06
「さっきからちょこまかと鬱陶しいな。なんの用やねん?」
男は壁にもたれ掛かり咥えている煙草に火を付け煙を吐き出す。
「あ、あの、その……」
いざ目の前にすると思ったように話すことが出来ない。
「何?俺もそんな暇じゃないんやけど。」
「あ、えっと……お金を借りたくて……。」
「ほー、いくら?」
「五万円程……お願いできますか?」
「……仕事は何してんの?」
男の声色が変わった事に俺は気付いてしまった。
「最近無職になりました……。」
「へぇ。返済方法は?」
「どうにかして掻き集めて……。」
「じゃあ俺に借りずにどうにかして掻き集めたらええんちゃう?」
「いや、それだといつになるか……。」
「最初から返す気が無いんかしらんけど、ウチもそれなりの保証してくれんと貸せるもんも貸されへんわ。」
「し、仕事を見つけます!必ず今月中に見つけて返済します!」
守れるか分からない約束だ。
だけど今はこうして嘘でも相手を信じさせなければ、この手を掴まなければ、俺はまた金を増やす術を失ってしまう。
「……じゃあ先に仕事見つけてからまた来てやって言わなアカン所やけど……そんな必死な姿見せられたら俺も鬼な訳じゃないし心揺れてまうなぁ。」
ニヤニヤとする男はまるで意地悪な子供のような顔をしていた。
「じゃ、じゃあ」
「それにウチは安くないで?十日後の返済額分かってるんか?」
「え、えっと利子があって……えっと……。」
咄嗟の計算が出来ず指折り考えていると、男は呆れたような声で話し始めた。
「……ウチは五万を十日後に七万五千円で返してもらう。利子は二万五千円。
最悪利子だけ持ってきてくれたらええけど、元本合わせてきっちり返済した方がええと思うで。」
高金利。
違法な貸付だということはすぐに理解出来た。
なのに、それを拒むという選択肢が俺の中には存在しなかった。
「大丈夫です!全額返済します!」
「……うーん。
そもそもなんで俺に借りようと思ったん?もう他から借りられへんのか?」
男は俺に貸したくないのか、渋っているようだった。
「いえ、今まで借りた事は無いです。」
「は?アホちゃう?ほんなら他の所行けよ。
お前、俺がどんな貸し付けしてるか分かってへんのか?」
男は呆れたような顔を俺に見せる。
悪い人であろうこの男からもこんな顔をされてしまう俺は一体……。
「高金利ですよね……分かってはいるんですけど……すぐに必要で……。」
「他もすぐ貸してくれるやろ。
まぁ別にどうしても俺に借りたいって言うんやったらそれはそれでええけど、いきなりこっち側来るやつなんかそうそうおらんで。」
「すみません。
……一回で全額返済しますのでどうかよろしくお願いします。」
俺は頭を下げた。
「……ははっ、しゃーないな。身分証出して。」
俺は男に従いすぐに財布を取り出し身分証を提示した。
「顔付きがええんやけど……まぁこれだけ複数ありゃええか。
これが盗んだ財布やったとかいうオチやったら笑えるなぁ。」
男は一人ケラケラと笑いながら身分証の写真を撮り始める。
そして、最後に俺の顔をカメラに収めた。
「はい、じゃあコレね。返済する時はここに──」
「お待たせしました。」
男の声を遮り後ろから違う男の声がする。
男はそちらに顔を向け「お疲れさん」と声を掛けると、俺に一枚の紙を渡した。
「この番号登録しといてや。
返済日にお前が来んかったらこの番号から電話がくるからちゃんと出ろ。
ま、手間掛けさせんといてほしいから自らちゃんと来てほしいんやけど。」
男は俺の肩をポンと叩くと声がした方へと歩いて行く。
俺は振り返った事、そして目先の欲に負けてしまった事を後悔した。
「んー!んんー!!」
男の仲間だと思われる二人の男に腕を掴まれ、ガムテープで口を塞がれ涙を流しながら俺に何かを訴えかける女が目に入る。
「ああ、そうそう。返済場所はブルータル地区西側ね。
それとその番号とか”今見た光景”を誰かに口外しない事。じゃあ十日後待ってるわ。」
男が俺に背を向けると路地前にワゴン車が止まり、女は雑に乗せられ、男達も乗り込むとあっという間にその場から居なくなった。
「ブルータル……地区……。」
俺は再び絶望のどん底へと叩き落とされた。
この国で悪い意味で有名な地区名。
弁護士には頼れない。警察も介入しないだろう。
俺は、逃げ場の無い地獄へと知らず知らずの間に足を踏み入れてしまっていたのだ。
それから十日間、俺は日雇いバイトをしながら必死に仕事を探した。
でもそんなに甘くはなかった。
朝早くから夜遅くまで掛け持ちバイトをした。
ギャンブルをする時間など無く、家ではただ寝るだけの日々を過ごした。
俺はなんとか生活費等を引いた額として、八万円を用意することが出来た。
全額返済してもお釣りがくる……良かった…。
心の底からそう思った。
これでひどい仕打ちは受けないだろう。
あの時の女の姿が脳裏を過ぎる。
「あの人は一体何をしたんだろう?
……何をしたらあんな事をされるのだろう…?」
色々と考えたが、恐ろしい事には変わり無かったので考えることを辞める。
これさえ払えば自分にはもう関係の無い人達。
もうお金を借りるのはやめて、真面目に生きよう。
そう思っていたのに、俺は気付けば金を失っていた。
正しく言えば、手元に残っているのは二万五千円だけである。
残りは全て失ってしまった。
我慢を続け爆発してしまった。
本当に一瞬の出来事だった。
五千円だけ……。そう思っていたのに。
少しの息抜きのつもりだったのに。
勝てば良い、そう思ってしまった。




