07
「えー、あぁ、貴方が沢田 宏さん?僕は貴方の担当の者です。よろしくお願いします。」
「よ、よろしくお願いします。」
翌日、俺はブルータル地区の西側出入口近くの倉庫にいた。
お金を貸してくれた男ではなく、少し若めのこの男が担当者らしい。
「で、すぐに本題で申し訳ないのですが返済して頂いても宜しいですか?」
案内された倉庫内にあるソファに腰をかけると、向かいのソファに腰をかけた男がにこやかに話し始めた。
「そ、それが……。」
「全額返済予定だ、とウチのボスから聞いております。」
男は笑顔を崩さない。
「その……少し言い難───」
「颯さん、変なおっさんが呼んでる……って接客中だった?!」
俺の言葉を遮るまた若い別の男は俺にペコリと頭を下げた。
「あー、アイツか。
向かいの倉庫で待たせておいて。すぐに行くよ。」
向かいに座る男、颯が少し怠そうに答えると、若い男は「はーい」と気の抜けた返事をして扉を閉めた。
「お話の途中ですみません。」
颯は再びにこやかに声を掛けてきた。
とても言い出しにくい。
言葉を詰まらせいつまでも財布から中身を出さない俺を見て、徐々に苛立ち始めているのが足を見て直ぐにわかった。
「あの、沢田さん。申し訳ないのですが僕もあまり時間が無くて。」
変わらずにこやかに話してくるのが余計に恐怖心を煽った。
「……すみません、全額用意出来ませんでした。」
なんとか振り絞り出した声は、自分でも分かるほどか細く震えていた。
シンと静まり返った空間にゴクリと唾を飲み込む音が響く。
颯の足の動きが止まる。
「沢田さん」と名前を呼ばれたので恐る恐る顔を上げると、先程までいたにこやかな颯では無く、とても冷たい瞳で自分を見つめる颯と目が合う。
「全額返済するって自分で言ったんだろ?最初から約束破るってどういう事だよ?」
声色が変わった。
「す、すみません!」
俺は謝りながら慌てて二万五千円を財布から取り出した。
颯は俺から二万五千円を取り上げるとどこかへ電話をかけ始める。
「お疲れ様ですレイさん。頼まれてた男……そうです、沢田です。
全額返済出来ませんでした。
……はい。……いえ、利子分だけ持ってきていて、はい、はい、分かりました。お待ちしてます。」
相手の声は聞こえなかったが、レイと呼ばれる男が前の男で、今からここに来るのだということがすぐに分かった。
颯は俺から取り上げた金を黒いポーチに入れると黙ったまま扉の方を眺めていた。
そして、10分ほど経つと扉が開く音と共に颯が立ち上がる。
「すまんすまん、ちょっと手間取ったわ。」
「お疲れ様です。」
俺がゆっくりと扉の方へ顔を向けると、ニコッと笑い手を振るレイの姿が映った。
「なに?全額用意出来んかったって?」
レイは颯の前を横切り俺の向かいのソファにドカッと座る。
「は、はい。すみません。」
「いやー、でも利子分持ってきたんやろ?十日間でよぉ頑張ったな。」
「……へ?」
俺は予想外の言葉を聞き、間抜けな返事をしてしまった。
「はっはは、いやいや、こんな事言ったら失礼やと思うけど、そんな期待してへんかったし。
なんやったら利子分も突っ込んでスッカラカンでここに来るか、そもそもここまで来んと逃げるかと思っとったわ。
……颯、悪いけど水取ってくれる?」
「はい。」
颯は扉近くにある冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し蓋を開けてレイに渡した。
「……あー、喉カラッカラで死ぬかと思ったわ。
……で、なんやっけ……えーっと……せやせや沢田や。
沢田はこれ俺らに返した後の金はあるんか?」
「一応生活費は残して……あっ。」
「ん?なんや?」
「そ、その生活費で払えます!すみません頭が回らなくて。すぐに用意します!」
「おー?
別にそれで払ってくれるんやったらそれでもええけど生活費やろ?食っていけんのか?」
「……が、頑張ればなんとか……」
「ははっ、ええよええよ、とりあえずそれはちゃんと生活費として使いや。
十日後に持ってきてくれたらええから。なぁ?」
「で、でも……。」
「ん?」
「全額返済すると言いましたし……その……。」
「ちゃんと食わな稼げるもんも稼がれへんやろ。まぁまた十日頑張ってもらわなアカンけど。」
「いいんですか…?
また十日待ってもらっちゃって…。」
「ええって。ほなまた十日後にここで。」
レイはそう言うと水を片手に持ち倉庫から出て行く。
颯はレイの後ろ姿に頭を下げ、扉が閉まるとにこやかな顔を俺に見せこう言った。
「ではまた十日後。お待ちしてますね。」
そして俺は、今現在に至るまで全額返済は出来ないまま利子だけを払い続けている。
でもいつまでもこのままじゃいけないと思い、必死に我慢をしてやっとの思いで全額を用意できたと思ったら見知らぬ男達から暴力を受け奪われ、颯から頼み事をされた。
俺はこの颯からの頼み事を失敗すれば、全額免除なんてされることは無いだろうし、下手をすれば殺されるかもしれない。
一度、颯の服に血液のようなものが付着しているのを見た事がある。
その日の颯は少し機嫌が悪そうだった。
それに、微かに嫌な臭いが漂っていたのだ。
ブルータル地区の住民。
それだけで普通の人なら関わり合いたくないと思うのが当たり前だろう。
俺だって出来ればこれ以上は関わり合いたくないが、自分から関わってしまった。
俺の見えない所で何をしているのか、なんて知りたくなくてもなんとなく分かってしまう。
ヤツらは人を人としてなど見ていないのだろう。
それは、俺に対してもそうなのだろう。
だから、逆らってはいけない。
この女に嘘だと勘づかれたらあの男達に殺されるかもしれない。
ミスは決して許されない。
必ずこの女を連れて行かなければならない。
生きたいのならば。




