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四番目の名前

川辺の風が、やけに冷たく感じられた。


神谷悠斗の手の中には、小さな星型のシール。


その裏に、鉛筆で震えるような字が書かれている。


『れいな 4ばんめ』


佐倉玲奈は、その文字を見たまま動かなかった。


顔色がはっきり変わっている。


「……私の名前」


かすれた声だった。


悠斗は慌てて言う。


「いや、同じ名前の別人って可能性も――」


「このタイミングで?」


蒼真が低く遮った。


その一言で、苦しい沈黙が落ちる。


確かに出来すぎていた。


旧水上病院の305号室。


水上澪の名札。


『次は四人目』


そして脱出直前に見つけた『4人目を入れるな』というメモ。


その流れで出てきたのが、玲奈の名前。


偶然で片づけるには、あまりに悪すぎる。


玲奈はシールを受け取った。


指先が少し震えている。


「……“四番目”って何なんでしょう」


蒼真はすぐには答えなかった。


代わりに、シールの字をじっと見ている。


「筆跡が子どもっぽい」


「でも、わざとそう書いてる可能性もある」


悠斗は苛立ちを抑えきれない。


「どっちでもいいだろ」


「問題は、なんで玲奈の名前が病院にあったかだ」


玲奈はしばらく俯いていたが、やがて顔を上げた。


「……私、あの病院に行ったことはないです」


「少なくとも覚えてる限りでは」


蒼真が聞く。


「家族は?」


「ないと思います」


玲奈は首を振る。


「小さい頃に入院した記憶もないし、親から聞いたこともありません」


悠斗はシールを見つめた。


「でも、名前だけじゃなくて“4ばんめ”って書いてある」


「まるで最初から決まってたみたいじゃないか」


その言葉に、玲奈の肩が小さく揺れた。


言ったあとで悠斗は少し後悔したが、もう遅い。


蒼真が空気を切り替えるように言う。


「今は感情より整理だ」


「まず事実を並べる」


玲奈は黙ってうなずいた。


蒼真は指を折りながら話し始める。


「一つ。病院には“次は四人目”という紙があった」


「二つ。別の場所には“4人目を入れるな”というメモがあった」


「三つ。305号室にあったシールには“れいな 4ばんめ”と書かれていた」


「四つ」


蒼真の目が玲奈へ向く。


「白い女の子は、昨日から明らかに玲奈を見る時間が長い」


玲奈が息を止めた。


悠斗も思い返す。


駅前でも、病院でも、あの存在は三人全員を見ていた。


だが確かに、最後に視線が止まるのは玲奈だった気がする。


「……なんで今言うんだよ」


悠斗が言うと、蒼真は淡々と返す。


「確証がなかったからだ」


「でも病院のシールが出た以上、もう無視できない」


玲奈は唇を噛み、少しだけ俯く。


「私が……四人目になる予定だった?」


「候補、かもしれない」


蒼真は言い方を選んだ。


「まだ決定じゃない」


悠斗はすぐに言う。


「なる予定だったなら、ならないようにすればいい」


「“入れるな”ってメモが正しいなら、止める方法があるはずだ」


玲奈がゆっくり顔を上げる。


「でも逆に考えたら」


その目は、不安だけじゃなく妙な覚悟も帯びていた。


「私が四人目になること自体に、意味があるのかもしれません」


「やめろ」


悠斗は強く言った。


「そういうのは後だ」


「意味があるかもしれないから飛び込む、は最悪のパターンだろ」


玲奈は何も言い返さなかった。


だが納得した顔でもない。


蒼真が二人の間に入るように話を戻す。


「今夜、公園で確認することが増えた」


「受け渡しの中身」


「事故の“接触確認”の意味」


「それと」


蒼真は玲奈を見る。


「白いのが、玲奈をどう扱うか」


風が止んだ。


川の流れる音だけがやけに大きく聞こえる。


玲奈はシールを握りしめたまま、小さく言った。


「……私、今夜も行きます」


悠斗はすぐに反論しかけた。


だが玲奈の表情を見て、言葉が詰まる。


怖がっていないわけではない。


むしろかなり怖いはずだ。


それでも、逃げるつもりはないらしい。


蒼真は短くうなずいた。


「行くしかない」


「ただし、一人にはならないこと」


「それと、もし白いのが接触してきても」


そこまで言って、少しだけ言葉を選ぶ。


「返事をするな」


悠斗が眉をひそめる。


「返事?」


