“ゆう”って」


悠斗は反射的に言う。


「優、ってお前の名前だろ」


「そうなんだけど」


森下は首を振る。


「違う感じだった」


「私じゃなくて、別の“ゆう”を呼んでるみたいな」


その言い方が妙に引っかかった。


別の“ゆう”。


神谷悠斗の“悠”。


あり得ないと思いたいのに、今の状況では何一つ否定できない。


「……そっか」


悠斗はそれ以上追及できなかった。


森下はまたいつもの調子に戻る。


「なに、神谷くんも変な夢見るの?」


「まあ、ちょっと」


「じゃあお互い疲れてるんじゃない? 夏だし」


軽い調子でそう言って、森下は手を振った。


「また大学でね」


去っていく背中を、悠斗はしばらく見ていた。


頭の中がまとまらない。


森下が観測者かどうかは分からない。


でも少なくとも、ループの外側にある何かの影響は受けている。


完全に無関係な住民ではない。


そして。


“ゆう”という呼びかけ。


あれは偶然か?


それとも、四人目に関わる別の候補なのか。


悠斗はスマホを取り出した。


今のことはすぐ共有した方がいい。


グループ通話なんて気の利いたものはないが、玲奈と蒼真に個別で送る。


『住民も断片的に覚えてる可能性がある 大学の知り合いが昨夜の事故っぽいものと白い子を夢みたいに覚えてた あと病院で名前呼ばれる夢も見てるらしい』


送信。


今度はすぐ、蒼真から返信が来た。


『やっぱり広がってる』


短い一文。


それだけなのに、重かった。


広がっている。


何が?


観測者の兆候か。


ループの影響か。


それとも、“四人目”の候補が。


そのまま蒼真からもう一通届く。


『水上総合病院の元院長 水上健吾 娘が一人いた記録あり 名前は澪 死亡記録は見つからない』


悠斗は目を見開いた。


死亡記録がない。


つまり水上澪は、病院にいた少女ではあるが、死んだとは限らない。


白いワンピースの女の子が本当に水上澪なのかどうか、その前提すら揺らぐ。


玲奈からも、少し遅れて返信が来た。


『母が思い出したと言っています 病院で私が誰かと間違えられたことがあるそうです』


悠斗の呼吸が止まりかける。


続きが送られてくる。


『知らない女の子に“みおちゃん”と呼ばれて、私が泣いたらしいです』


公園の真ん中で、悠斗は立ち尽くした。


みおちゃん。


玲奈が。


つまり。


玲奈は昔、旧水上病院で、水上澪と間違えられたことがある。


あるいは。


“間違えられた”のではなく、“代わりにされた”のだとしたら。


その時、また知らない番号からメッセージが届いた。


『きょうは いれかわるひです』


悠斗は無意識に後ずさる。


画面の文字を見つめる。


いれかわる。


入れ替わる。


四人目。


“もともとあなたではありません”。


全部が一つの方向を指し始めていた。


誰かが、本来の四人目ではなかった人間を、正しい位置に戻そうとしている。


あるいは。


正しい四人目を、別の人間に入れ替えようとしている。


悠斗は唇を噛んだ。


午後六時までまだ時間はある。


だが、今夜まで待っている余裕が本当にあるのか。


その時、公園のベンチの下で何かが光った。


視線を落とす。


小さな金属片。


拾い上げる。


それは、古びた鍵だった。


病院のロッカーのような細い鍵。


タグがついていて、そこには薄く番号が刻まれている。


『4』


悠斗の背中を、ぞくりと悪寒が走った。


そしてタグの裏には、さらに小さく文字が刻まれていた。


『MIZUKAMI』

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