「前に見た観測者が消えた時」


蒼真の声が低くなる。


「最後に、何かに返事してた」


玲奈の顔色がさらに悪くなった。


「何を言われたんですか」


「聞こえなかった」


蒼真は首を振る。


「でも、そいつは誰もいない場所に向かって“はい”って言った」


「その次のループで、全部忘れてた」


悠斗の背中に冷たい汗が流れる。


返事をするな。


それはつまり、向こうからの呼びかけ自体が罠かもしれないということだ。


玲奈はシールを見つめたまま呟いた。


「……名前を知ってるのも、そのためでしょうか」


誰かの名前を呼ぶ。


返事を引き出す。


あり得る話だった。


あまりに悪趣味だが、今さらこのループに品の良さなど期待できない。


蒼真が時計を見る。


「まだ時間はある」


「夕方まで別行動にする」


悠斗は不満そうに言う。


「別行動?」


「情報集めだ」


蒼真は即答した。


「俺は病院の院長、水上のことを調べる」


「神谷、お前は公園の周辺」


「受け渡しに関わってた男女の足取りを追え」


「佐倉は――」


そこで一瞬止まる。


玲奈自身が先に言った。


「私は自分のことを調べます」


二人が玲奈を見る。


玲奈はもう震えていなかった。


「家族に聞きます」


「病院との接点が本当にないのか」


「小さい頃に何かあったのか」


「今まで知らされてないだけかもしれない」


悠斗は少し迷ったあと、うなずく。


それが一番自然だった。


蒼真も反対はしない。


「分かった」


「でも深追いはするな」


「家族の反応が変だったら、それも手がかりだ」


三人は一度解散することになった。


駅前で再集合するのは午後六時。


そこから夜の公園へ向かう。


別れる前に、玲奈がふと悠斗を呼び止めた。


「神谷さん」


「ん?」


玲奈は少しだけためらってから言う。


「もし……私が変なことを言い出したら」


「すぐ止めてください」


悠斗は眉を寄せる。


「変なことって」


「例えば、“大丈夫だから一人で行く”とか」


「“呼ばれた気がする”とか」


玲奈は無理に笑うように言った。


「そういうことを言い出したら、たぶん危ないです」


悠斗は即答した。


「止める」


「絶対に一人にしない」


玲奈はわずかに目を伏せて、「ありがとうございます」とだけ言った。


そのまま三人は別方向へ歩き出す。


悠斗は駅前へ戻る道を進みながら、ずっとさっきのシールのことを考えていた。


『れいな 4ばんめ』


名前が先に書かれている。


まるで選ばれていたみたいに。


だが本当にそうなのか。


それとも誰かが、玲奈を四人目に仕立てようとしているだけなのか。


その答えはまだ出ない。


駅前へ戻る途中、悠斗は公園近くの交差点で足を止めた。


昼間の公園は普通だった。


子どもが二人、すべり台の前で遊んでいる。


母親らしき女性がベンチでスマホを見ている。


昨夜の受け渡しも、事故も、全部が嘘みたいな光景だ。


だが。


掲示板の前に立った瞬間、悠斗は息を止めた。


昨日まで貼られていた『7月14日 午後9時 公園利用禁止』の紙がなくなっている。


代わりに、別の紙が一枚貼られていた。


白いコピー用紙。


赤いペンで、たった一文。


『さがしものは もうみつかった?』


悠斗の喉がひりつく。


誰に向けた言葉か、考えるまでもなかった。


玲奈。


四人目。


呼びかけ。


全部がつながっている。


その時、背後でスマホの通知音が鳴った。


玲奈からだった。


メッセージは短い。


『母に聞いたら、私が小さい頃に一度だけ川沿いの病院に行ったことがあるそうです』


悠斗の心臓が強く打つ。


続きが表示される。


『でも、その日のことだけ、母がうまく思い出せないと言っています』


夏の昼間なのに、手の先が冷たくなった。


病院との接点はあった。


しかも、家族の記憶まで曖昧になっている。


このループは、今の7月14日だけじゃない。


もっと前から。


もっと深いところから、玲奈に触れていたのかもしれない。


悠斗はすぐに返信を打とうとした。


だがその前に、もう一通メッセージが届く。


送り主は、表示されていない。


電話番号も、名前もない。


本文は一行だけだった。


『四番目は もともとあなたではありません』

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